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池沢早人師が愛したクルマたち『サーキットの狼II』とその後【第22回:プラスアルファの普通車】

いずれもドイツ製“普通車”だが、ひと味違うのが池沢早人師流

名作『サーキットの狼』、その続編である『モデナの剣』の作者であり、スーパーカーブームの生みの親として知られる池沢早人師先生。これまでに80台に迫る愛車遍歴を持ち、フェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェ、マセラティ、ロータスなど世界各国のスーパーカーを乗り継いでいる。また、執筆活動の他に全日本GT選手権やポルシェ・カレラカップなど、日本を代表するビッグレースにエントリーを果たしたレーサーとしての実績も多い。

池沢早人師が愛したクルマたち『サーキットの狼II』とその後【第22回:プラスアルファの普通車】

2020年に古希(70歳)を迎えますます精力的な池沢先生だが、自動車免許を取得してから約半世紀、常にハイパワーを発揮する「スーパーカー」と共に人生を歩んできた。そのパブリックイメージは「世界最高峰のクルマを愛する趣味人」であることは間違いない。しかし、その愛車遍歴のアーカイブを遡ると、綺羅星の如きスーパーカーたちの狭間に「普通乗用車」の名前を見つけることができる。今回は少しばかり趣向を変えて池沢先生が愛したドイツ製普通乗用車にスポットを当て、その魅力についてお訊きした。

Mercedes-Benz 190E 2.3-16

DTMに憧れて手に入れた「メルセデス・ベンツ190E 2.3-16」

ボクの人生はクルマと共にあった。漫画家としてデビューを果たして最初に乗ったクルマは、1970年に手に入れたトヨタ コロナ1700 SL。・・・今のご時世、微妙な名前だけど。当時の担当だった編集者の口車に乗り、本当に欲しかったニッサン フェアレディZを諦めて買わされたコロナ 1700SLからボクの愛車遍歴は始まった。でも好んで乗ったわけではないので、本当はボクの中で最初のクルマは自分が選んだフェアレディZだと今でも思っている。スポーツカーに始まりスポーツカーで終わるのが自分の理想だね。

その後はトヨタ 2000GTやロータス ヨーロッパ、ディーノ 246GT、フェラーリ 365BB/512BB、ランボルギーニ カウンタックなどへと手を伸ばしていくんだけど、決してスーパーカーだけを乗り継いできたワケではない。数は少ないけど、時にセカンドカーやサードカーとして普通のクルマを所有したこともある。今回はその中でボクの記憶に残った3台のモデルを思い出してみよう。

印象的なドイツ・ツーリングカー選手権での活躍

まず、最初の1台は「メルセデスベンツ190E 2.3-16」。このクルマはメルセデス・ベンツのコンパクトモデルとして登場した190Eのハイパフォーマンスバージョン。素の190Eは発売してすぐに購入したことがあり、その影響もあって2.3-16には興味を持っていたんだ。もちろん、ドイツのツーリングカーレースであるDTMで活躍していたことも大きい。2.3リッターの直列4気筒SOHCエンジンをコスワースがDOHC16バルブのヘッドへと手を加えたもので、メルセデス・ベンツが休止していたモータースポーツの世界へと復帰するきっかけになった記念碑的なモデルでもある。

ボクの愛車はブラックのボディと一番濃いウインドウフィルムを貼った組み合わせで、まるで四角いカラスだった。標準型の190Eとは異なりフロントとリヤにスポイラーが与えられ、派手さは無いものの戦闘的なスタイルが与えられていた。ボディサイズは全長4430×全幅1706×全高1361mmとなり、当時のクルマとしてもコンパクトな部類に入る。車両重量は1230kgと決して軽くはないが、185psの最高出力を発揮するコスワース製のエンジンによって必要にして十分なパフォーマンスを発揮してくれた。後に排気量を2.5リッターへとスープアップし、派手なオーバーフェンダーやリヤスポイラーを纏ったエボリューションが発売されたけど、ボクの中では落ち着いた雰囲気を持ち「羊の皮を被った狼」をイメージさせる2.3-16の方が好みだった。

汎用性が高く良く出来たスポーツセダン

当時、190E 2.3-16はレイトンハウスがグループAで使用していた印象が強く、レーシングライクな乗り心地を期待していたけど、市販モデルは良く出来たスポーツセダンの粋を超えることは無かった。乗り心地も悪くなく快適なドライブを楽しめる素晴らしいクルマなんだけどね。ベースが190Eということもあって独立したトランクスペースは意外と広く、ゴルフバッグをスッポリ収納できる日常的な相棒として優秀な性能を発揮してくれた。

