ひとりの男のクルマにかけた半生……映画『タッカー』を観る!!

　自動車大国アメリカでは多くの自動車メーカーが誕生したが、多くはビッグ3に吸収されるか消滅していった。デロリアンなども夢半ばで消滅してしまったメーカーだが、映画に登場することで多くのファンに知られる存在となった。

　今回取り上げる映画『タッカー』は、1940年代に実在した自動車メーカー。美しいデザインと先進的なコンセプトで知られる同社のクルマを作り上げたプレストン・トマス・タッカーの戦いを楽しもう！

文／渡辺麻紀、写真／TCエンタテインメント

【画像ギャラリー】製作総指揮ジョージ・ルーカス、監督フランシス・フォード・コッポラが描いた男の夢と半生 映画『タッカー』

■わずが50台が製造された幻の車

タッカー社を創業したプレストン・トマス・タッカーが自らデザインした『タッカー・トーピード』。わずか50台（原型車を含めて51台とも）が製作された幻の車だ

　以前、このコーナーでも紹介した『バック・トゥ・ザ・フューチャー』（85）の、あまりにも有名なタイムマシンことデロリアンDMC-12。

　開発者の名前を冠したこの車は、カーデザイナーのジョン・デロリアンにとっては唯一無二の車だった。なぜなら、この車をおよそ8500台製造しただけで会社が倒産してしまったからだ。

　が、そんな男は彼だけではない。いまから75年ほど前のアメリカには、デロリアン以上に車を愛し、車の未来を考えていた車開発者がいた。プレストン・トマス・タッカー。自らデザインした“タッカー・トーピード”を50台だけ製造し、車業界から消えてしまった夢追い人だ。

　今回、ご紹介する『タッカー』（88）は、そんな彼の半生を描いた人間ドラマ。監督は『ゴッドファーザー』シリーズのフランシス・フォード・コッポラ、そして製作総指揮は『スター・ウォーズ』シリーズのジョージ・ルーカス。

　ハリウッドを代表するふたりの映画人が、タッカーの夢に共鳴し本作を作り上げたのだ。

■まさに「先見の明」!! 今に通じる技術やアイデアが盛り込まれた車

自らの『夢の自動車』のデザインコンセプトを披露しつつ熱く語る。洗練されたデザインに、当時としては桁外れの安全性が考慮されていた

　舞台は戦後すぐ、1945年のデトロイト郊外。軍事産業に従事していたタッカーは、そのノウハウを活かして子どもの頃からの夢、車の製造に着手する。協力者は長年のつきあいになる数人のメカニック、タッカーに憧れて入社を希望した車設計者、ベテランの経営担当者、そして妻と4人の子どもたち。

　まるで家内工業のような工程で作られたその車、タッカー・トーピードは優美なデザインと最新の機能、革新的安全性を誇る、まったく新しい車として誕生した。

　エンジンを後部に置き、ブレーキ力の向上が望めるディスク・ブレーキ、安全性を高めるスリーボックス・シートとシートベルト、セミオートマチックトランスミッションなど先駆けのようなシステムの採用等々、さまざまなアイデアで埋め尽くされていた。

　シートベルト（腰部分のみ）の発想は、そのまえからあったものの、本格的に取り入れたのはこの車が初めて。今とは大きく異なり、安全性のプライオリティが驚くほど低かった時代に、ちゃんとタッカーは未来を見据えていたのだ。

　ちなみにタッカーの発言に「このままだと、いつか敵国（日本）からラジオや車を買うことになる」という言葉があり、会場から笑い声が漏れるというエピソードも登場する。彼の先見の明はハンパなかったのかもしれない。

■自らの夢を実現するためにビッグ3とも戦う

プレストン・トマス・タッカーを演じたジェフ・ブリッジスは数々の映画に出演する名優だ

　一方デザインは、名前にもなっているトーピード＝魚雷のようにノーズ部分が突き出たスタイル。これは単にデザインだけではなく、空気力学を意識してのことだったというが、それはさておきで、やっぱりとてもかっこいい。

　この流線形のデザインだけでも、思わず乗ってみたいと思わせる車なのである。その気持ちは当時の人たちも同じだった。

　ほかの車にはない魅力や特性をアピールし、資金集めに奔走するタッカーは徐々に世間の注目を集めるが、当時の自動車業界のビッグ3こと、GM（ジェネラルモーターズ）、クライスラー、フォードは面白くない。

