2007年、Motor Magazine誌は特集「ポルシェの民主化」の中で、911カレラについてもあらためて深く掘り下げている。ポルシェ911カレラは運転しにくい、やっかいなクルマなのか、それともドライバーの意思に応えてくれる楽しいクルマなのか。911カレラ、911カレラS、911カレラ4、911カレラ4Sの4台をとおして、「911の素性」に迫っている。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2007年4月号より)
ドライバーの意思がそのままクルマに伝わる
356から始まり911へと継承されたRR(リアエンジン・リアドライブ)という駆動方式だが、実はポルシェはこれをやめようと考えていた時期がある。コンパクトな924、大きな928、その中間に944や968といったFR(フロントエンジン・リアドライブ)モデルをラインアップして911からバトンタッチさせようとしたのだった。しかし、この戦略は成功することなく、残念ながらその後、カタログから消えていった。
【くるま問答】最近のクルマにテンパータイヤはない。パンク修理キットをどう使う? 最高速は?
ポルシェとしては、少しでもクセの少ないクルマを造ろうとしたのだろう。その方が一般的には乗りやすいし、売れるだろうというわけだ。しかし、市場がポルシェに求めていたのはそういうものではなかった。結果、ポルシェは911に再び力を注ぐことになった。
この時、ポルシェはあくまでもスポーツカーメーカーであり、個性の強いクルマを造り続けなくてはいけないことを悟ったはずだ。現在のポルシェのラインアップを見てみると、911以外のスポーツカーとしてボクスターとケイマンがあるが、これらも911に代わるものではなく、もうひとつのスポーツカーとして存在している。レーシングカーと同じようにエンジンをリアアクスルの前にミッドシップマウントして、研ぎ澄まされた走りを追求しているのだ。これは911とはまた別の魅力だ。
ボクスターやケイマンは、サーキットなどで究極のコーナリングをすると、高いグリップ限界のハイスピードコーナリングが可能だ。若い人たちは「これこそ次世代のポルシェだ」とこのコンセプトを支持するだろう。それもよくわかる。しかしボクは911が好きだ。今回試乗することになった4台の911カレラを前に、ボクは胸がわくわくしてしまった。オジサンは911が好きなのだ。
ボクが初めてポルシェ911に乗ったのは1984年のことだ。今から23年前、あるタイヤメーカーのテストの際に鈴鹿サーキットでドライブしたのだ。当時911カレラは911の中でも特別な、より高いパフォーマンスを持つモデルだった。偉大なるポルシェ911、しかもそのカレラを実際に運転できるいう感激を胸に抱きながらドライビングしたのを思い出す。
その第一印象は「とにかく楽しい」というものだった。日本のスポーツカーもよく走ったが、911ほどの楽しさはなかった。
911をなぜ楽しいと感じたのか、どこが楽しかったのか、それはドライバーの意思がクルマに伝わることにあった。つまり、走る、曲がる、止まる、という3つの走りの要素を自在に操ることができたのだ。
911に初めて乗って「楽しい」と言うと、周囲のスタッフたちは驚いていた。当時、RRの911はとても運転が難しくて、やっかいなものと思われていたのだ。ではなぜボクが最初から911の運転が楽しいと感じたのか。ひとつはボクがスズキ・フロンテというRRの軽自動車でレースをやっていた経験があったからだ。フロンテは2ストローク3気筒のエンジンをリアに搭載する暴れん坊で、それに比べれば911はとてもコントロールしやすかったのだ。
もうひとつの理由は、ボクがタイヤのテストドライバーをしていたからだ。タイヤがグリップする理論から操縦性を導き出せば、RRの911も理論どおりに走ってくれるのだ。
これを簡単にいえば、コーナリング中はアクセルペダルがハンドルになるということだ。もちろんこれはFFでもFRでも4WDでも言えることだが、911の場合はその操れる範囲がとても広い。アクセルペダルを踏み込んでいくとクルマは外に膨らんでいき、アクセルペダルを戻すとクルマは内側に向かう。特に昔の911はアクセルペダルを戻すとリアが外に一気に滑りクルマは内側に向かおうとしたものだ。これを戻すためにはアクセルペダルを踏み込めばいい。深くまで踏み込めばリアの滑りを維持したままドリフトを続けることも可能だ。
アクセルペダルで走行ラインをコントロールするようにコーナリングしていると、911を自在に操れるようになる。これは現在の911にも共通することだ。昔ほどアクセルペダルを急に戻してもリアが滑ってスピンに至るようになることはなくなったが、一般的なクルマよりアクセルペダルによる反応の範囲は広い。
現在はそれほど危なさはなくなったが、911でもっとも危険なのはハンドルに頼ってドライビングすることだ。アクセルペダルを踏み込んで、コーナーにさしかかってハンドルを切るという運転ではなかなかうまく曲がってくれない。ハンドルを切った状態から曲がらないとあきらめてアクセルペダルを戻すと、急にクルマは内側に向かい、ドライバーを焦らせる。そうなる前に、アクセルペダルでコーナリングを作っていくという感覚でドライビングするとうまく行くはずだ。