4ドアだからリヤシートへの乗降も問題なく、コンパクトなボディは混雑した都内の移動でも快適だった。でも、この汎用性の高さが頭に描いていたイメージとのギャップを生んでしまい、少しばかり肩透かしを食らったように思えてしまったのも事実。

ちょうど1980年代は日本でもツーリングカーレースが大人気で、インターテックやグループAでスカイラインやスープラなどの国産勢を相手にBMW M3、メルセデス・ベンツ2.3-16、ボルボ 240ターボ、フォード シエラ RS500などが大活躍していた。そんなイメージが先行し、箱型のスポーツカーに期待し過ぎていたのかもしれないね。ボクの190E 2.3-16は確か4000kmも乗らないうちに、たまたま乗った友人が気に入ってくれて、彼が所有していた未登録の新車のジャガー ソブリンと交換することで話がまとまってボクの元から去っていった。

BMW 318is

息子用に購入した「BMW 318is」はサンデーレーサーに最適

2台目はE36型3シリーズの「BMW 318is」だ。息子が免許を取ったお祝いに手に入れたクルマだけど実に楽しいクルマだったね。その昔、『スコラ』という雑誌で318isに試乗する機会があって1週間ほど広報車両を借りていた。最初は普通の2ドアクーペだと思っていたんだけど、実際に乗ってみると楽しさに溢れた味付けに感動したことを今でも覚えている。全長4435×全幅1710×全高1350mmという5ナンバー枠をわずかに超える(編注:全幅が1cm大きく3ナンバー登録だった)コンパクトなクーペボディに1.9リッターの4気筒DOHCエンジンと5速MTを組み合わせることでキビキビと走ってくれた。絶対的な速度は決して高くは無いけど、操る楽しさはBMWらしさが感じられて本当に良いクルマだった。

その印象が大きかったこともあり息子用に9年落ちの中古の318isを買ったんだけど、その時点で9万kmは走っていたかな。でも前のオーナーが女性だったこともあってコンディションは抜群だった。クルマに乗るのが好きなボクとしては「息子にもMTに乗って欲しい」というのが318isを選んだ大きな理由のひとつ。クルマは移動するための道具ではあるけど、それだけじゃなくて運転そのものを楽しめるクルマというのがボクの理想だからね。息子もそれを理解してくれたのか頻繁にロングドライブに出かけていた。その合間を縫ってボクも318isを借り出して首都高を走るのが楽しみのひとつになり、MTを操って走るのはとても楽しい時間だった。

5速MTを駆使したサーキットドライブは格別

普通なら3速で曲がっていたコーナーを4速のまま曲がってくれるギヤ比も良かったし、パワーを使い切って走る満足感は別格。当時はサーキット走行会で318isを見かけることも多かった。ショートサーキットなら足まわりを強化するだけでも走りが楽しめるクルマだからね。ボディ剛性も悪くないし、モータースポーツで活躍するBMWの“らしさ”が味わえる身近なツーリングカーというイメージ。今でもよく覚えているのは、息子が318isで遠出をするときに大学生ということもあってガソリン代と高速代はボクが支払っていたんだけど、夏休み期間などは10万円を超えることもあった。

BMW 318isはベーシックな2ドアクーペではあるけど秘めたポテンシャルは大きい。当時は「プアマンズM3」とも呼ばれていたけど決して廉価版モデルではなく、4気筒エンジンを積んだ軽いノーズとFRレイアウトはサンデーレーサーの強い味方で、走る楽しさを教えてくれる素晴らしい相棒だと思う。ここだけの話、318isを手に入れた際の「息子用」という理由は建前で、本当はボクが乗りたかったんだよね(笑)。

Volkswagen Lupo GTI

アウトバーンで鍛えた小さな鉄人「フォルクスワーゲン ルポGTI」

3台めはドイツ生まれの小さな鉄人「フォルクスワーゲン ルポGTI」。このクルマは息子用として手に入れたBMW 318isの入れ替えとして我が家に迎え入れたクルマで、徹底したコンパクトさが大きな特徴。最初はフォルクスワーゲン ポロも考えていたんだけど、近所のディーラーで見た瞬間、そのキャラクターの強さに惹かれてしまった。漫画家としてルポの特徴的なフェイスデザインは見逃せないポイントだった。

最近はどの国のクルマもデザインが画一化してしまい、見た瞬間に「コレ」と思わせるクルマが少なくなった。自動車メーカーが小型モデルから上級車種までを意図的に同じイメージに統一してしまい、セグメントさえも分からなくなっているような気がする。200万円のクルマと1000万円のクルマが同じデザインじゃ、何だか楽しくないよね。やっぱりクルマは個性があってこそ存在価値が高まり、デザインによって好き嫌いが分かれることで愛着が湧くんじゃないかな。フォルクスワーゲンのタイプ1(ビートル)なんてその代表みたいな存在だと思う。