　プロフェッショナルだからこそタッカーの車の凄さが判る彼らは、あの手この手、汚い手を使って潰しにかかり、ついには政治家や実業家を巻き込んで、タッカーを詐欺師として法廷に引きずり出す。

　が、それでもタッカーは怖気づかない。仲間と家族の支援を受け、最終弁論では、決して夢を諦めず、自分の信じる道を進み、そういう一匹狼だけが世界を変えることが出来ると陪審員に語り掛ける。この言葉が何と言っても熱いのだ。

　おそらく、コッポラ＆ルーカスがもっとも共感したのは、夢を諦めない一匹狼が大企業に闘いを挑む姿。タッカーには、ハリウッドのメジャースタジオとの関係性のなかで、自分のプロダクションを興し自分の撮りたい映画を撮ろうとしていた当時のふたりと重なる部分があったからなのだと思う。

　保守的な価値観がまかり通っていた社会に風穴を空けようと果敢に挑戦したタッカーに、コッポラ＆ルーカスが共感するのは当然だったのだ。

■撮影当時に現存していた実車が全米から集められた

映画製作当時、全米に現存していた実車が、タッカーの遺族やタッカーのドライバーズクラブメンバーの尽力により集められた

　製作当時、現存していたタッカー・トーピードは46台。そのうち、それぞれ2台ずつをコッポラとルーカスが所有し、その4台を加えた21台が映画のために集められた。

　協力を惜しまなかったのは、いま現在も活動しているタッカーのファンクラブ、TACA（Tucker Automobil Club of America）とタッカーの遺族たち。彼らが撮影に全面協力をして完成した映画でもあるのだ。

　余談ながら、タッカーの裁判が行われるコート近くの壁には、テスラコイル等で知られる二コラ・テスラのポスターが貼られている。彼もまた、すでに大きくなっていたエジソンとの闘いに敗れた発明王。このポスター一枚にも製作者たちの想いが込められている。

　そして電気自動車メーカー「テスラ」の社名は、ニコラ・テスラが由来となっている。

●解説●

　『タッカー』は、コッポラが長年温めていた、彼にとってはドリームプロジェクト。当初は『ゴッドファーザーPART II』（74）のあとに取り掛かるはずだったが、結局は『地獄の黙示録』（79）に着手し、それから10年後にやっと作ることが出来た。

　当時、コッポラがタッカー役に想定していたのはマーロン・ブランド。『地獄の黙示録』のカーツ大佐がブランドになった理由もここにあると言われている。

　完成版ではそのタッカーを、のちに『クレイジー・ハート』（09）でアカデミー主演男優賞を獲得した大ベテラン、ジェフ・ブリッジスが演じているが、その前の候補者として名前が挙がっていたのはジャック・ニコルソン。

　もしニコルソンやブランドが演じていたら、未来を見つめるオプティミストのタッカーにはならなかったと思う。

　また、コッポラにはタッカーの生涯をミュージカルで綴るというアイデアもあり、そのときの音楽は『ウェスト・サイド物語』（61）等で知られるレナード・バーンスタインに依頼するつもりだったという。

　本作は89年のアカデミー賞で、タッカーの経営担当者エイブを演じたマーティン・ランド―の助演男優賞・美術賞・コスチューム賞の3部門でノミネートされた。

　実際のタッカーは、会社が潰れたあと南米に向かい再起を計るが失敗。56年、ガンを患い、55歳の若さで亡くなった。

　タッカー・トーピードは現在、TACAによって詳細な記録が残されていて、12年に行われたバレットジャクソンのオークションでは291万ドル（およそ3億円）で取引されたという。いまだに車ファンを魅了し続けているのだ。

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『タッカー』
ブルーレイ ￥5,280（税込）／DVD ￥5,280（税込）
TCエンタテインメント
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【画像ギャラリー】製作総指揮ジョージ・ルーカス、監督フランシス・フォード・コッポラが描いた男の夢と半生 映画『タッカー』

Comments

開発エンジニアの一人に戦中の収容所から出てきた日系人がいましたが、タッカー氏は周りからの懸念に関知せず彼を信頼します。また航空業界の異端児ハワード·ヒューズが苦闘中のタッカー社を支援します。これらヒューマニズム要素も含む傑作だと思います。

画面の転換方法が見事。
居間のソファーから立ち上がり、画面がパンすれば、B29の製造工場だったとか、流れが秀逸です。