先日ブルームバーグが、サウジアラビアの投資ファンドがF1を200億ドル(約2兆6100億円)で買収することを試みたと報じた。これについてFIAのモハメド・ベン・スレイエム会長は「200億ドルという膨れ上がった値札がつけられたことに懸念を抱いている」と自身のTwitterに投稿したが、F1は「商業権に介入している」として公式に批判するという事態に発展した。
このことは、Netflixで配信されている「Drive to Survive(栄光のグランプリ)」のサイドストーリーではない。F1という世界選手権の運営方法における力関係が変化する始まりである可能性がある。
■2兆円超えの買収騒動めぐり、F1とFIAが対立? FIA会長の”過大評価”発言は「容認できない権利侵害」
表面的には、ベン・スレイエム会長とF1のステファノ・ドメニカリCEOは、団結して物事に当たっているように見えた。しかし実際には、状況は異なっていた。
FIAとF1のオーナーであるリバティ・メディアとの間には、意見の衝突も数多くあったのが真相だ。しかしこれまで発生した軋轢は、密室で秘密裏に、そして友好的に解決されてきた。生々しい部分が公に晒されるようなことはなかったわけだ。しかし今回のことで、事態は大きく変わった。
パドックの信頼できる情報筋によれば、今回のベン・スレイエム会長に宛てたF1からの”怒りの書簡”は事実上、FIAとリバティ・メディアとの間の”戦争”の一端であるという。
【”権力”をめぐる争い】
FIAとF1が衝突するというのは、ここ数年は見られなかったことだ。特にマックス・モズレーがFIAの会長に就任し、FISA(国際自動車スポーツ連盟)を吸収、バーニー・エクレストンがチーム側をまとめ上げ、今のF1を形作った後は、両者が衝突するようなことはほとんどなかった。つまり今の状況は、FISAとFOCA(F1コンストラクター協会)が対立し、F1を二分していた1970年代から80年代と同じようになりつつある……とも言える。
今回ベン・スレイエム会長の発言にF1が苦言を呈したのは、両者の関係悪化が表面化したひとつの例にすぎない。これまでにも、ベン・スレイエム会長とF1(FOM)との間には軋轢が生じており、それを徐々に悪化させる出来事が複数生じていた。
その一部は、F1のレギュレーションと、レース運営に関することである。2021年の最終戦アブダビGPでは、FIAのレースコントロールには多くの批判が浴びせられた。またF1は2023年のレースで数多くのスプリントレースを実施しようとしたが、ベン・スレイエム会長はこれに難色を示した。さらに2022年日本GPでは、獲得ポイントに関する混乱もあった。
またベン・スレイエム会長は、自身直属の組織を使うのではなく、個人的に問題に対処しようとする傾向もあるが、それについての不満も各方面から上がっていた。そういう個人的な動きが強みになることも多々あるだろう。しかし、昨年のF1で起きたポーパシングへの対処について、チームやドライバーと直接話してしまったのは問題だった。実際、ベン・スレイエム会長は問題の全てを詳細にわたって把握しているわけではなかったため、F1関係者を苛立たせることに繋がる場合もあるという。
またFIAは、2023年のF1開催カレンダーの公表を、F1側と期日を擦り合わせることなく行なってしまったことも、問題の悪化に拍車をかけた。
さらに今年になって、ベン・スレイエム会長はF1を度々”口撃”している。まずはアンドレッティがF1参入に名乗りを挙げたことについて、後ろ向きなF1を批判。そして今回のF1の”値札”についてである。ベン・スレイエム会長の発言は、徐々にエスカレートしていっているように感じられる。
ただ今回のことは、いろいろなことを象徴しているようにも思える。本来ならばサウジアラビアのファンドがF1買収を試みたという”噂”に、FIAの会長が個人的に反応する必要性はまったくない。むしろ無視しても問題なかったわけだ。その一方で、200億ドルという額が表面化したことについては、何か意図的なモノを感じざるを得ない。このことが話題になることで、最も大きな利益を手にするのは誰なのか? そしてなぜ今明るみに出たのか? 実に不可思議だ。
今回の一連の報道と動きで大きな影響を受けたのは株価だ。ブルームバーグの記事が掲載される前、1月19日のFWONA(フォーミュラ・ワン・グループ)の株価は、59ドルにも満たなかった。しかし記事が掲載されると、株価は急上昇。7.8%上がり、63.6ドルの最高額を記録した。
なおFWONAの時価総額は、現在160億ドル前後にあると言える。それを考えれば、ブルームバーグが報じた200億ドルという金額は、法外な値札とは言えない。しかしながらこれにベン・スレイエム会長が食らいついたのは何のためだったのか……。
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