ティプトロSに隠された極めて凝ったプログラム
今回の試乗で最初に乗ったのはコバルトブルーメタリックの911カレラ4Sである。ハイパワーエンジンに4WDを組み込んで、ティプトロニックSと呼ばれる2ペダルのATを搭載したものだ。
実は今回の試乗でこのティプトロニックSにとても凝ったプログラムが組み込まれていることを発見して感心した。日本で販売される911の多くがATだそうだが、それも納得できる仕上がりである。しかし、その性能を使い切れていないドライバーもいるかもしれないので、ここで詳しく説明してみよう。
ティプトロニックSの特徴はDレンジのままでもハンドルのスポークにあるシーソー型のスイッチを操作すると一時的にマニュアルシフトができることだ。加速G、減速Gが小さくなったら自動的にDレンジのモードに戻る。911をドライビングするときはほとんどこれで足りてしまうことだろう。
一時的にマニュアルモードになった時に、アクセルペダルをキックダウンスイッチまで踏み込むと、可能な一番低いギアにキックダウンして猛烈な加速をしていく。キックダウンスイッチの手前までならば、そのままのギアをキープする。キックダウンしてタコメーターの針が7200rpmを越えてオーバーレブしそうになったら、自動的にシフトアップしてくれる。
ここまではティプトロニックを運転したことがあるドライバーなら想像できるだろう。しかし、セレクターレバーをDレンジから左側に倒してMレンジにするとDレンジの時とは違う制御が顔を出す。
アクセルペダルを踏み込んでオーバーレブしそうになっても自動シフトアップをしなくなるのだ。サーキット走行していると自動シフトアップして欲しくないというシチュエーションがある。そんな時にはMレンジを選んでおけば、ティプトロニックはドライバーの指示があるまでそのギアをキープする。キックダウンスイッチまでアクセルペダルを踏み込んでも、自動的にキックダウンすることはない。ATのロックアップが解除されて少しエンジン回転が高くなり、トルクの太い領域を使うようになるが、それでもギアは変わらず、ギア選択はドライバーに委ねられる。もちろん、クルマのスピードが落ちてギアの守備範囲を下回った場合にはシフトダウンしてくれる。つまり、マニュアルモードであるからにはマニュアルに徹して、最低限のことしかやらなくなるというわけだ。
この911カレラ4Sは、初期の911の4WDとはかなり違う。かつての911の悪い癖を消そうというような、超安定志向のクルマではなくなった。コーナリング中にアクセルペダルを戻した時の内側に巻き込むような感じも危なげない程度にあるので、ワインディングロードやサーキットでのドライビングが楽しくなる。
911本来の良さを感じさせるカレラSのセッティング
次は911カレラSの6速MTに乗った。4Sと違うのは4WDでなく純粋なRRであることだ。ただし、試乗したシールグレーメタリックのカレラSは、PCCB(142万円)、スポーツクロノパッケージ(13万5000円)、アダプティブスポーツシート(40万円)、スポーツエキゾーストシステム(29万円)など豪華な装備で4Sと肩を並べる価格になってしまっている。
カレラSの走りの印象は、カレラ4Sより車体の軽さを感じるということだ。1560kgに対してカレラSは100kg軽い1460kgだから、楽に大人1人分以上の軽量化になっていることになる。フロントのドライブシャフトがなく軽いことと、純粋なRRであることにより、コーナー入り口でハンドルを切ったときのターンインが軽快で楽になった。カレラ4Sでは不満に思わなかったことが、カレラSに乗ると素の良さを実感させられる。コーナー立ち上がりでの加速もATとMTの違い以上に鋭くなった感じだ。
センターコンソールの「PASM」スイッチを押すと、高速道路でもワインディングロードでもかなりハードになる。タイヤのグリップが急激に変化してトリッキーな挙動になることもある。サーキットのようなフラットな路面で使いたいセッティングだ。「SPORT」スイッチと連動して「PASM」もオンになるが、その後で「PASM」スイッチを押すとダンパーはノーマルのまま走ることができる。
スポーツクロノパッケージの「SPORT」スイッチを押すことでエンジン音が変わった。オプションのスポーツエキゾーストシステムも威力を発揮しているのだろう。回転を上げていくと勇ましい音に変わり、エキゾーストノートも楽しみながらのドライビングができる。特に高回転では音域が高くなりエンジンを回すのが楽しくなる。
普通のカレラは楕円のエキゾーストパイプだが、カレラSとS4は真円の左右2本出しになる。スポーツエキゾーストシステムを装備すると内側の丸いパイプが小径の左右2本出しになる。
「SPORT」スイッチを押すとエンジン音が変わるのはエンジン制御も切り替わるためだ。アクセルペダルの踏み込み量は同じでもスロットルバタフライの開く量が大きくなり、軽く踏んでも鋭い加速をするようになる。ブレーキペダルを踏みながら同時にアクセルペダルも踏んでヒール&トウを使ったシフトダウンをする時、軽くアクセルペダルを踏むだけで大きく吹け上がるから脚の動きが小さくて済む。アクセルペダルのゲインは基本的には高くなるが、踏み始めは穏やかなので動きがギクシャクすることはない。
