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英国ラグジュアリーサルーン対決 ミュルザンヌ vs ゴースト 回顧録

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英国ラグジュアリーサルーン対決 ミュルザンヌ vs ゴースト 回顧録

もくじ

ー ラグジュアリーカーの最高峰
ー この2台が選ばれた理由
ー 全く別のキャラクター
ー 独自の方向性のロールス
ー スポーティなミュルザンヌ
ー エンジンの性格も対照的
ー ドライバーズカーらしいミュルザンヌ
ー どちらも恐ろしく速い
ー 迷ったら2台とも
ー 番外編:ベントレー対ロールス:すべての始まり

ロールス・ロイスで「お抱え運転手」体験 VIPを送迎 注意事項は?

ラグジュアリーカーの最高峰

今回の勝負はその評価を参考にする読者の少なさでは記録的なものだと冷笑する者も多いかもしれない。双方のメーカー担当者の話を総合するに、来年度のロールス・ロイス・ゴースト(日本価格2990万円)とベントレー・ミュルザンヌ(日本価格3380万円)の販売台数は、合計しても3000台に満たないと考えられる。

さらに重要なのは、新たにこのクルマのオーナーとなる人々の大多数は、ベントレーとロールスのどちらを選ぶか、という選択に直面することもないはずだ。迷ったら両方買えばいいのだから。

しかし考え方を変えると、これは今年最も重要なサルーンの分野での対決テストであるともいえる。いうまでもなくこの2台は、エンジニアリングとデザインの双方において、ラグジュアリーカーの最高峰に位置する2大ブランドが送り出してきた最新のモデルだ。

この2台の存在そのものが、世界最高のクルマを製作するのに必要なスキルを今も英国人が持っていることの証なのである。そのスタイルと性能は、世界中の自動車業界のカーデザインに大きな影響を与えずにはいられない。そしてこのモデル自体は希少なものではあるが、これが将来の大衆向けセダンのスタンダードに対する優れた指針となることも間違いない。

この2台が選ばれた理由

まず、議論となるであろう項目についてあらかじめいっておく。本来ミュルザンヌのライバルに位置するのはファントムだという意見も多いかもしれない。

確かにこのクルマは正価ですでにゴーストよりも1800万円以上も高価であり、さらにどのオーナーでも装備するであろうビスポークのオプションを追加すれば価格は5000万円を簡単に上まわる。

もっとも、ゴーストのオーナーも同様にビスポークのオプションを買うであろうことも間違いないのだが……。

しかし、あえてゴースト対ミュルザンヌで行うその理由は、どちらも比較的実用的なクルマであり、日常的な使用に耐えるのに対し、ファントムはあまりにも巨大すぎ、さらに堂々とした押し出し感は特別な機会のためのクルマという印象が強すぎるという点からであった。こうした理由を踏まえ、この2台の比較に話を進めるとしよう。

全く別のキャラクター

ミュルザンヌの全長はゴーストよりも175mm長いが、これは全長5.5mのクルマにとってはたいした違いにはならない。どちらのクルマも整備重量は2.5tに達し、4ドアのモノコックボディをエアサスペンションで支えている。

さらにツインターボ過給エンジンを搭載し、その排気量は7ℓ以内に納まっており、パワーとトルクの伝達にはZF製の新型8段トランスミッションを採用。しかしこれだけ共通点が多くてもキャラクターの面でまったく相容れないものがあり、それがお互いの差別化を図っている。

並べてみるとこの2台はスタイリングも大きく異なる。ミュルザンヌはそのスタンスとサイズにより、実に堂々とした押し出しの強さを感じる。基本的には一連のコンチネンタル・シリーズが先鞭を付けた現行世代のグリルとフロントのスタイリングを踏襲。

しかし太いリアピラーと今ひとつスタイルの明確でないボディは、ゴーストのより建築的で前衛的なスタイリングを前にすると少々保守的に思えてしまう。ゴーストの明快なラインと先細りのテーパーを付けたノーズとテールは、全長5.4mのクルマとは思えない驚くほどのデリカシーを感じさせるもので、またロールスの伝統的な「パンテオン」グリルに現代的な新解釈を施した表現も実に新鮮。これは傑作と呼ぶべきであろう。

独自の方向性のロールス

さらにインテリアにも明確な個性の違いがある。ゴーストは単純さを基調とし、ファントム同様スイッチ類は明確な階層性のもとに配置され、重要性のかなり低いものは隠してある。そのためオーナーが複雑さで不満を抱くことはありえないだろう。

しかし同時に、驚きを与えるようなエモーショナルな部分までもが隠されてしまっている。タコメーターは奇妙だが実用性はほとんどないパワーリザーブメーターに取って代えられており、これはほとんどの場合、本来の動力性能のうち20%しか使っていないのを表示するだけである。無意味といってもいいほどだ。