我が家のガレージ収まったフォルクスワーゲン ルポは6速MT仕様のGTI。ゴルフGTIと同じくクラス最高峰を誇るエンブレムが与えられているモデルだ。我が家にやってきたルポは真紅のボディがキュートな印象だったけど、その走りはGTIらしい快活なもの。このクルマは標準型のルポとは違い、ワンメイクレースである「ルポGTIカップ」の開催を記念して発売されたモデルで、標準モデルよりも大きな1.6リッターの4気筒DOHCエンジンに6速MTを組み合わせている。

完成度の高いホットハッチモデル

その走りはFFらしさを感じさせないナチュラルなもので、世界中で愛されるフォルクスワーゲンならではの完成度が大きな魅力になっている。とかくFFモデルはアンダーステアが強く、発進時にもトルクステアが出るなど違和感を覚えるクルマが多いけど、FFを知り尽くしたフォルクスワーゲンの味付けは実にスマートだ。FFがあまりしっくりこないボクが乗っても嫌になることはなかったから大きく評価したい。

ドイツ車らしい少し硬めのシートに腰を沈め、エンジンをスタートさせると意外にもガッツ溢れるエキゾーストノートが響き渡る。サイズ的には全長3525×全幅1640×全高1465mmと軽自動車プラスアルファの大きさにも関わらず、4気筒DOHCエンジンからは125psの最高出力を叩き出していたから驚きだ。これも家族の手前「息子用」として購入したんだけど、茨城県の潮来にあるレーシングカート場への往復に乗っていくことも多かった。

小さな勇者は高速道路でも予想以上に頑張ってくれ、さすがはアウトバーンで育ったクルマという感動を与えてくれた。交通量の少ない市街地では6速MTを駆使して走るキビキビ感が小気味良く、ボディサイズやキャラクターからすれば3.0リッターカー(編注:100kmを3.0リッターの燃料で走れるクルマを総称した呼び方)なんだろうけど、“GTI”のエンブレムは伊達じゃない。

現在も所有する、長い車歴の中でも稀有な1台

その昔、自動車評論家として尊敬する徳大寺有恒さんが「フォルクスワーゲン ゴルフは自分のなかでのベンチマークになっている」という話が思い出される。特にコンパクトカーを試乗する時には「フォルクスワーゲンを知っておくことで比較するクルマの完成度やFFの特性を判断するスケールになってくれる」というのだ。このルポGTIもその要素を多分に持っているクルマで、完成度は実に高い。

正直、それまでのカーライフのなかでフォルクスワーゲンというブランドに興味を持ったことは一度もなかったが、自分のクルマとして所有したことで目から鱗が落ちる思いを味わった。ドイツだけでなくヨーロッパ諸国やアメリカ、そしてアジアのスタンダードとしてフォルクスワーゲンが受け入れられているのは、それだけの完成度と信頼性を持っているということ。販売台数は嘘をつかないってことだね。

我が家のフォルクスワーゲン ルポGTIは現在も息子のアシとして活躍し、休みの度に日本全国を駆け巡ったルポGTIの走行距離は軽く10万kmを超えてしまった。それでも整備をしっかり行うことで実用性を保ち続けるフォルクスワーゲンの信頼性と耐久性は、徳大寺さんが愛したベンチマークならではの実力を立証している。

経済性だけでは語れない乗用車の世界を垣間見せてくれた3台の愛車たち

周知の通りボクの愛車遍歴はとても偏ったものだ。スーパーカーをメインにハイパワーなモデルたちが中心となりストーリーを描くヒントを次々と与えてくれた。読者が頭に描くパブリックイメージを大切にしなければ・・・という使命感もあったけど、スーパーカーと共に生きてきたボクにとってフェラーリやポルシェは日常的な存在になっている。これはクルマ好きには極めて贅沢なことであり、恵まれた環境であることは間違いないだろう。

しかし、スーパーカー遍歴の狭間に手に入れた普通乗用車も、ボクにとって重要なスパイスになっていたと思う。ここで紹介した3台のモデルは標準モデルに「プラスアルファ」の要素を加えたものだが、その存在感はスーパーカーと肩を並べるほどの楽しさをもっていた。絶対的なパワーや最高速度を比較すれば敵うことは無いけれど、クルマの基本である「操る楽しさ」や「征服感」においてはスーパーカーを凌駕するシーンも少なくなかった。「クルマは金額やスペックだけで語ることはできない」という戒めをボクの中に刻み込んでくれた名車たちに大きく感謝したい。

TEXT/並木政孝(Masataka NAMIKI)

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