“大衆車”をベースにスポーツカーを誕生させる魔術
BMCミニにはジョン・クーパーがいたように、ルノーにはアメデ・ゴルディーニがいたように、そしてフィアットにはカール・アバルトがいたように……“大衆車”と呼ばれるクルマたちには必ずと言っていいほど、チューニングのマエストロが存在していました。
市販すればヒット確実? 現代に蘇った伝説のレーシングマシン「アバルト1000SP」
彼らはミニ・クーパーやルノーのドフィン・ゴルディーニ、そして一連のフィアット・アバルトのようなハイパフォーマンスなコンパクトカーを生みだしてきました。しかしベースに対しボディを一新した美しいスポーツカーも誕生しています。ルノーから生まれたアルピーヌはその好例ですが、フィアットから生まれたアバルト・ビアルベーロも美しいスポーツカーに昇華していました。
軽量コンパクトな“大衆車”はチューニングに格好の素材
そもそも多くの“大衆車”は、軽量コンパクトを旨としていましたから、ハイパフォーマンスカーを生みだすベースとしては最高の素材でした。しかし車高を下げ、太いタイヤを覆うためにオーバーフェンダーを装着。そして一部では、最近のものとは比ぶべくもない控えめなエアロパーツを装着していましたが、そのシルエットはひと目でベースモデルがわかるものでしたから、美しいというよりも愛らしいルックスでまとめられていました。
ところが“大衆車”をベースとしつつ、その主要コンポーネントを使用しながらも、出自がわからなくなるくらい美しいスポーツカーも誕生しています。今回の主人公である、フィアット・アバルト1000ビアルベーロもそんな1台でした。
ちなみに、ビアルベーロ(Bialbero)とは伊語でツインカムのこと。同じくイタリアのメーカーでフィアットをベースにスポーツカーを製作していた、スタンゲリーニにもビアルベーロと呼ばれるモデル(グレード?)が存在していました。
写真で紹介したスタンゲリーニの1100ccビアルベーロ・エンジンと、それを搭載したオープン2シーターのロードスターは、モデナにあるスタンゲリーニ博物館で2013年に撮影したものです。コンパクトな赤いイタリア車はそれだけで十分に魅力的ですが、1.1Lエンジンがツインカムということになると血が沸く感があります。それはともかく、フィアット・アバルト1000ビアルベーロです。
エンジンチューニングに定評があったアバルト
戦後間もない1949年に設立されたアバルト。50年代後半にはフィアット600や500をベースにチューニングを施したツーリングカーや、それらのコンポーネントを使ったスポーツーカーのそれぞれに、競技車両だけではなくロードゴーイング仕様もラインアップして販売、好評を博すようになりました。
とりわけ、エンジンのチューニングに関しては定評があり、当時としては最新の、言い換えるなら現代に通じるようなメカニズムも、惜しげもなく投入されていました。ラディアーレ(あるいはテスタ・ラディアーレ)や、ビアルベーロなどクルマの車名としても使用されていることからも、アバルトの自身と熱意が伝わってくる。
ちなみに、テスタ・ラディアーレというのは伊語で頭(Testa)と放射状(Radiale)という意味があり、半球型燃焼室を持ったシリンダーヘッドを意味しています。テスタはフェラーリのテスタロッサ(Testarossa)が、赤いシリンダーヘッド(正確にはカムカバー)を与えられたことで命名されたことからでもお馴染みですね。
一方、今回の主役となるフィアット・アバルト1000ビアルベーロのビアルベーロ(Bialbero)も伊語で2本(Bi)のシャフト(albero)の意からツインカム(エンジン)を表しています。マセラティのツインターボを搭載したモデルにビトルボ(Biturbo)がありましたが、このBiもふたつを表すイタリア語で、ビアルベーロのBiと同様です。カウンターフローのOHVではチューニングの限界があったことから、アバルトではOHVのシリンダーヘッドを、OHCでカムシャフトを2本持ったツインカムヘッドにコンバートし、さらなるパワーアップを果たしたのです。
速度記録挑戦車に初めて搭載されたビアルベーロ・エンジン
フィアットをベースにしたアバルトのモデルで、最初にビアルベーロ・エンジンを搭載したのは1957年に製作された速度記録挑戦用のフィアット・アバルト750レコードでした。アルファ ロメオやフェラーリで数多くの傑作エンジンを手掛けてきた、ジョアッキーノ・コロンボが開発を担当。
それまでのOHVエンジンに比べて3割以上ものパワーアップを実現し、世界記録を打ち立てることに成功しています。その後ビアルベーロ・エンジンはサーキットレース用にチューンし直されて、レース仕様のGTカーに搭載され各地のレースで活躍することになりました。そしてレースのレギュレーションに合わせて850ccと1000ccと2種類が製作されています。
こうして開発された1000ccのビアルベーロエンジンを搭載したレーシングGTが、今回紹介するフィアット・アバルト1000ビアルベーロです。アバルト1000ビアルベーロRM(レコード・モンツァ)クーペやレコード・モンツァLM(ル・マン)の発展モデルであり、フィアットの異母兄弟とも言うべきフランス車のアバルト-シムカにとっては、従兄弟のようなものと言っていいでしょう。
そんなフィアット・アバルト1000ビアルベーロですが、1961年に登場したオリジナル=初期型ではラウンドテールと呼ばれる丸っこいデザインでまとめられたリヤビューが特徴でした。1962年モデルではラウンドテールのまま、エンジンフード後端が反り返ったスポイラー形状に変更されています。
これがいわゆるダックテール(アヒルの尻尾)と呼ばれ、ドラッグの低減のみだった世界に、ダウンフォースの概念を与えることになった極初期の空力的処理でした。さらに1963年モデルではフロントノーズに手が加えられ、フロントにマウントされているラジエターの冷却気導入口が“おちょぼ口”になってドラッグがさらに低減されています。
そして1964年にはノーズを伸ばした最終モデル、フィアット・アバルト1000ビアルベーロ・ロングノーズが登場。それを機会に1963年モデルのことをフィアット・アバルト1000ビアルベーロ・ショートノーズと呼んで区別するようになりました。
また初期のモデルはデザイナー兼コーチビルダーであるザガート製ですが、後期にはアバルト製もあるようです。それにしても、小さなフィアット600のフロアユニットなどを流用しながら、こんな流麗なクーペモデルを生みだしてしまうとは。あらためて、イタリア人に流れるラテンの血が、これほどまでにデザインに長けていると、痛感させられました。
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みんなのコメント
この当時の車って現在の車と比較すれば恐ろしいほど加速しませんよ。
逆にそれが楽しくて乗りたくなります。