愛車を見せてもらえば、その人の人生が見えてくる。気になる人のクルマに隠されたエピソードをたずねるシリーズ第48回。後編では、歌手・俳優の今井美樹さんが、これまで乗ってきたクルマのエピソードや、懐かしのテレビCMでの思い出などを披露する。
免許取得のきっかけはホンダ・トゥデイ
前編では、家族で愛用した、フォルクスワーゲン・タイプ2の思い出を語ってもらった。後編では、まず運転免許の取得から振り返ってもらう。
「東京でひょんなことから仕事を始めて、本当はバイクの免許を取りたかったんですけど、事務所の社長さんから『危ないからダメだ』と、言われていて……そんなとき、ホンダ『トゥデイ』のコマーシャルのお仕事が決まったんです。広告代理店の方に、『もちろん免許は持っていますよね?』と、言われて、すぐに日の丸自動車学校(東京都目黒区)に通いました(笑)。ホンダのお仕事のことを父に電話で伝えたら、すごく喜んでいましたね。(ライフ)ステップバンを大事に乗っていた“ホンダ・ファン”なので」
1985年にデビューしたトゥデイは、「ライフ」や「Z」を最後に軽自動車市場から撤退していたホンダにとって、約11年ぶりの新型軽自動車ということで大きな話題となった。
ポイントは、“マン・マキシマム、メカ・ミニマム”というホンダの「M・M思想」を体現したパッケージングで、ホイールベースを長くとり、エンジンルームを短くすることで、広々とした室内空間を実現した。
トゥデイのホイールベースは2330mmで、同じ時期の同社の普通乗用車である「シティ」が2220mmであることを考えると、このクルマの狙いがはっきりとわかる。
ただし、今井さんが自身の愛車を手に入れるのは、もう少し先のことになる。
「父の影響でクルマはよく見ていたし、自分のクルマは欲しかったですね。サックスブルーの『カルマンギア』が表参道を駆け抜けていくのを見て、“格好いいなぁ~」と惚れ惚れ。憧れでしたね。でも、私じゃ維持できない……と、諦めました。ある日、青山3丁目の交差点にあった、『(青山)ベルコモンズ』の前で、デビューしたばかりの『ワンダーシビック』(註:83年から87年まで生産された、3代目のホンダ・シビック)をはじめて見たときにはあまりの格好よさに興奮して、父に電話をしたことも覚えています。でもどうしても欲しいと思えるクルマがなくて、しかも80年代はどんどんクルマが大きくなっていって、あんまり興味が湧かなかったんです」
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「シトロエン『CX』に乗ろう!と、思いました。本当は父が乗りたかった『CX』。父に電話をしたら、『自分もGSに乗っていたけれど本当はCXが欲しかった』と。続けて『お父さんが乗れなかったCX、お前似合うぞ』と、言われて、その気になりました(笑)。マネージャーさんと埼玉か八王子の中古車屋さんへ見に行ったけれど、そこの個体は『う~ん色がな~……』と、出会えず……。別のディーラーの方が世田谷の自宅まで試乗車を持って来てくれました。でもハンドルが重いというかすぐ直進に戻ろうとするし、ブレーキがペダルというよりスイッチみたいな感触で、なかなか手強かったです。小回りが利かないのも困りもので、世田谷の狭い道で何度も切り返しをしました」
シトロエンCXのパワーステアリングに備わるセルフセンタリング機能は、操舵すると強い力で直進の位置に戻ろうとする。これが高速クルーズ時の直進安定性につながるという人もいれば、不自然でイヤだという人もいて、評価は分かれる。ブレーキペダルのストローク量が小さいことも独特で、いわゆる“カックン・ブレーキ”にならないように減速するのには、慣れを要した。
「決定的だったのは、ディーラーの方が、『エンジンが掛からないときには、タバコを1本吸うくらいの余裕が必要です』と、おっしゃったことで(笑)そのダンディーさ、私には無い、と、思って諦めました」
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「マネージャーさんの運転で事務所のクルマに乗っていたら、突然黒いクルマが前に入ってきて、『なに、この格好いいクルマ?』と、尋ねたら、『ジープのチェロキーという四駆ですよ』と、教えてくれたんです。『へぇ、アメ車なんだぁ』と、思いながら、数日後にまたチェロキーの後ろを走る機会があって、やっぱりすごくいいなぁ、と、思ったんです。ちょうど家の近くにクライスラーのディーラーがあって見に行ったら、四駆なのに薄くてスクウエアな感じ、シンプルな四角い箱みたいなフォルムがすごく好きでした。グリルは思っていたよりいかつかったけど、後ろ姿に惚れました」
ただし、購入にあたってはひとつだけ問題があった。