センターコンソール上にはトランスミッションセレクターレバーすら存在せず、高品質感に決して不足はないが、伝統的な意味での豪華さはみられない。

とはいえ、ホワイトメーターと高い位置に構えたコンソールパネル、それに(今回の試乗車の)高級なウッドを使った高級感に欠けることのないダッシュボードという3点セットは、確かにほかのどのクルマにもみられない独自の方向性を明確に示してはいる。

スポーティなミュルザンヌ

対してミュルザンヌのそれは、スポーティなドライバーであればこちらのほうが満足し、より魅力を感じるであろう。メーターとスイッチが見事にずらりと並んでおり、その中にはタコメーターもあり、中央には視認性に優れたギアポジションインジケーターも備わっている。

もちろんセレクタレバーもあり、ドライバーは4つのドライビングモード(サスペンションのレートとステアリングの重さも同時に変えられる)を選択可能。その仕上げは実に美しく、アウディのインテリアデザインを長期にわたり監督していたフランツ・ヨーゼフ・ペフゲンの厳しい審美眼のもとで造られたクルマであることが明らかである。

ミュルザンヌのステアリングホイールを前にして、着座位置が高めでスポーティな形状のシートに身を沈めると、おのずとカーブを高速で抜けるときに発生するコーナリングフォースに抗して体をしっかりと保つ準備が十分にできていることが感じられる。現代のベントレーはスポーティな走りを約束しているのだ。

対するゴーストのシートはバケットとはいい難いもので、快適性がほとんどすべてを支配している。サポートは実に優雅なものだが、かなりソフトでサイドの張り出しはほとんど感じられない。

エンジンの性格も対照的

では後席は? どちらも驚くほど広々としているが、比較するならミュルザンヌのほうが広さへの驚愕の度合いは高い。一方、ゴーストのほうが観音開きのドアのおかげで乗降性では優っている。

この2台のクルマの来歴の相違による対照的な性格についての話は、エンジンを始動した後も終わらない。ミュルザンヌの6.75ℓプッシュロッドV8は、そのルーツを半世紀前の同社の草創期にまで遡るものだが、もちろんその当時はツインターボの過給機もなければ、出力も現在の512psの3分の1もなかった。

もっともCO2排出量ははるかに多かったが。以前ミュルザンヌだけを独占試乗した際には、この最新エンジンはあまりにも静かになり過ぎて昔のV8の鼓動が感じられず、無個性になってしまったのかと心配したものだ。しかし常に静寂なゴーストと比べるとやはり個性的なエンジンである。

しかも驚くべき推進力をアイドリングのすぐ上から発生するのだ。最大トルクは104kg-m/1750rpmである。これは驚愕すべき事実だ。ゴーストのツインターボV12は最大出力は570ps/5250rpmで、出力に関してははるかにパワフルだが最大トルクはミュルザンヌに比べ27.7kg-m近く低い。

ドライバーズカーらしいミュルザンヌ

その差は僅かながらミュルザンヌのほうがドライバーズカーとしては優れているように思えた。速さと運転に熱中できるところはスポーツカーと変わらず、そして視界のよさもはるかに快適。

4ポジションのドライブダイナミクスコントロールがどれほど優れたものかは、走れば走るほどに実感できる。それは、運転状況と自分の気分に応じてクルマを自在にチューンできることがわかってくるからだ。しかしゴーストには、選択して満足できるセッティングは1種類しかない。

ミュルザンヌのステアリングにはスポーティな剛性感と正確さがあり、速度が上がりコーナリングの負荷が上がるほど正確になるように意図されており、自分の体がシートから離れないかどうか試してみたくなるほどだ。そしてその正確さはこの種の巨大な重量級のクルマとは信じられないほどのもので、狙ったラインを正確かつ素早く走り抜けることができる。

一方ゴーストははるかに軽い操作感だ。ミュルザンヌとは対照的に、最初のうちは頼りなさを感じるかもしれないが、少ない労力で同じ操作が可能。しかもロールスならではのデリカシーに溢れたフィードバックが得られるとなれば、このクルマも正確に操作できることに変わりはないとわかるだろう。

しかし、ゴーストのほうがコーナーでのボディロールははっきり体感できるほど大きく、さらに着座位置も高く感じられ(実際に高いが)、決してコーナリングを得意とするクルマには仕立てられていないのだ。

どちらも恐ろしく速い

動力性能の比較にはあまり意味がない。どちらもこの大きさと重さからは予想もできないほど恐ろしく速い。ほとんどの場合その実力をすべて引き出せる機会はないと考えていいほど強力な動力性能である。