「SPORT」スイッチを押すことでオーバーレブ防止の燃料カットの仕方も変わる。6速MTの2速ではこのスイッチに関係なくオーバーレブをするとバウバウという振動を伴った制御をする。3速以上ではスイッチを押していない時には7400rpm付近で頭打ちになり一定のスピードで走る。しかしスイッチを押すとどのギアでもバウバウという荒い燃料カットの制御になる。「SPORT」スイッチを入れた時には覚悟して、ドライバーの責任で注意深く運転しなくてはならない。
ティプトロニックもいいがMTの素晴らしさは捨てがたい
ボクがもしポルシェを買うなら、素の911カレラになるだろう。試乗車はソリッドの赤だった。実際の車以上に軽快感がある。カレラSの方がパワーがある分だけ楽しいというドライバーは多いと思うが、実際にはカレラのエンジンで必要にして十分なパワーだ。いやパワーが十分なだけでなく、エキゾーストノートの楽しさも十分であることも伝えておきたい。カレラもカレラSも7200rpmがレッドゾーンの入り口だ。その手前、5300rpmでビィーンという音が加わり、ノーマルでも官能的なエキゾーストノートになるところが素晴らしい。
ティプトロニックSは素晴らしいプログラムを持つが、MTの良さも伝えておきたい。クラッチのつながり方がとてもスムーズで、シフトアップもタイミングを合わせやすい。クラッチを操ることは苦痛ではなく、楽しみに変わるはずだ。
カレラのパワーで十分だがより高い安定感を求めるならカレラ4にするといい。RRのカレラなら丁寧にアクセルペダルを踏み込んでいかなくてはならないコーナーの出口でも、思い切りアクセルペダルを踏み込むことができる。ちょっとラフな操作でも許容してくれるのがカレラ4なのだ。
クーペモデルのカレラだけでも、このようにポルシェは4車種を用意している。さらにオプションも加えるとそのバリエーションは数え切れないが、911ならどれを選んでも後悔することはないだろう。しかしせっかく911に乗るのならMTに乗ってもらいたい。MTを選べば911を操る楽しさは倍増すると思う。そして、奥の深い911のドライビングを堪能してもらいたい。きっと911の奥深い、濃い味に魅せられるはずだ。(文:こもだきよし/Motor Magazine 2007年4月号より)
ポルシェ 911カレラ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4425×1810×1310mm
●ホイールベース:2350m
●車両重量:1440kg
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3395cc
●最高出力:325ps/6800rpm
●最大トルク:370Nm/4250rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:RR
●最高速:285km/h
●0-100km/h加速:5.0秒
●車両価格:1097万円(2007年)
ポルシェ 911カレラS 主要諸元
●全長×全幅×全高:4425×1810×1300mm
●ホイールベース:2350mm
●車両重量:1460kg
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3824cc
●最高出力:355ps/6600rpm
●最大トルク:400Nm/4600rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:RR
●最高速:293km/h
●0-100km/h加速:4.8秒
●車両価格:1292万円(2007年)
ポルシェ 911カレラ4 主要諸元
●全長×全幅×全高:4425×1810×1310mm
●ホイールベース:2350mm
●車両重量:1500kg
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3395cc
●最高出力:325ps/6800rpm
●最大トルク:370Nm/4250rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:4WD
●最高速:280km/h
●0-100km/h加速:5.1秒
●車両価格:1214万円(2007年)
ポルシェ 911カレラ4S 主要諸元
●全長×全幅×全高:4425×1810×1300mm
●ホイールベース:2350mm
●車両重量:1560kg
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3824cc
●最高出力:355ps/6600rpm
●最大トルク:400Nm/4600rpm
●トランスミッション:5速AT(ティプトロニックS)
●駆動方式:4WD
●最高速:280km/h
●0-100km/h加速:5.3秒
●車両価格:1472万円(2007年)
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先々代になっちゃいましたけど、まだこうやって記事をアップしてくれるのは非常に嬉しく思います。