「チェロキーの91年モデルが店頭に並んでいて、ボディの横にストライプが入っていたんです。スポーティかもしれないけれど、チェロキーの削ぎ落としたスタイリッシュさに一目惚れだったので、どうしてもストライプのない90年モデルに乗りたかった。それで、ホンダのお仕事でつながりがあった方に相談して、90年型のジープ・チェロキーを探してもらったんです」
ジープブランドを保有していたクライスラー(当時)は、90年にホンダと販売提携を結び、ホンダの販売店でジープを販売していたのだ。クライスラーとホンダの提携は、97年まで続いた。
「90年モデルのチェロキーを見つけていただいて、色はガンメタを選びました。バンパーが黒くて、サイドのラインがないとボディがシャープでカッコよかった」
初めて愛車を持つようになって生活は変わったかと尋ねると、今井さんは「変わりましたね」と、軽くうなずいた。
「夜の高速を走るときも、海のほうをドライブするときも、とにかく音楽がかかりまくっていました。クルマってプライベートな空間で、そこで絶え間なく好きな音楽を聴きながら、流れる景色と気分で、特別な時間になる。最高ですよね。ものすごく大事な音楽空間。あの頃聴きまくっていた音楽が、今の私の核になっているような気がします。最近よくあの頃の曲を聴くんですが、すぐに体中が反応します。細胞が喜んでいるのがわかります(笑)」
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「9000kmしか走っていなかったんです。知り合いにも、『1年で1000kmじゃん!』と、驚かれました。忙しかったのもあるし、たまに乗ろうとするとバッテリーが上がっていたり、うちのに関しては調子がいい時って少なかったです。そうこうするうちに自分が妊娠していることがわかって、もっと揺れの少ないクルマに乗ってほしいという声もあり、乗り換えたのは、シルバーのメルセデス・ベンツのステーションワゴンで、EクラスのAMG。私が乗るにはもったいない走る車。娘の送り迎えとか買い物とか。本当にもったいなかったです」
2012年に一家でロンドンに移住してからは、現地で「MINI」に乗ったという。2012年ということは、2006年から2016年まで生産された第2世代だろう。
「3ドアのMINIクーパーで、当時は娘も小さいし、慣れない道を運転するのにコンパクトなサイズにしたかった。その後5ドアのMINIクラブマンに乗り換え、今に至ります。娘が15~16歳ぐらいの頃かな? 娘とふたり暮らしが続いた頃、夕食を食べ終えたら、娘が『ドライブに行かない?』と、言うんです。日が長い、夏の時期でした。MINIクラブマンの窓を開けて、娘のSpotifyで音楽を聴きながらドライブをしたら、一応私も音楽の仕事をしているのに娘のほうが最新情報に詳しくて(笑)。『これ誰?いいね~!』とかそんな話だけで、ただただ音楽かけながら街をクルーズする。楽しかったですね。MINIで少し遠回りをして、カフェでお茶をして帰ってくるというのが、わが家で流行りました」
父上の運転するフォルクスワーゲン・タイプ2でジャズを聴きながら育った今井さんが、娘さんの選曲を楽しみながらMINIクラブマンのハンドルを握るようになった……クルマという切り口で人生を振り返るのも、なかなか味わい深い。
今井美樹(いまいみき)宮崎県出身。モデルとしてデビュー後、ドラマや映画に出演。86年、シングル「黄昏のモノローグ」で歌手デビュー。88年、CMソングとなったヒットシングル「彼女とTIP ON DUO」以降「PIECE OF MY WIWISH」「PRIDE」など数多くの大ヒット曲を持つ。世代を超えた幅広い人気は今なお健在。
オフィシャルHP www.imai-miki.net/
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Vol2.野村周平さん 前編/後編
Vol3.宇徳敬子さん 前編/後編
Vol4.坂本九さん&柏木由紀子さん 前編/後編
Vol5.チョコレートプラネット・長田庄平さん 前編/後編
Vol6.工藤静香さん 前編/後編
Vol7.西内まりやさん 前編/後編
Vol8.岩橋玄樹さん 前編/後編
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Vol18.伊藤英明さん 前編/後編
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Vol33.宅麻伸さん 前編/後編/バイク編
Vol34.吉田栄作さん 前編/後編
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文・サトータケシ 写真・安井宏充(Weekend.) ヘア&メイク・冨沢ノボル スタイリング・間山雄紀(M0) 編集・稲垣邦康(GQ)
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