メーカーの公称数値によれば、0-97km/hで4.8秒を誇るゴーストのほうが、ミュルザンヌの5.3秒よりも加速ではわずかに速いが、ゴーストの最高速度はリミッター作動で250km/hなのに対しミュルザンヌは296km/hまで出すことができる。

運転席に座っていると、どちらのクルマも通常なら必ず存在するはずの、動力性能やコーナリング性能とリファインや乗り心地との間にある相反する関係がまったく成立しないという不気味さがひしひしと感じられてくる。

これがどちらか片方であれば、数は少ないものの比較対象となるクルマは思い浮かぶが、この両方の性能のバランスにかけて、ほかに比較対象は存在しない。そしてこの2台の間では、わずかながらミュルザンヌのほうが総合的な実力で勝っているように思えた。

だが、話はこれで終わりというわけにはいかない。それぞれのメーカーとも自社のクルマは世間が思うライバル車とはまったく違うと主張しており、そしてそれが事実であることは、わたしも今回実際にテストし納得した。

迷ったら2台とも

スタイリングはゴーストのほうが優れていると思うが、ミュルザンヌのほうがビジュアルのインパクトを持っていることも間違いない。後方視界はゴーストのほうが上だがミュルザンヌのほうがドアミラーの視野は広い。

ゴーストには指先で扱える操作系の軽さがあり、ミュルザンヌにはスポーティなステアリングがある。ゴーストはエレガントな単純さが美徳だが、ミュルザンヌのすべてを備えたダッシュボードも扱いやすい。ゴーストのエグゾーストもミュルザンヌのテールライトも魅力的だ。

この2台のうちどちらかを選ぼうと判断を試みるうちに、夜中になろうというのに目が冴えてしまい眠れなくなってきた。結局午前3時になって、わたしはノートにこう書きつけた。「ミュルザンヌのほうが挙動に優れ、ゴーストのほうが存在に優れる」これでなんとか眠りにつくことができた。

結論としては、わたしは結局ゴーストを選んだ。それは最初に運転した際口にしたように、このクルマを造った人間が下した選択が、価格からサイズ、パワートレインやサスペンションのセッティング、そしてスタイリングに至るまで、すべてが最高の品質となって現われているからだ。

何よりもそのスタイリング。これは1960年代中期のあの名車ロールス・ロイス・シルバーシャドウ以来の4ドア高級サルーンの中で最高のバランスを実現しているといえるからである。ただ問題なのは、最新のミュルザンヌが提供する最高級のドライビングを体験してしまったあとでは、ほかのどのクルマを選んでももはや満足できないのでは? と自分に不安を感じるようになってしまったことである。

このような場合には、もはや選択肢はひとつしか残されていない。「迷ったら両方買う」という結論である。つまりそれは、世のロールスやベントレーのオーナーすでに、いや常にしているように、ということである。

番外編:ベントレー対ロールス:すべての始まり

ロールスロイスの有名な「世界最高のクルマ」という謳い文句は、少なくとも1920年代におけるイスパノスイザやベントレーとの有名な対決を抜きにして正当化することはできない。

しかし、少なくとも1930年のファントムIIの登場の際に、このダービーの工房はこすでにこの定評を確立していた。4段のトランスミッションとサーボ付きの機械式ブレーキ、それに新型の7.6ℓ直6OHVエンジンを装備したファントムIIは、トップギアでの並外れた動力性能を活かし切るだけのストッピングパワーとハンドリングを兼ね備えていた。

富裕なロールスの顧客は、通常シャシーを注文した後でコーチビルダーにそれを送り、ボディを架装させた。しかし特にファントムIIの中でも傑作の誉れが高いのはガーニー・ナッティングのコーチワークによる3ポジションのドロップヘッドで、戦前のロールスでも何よりも美しいボディラインが際立っていた。

ビンテージ物のベントレーは今でこそスポーツカーとして認識されているが、1920年代当時の同社の主要な市場はツーリング社が専用のコーチワーカーであり、重くて保守的なボディワークが施されていた。有名な8.0ℓは結局ル・マンで優勝することはなく、当時クリックルウッドにあった同社はほどなく破産してしまうのだが、1931年にロールスロイスが買収する以前のベントレーとしては最も完成度の高いモデルであったことは間違いない。

ギアチェンジは難しく低速のステアリング操作には腕の筋肉を鍛える必要があったが、それでも英国の狭い道路でパワフルな8.0ℓは無敵であった。ブルックランズ・サーキットで鍛え上げられたシャシーを持つ8.0ℓは、図抜けた車重にも関わらずハンドリングも素晴らしいものであった。

1959年にフォレスト・ライセットは自身で改造した8.0ℓを駆って、ベルギーで225.3km/hという最高速度を記録した。これはロールスのオーナーには誰も想像できなかった挑戦であった。

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