9年間・19万ポンドを費やしレストア
今回ご登場願ったブラックのロールス・ロイス・ファントムIIIは、1937年式。英国のコーチビルダー、Jガーニー・ナッティング社によるツーリングリムジン・ボディが架装されている。
【画像】手のかかる最高の高級車 ロールス・ロイス・ファントムIII 同時期のモデルと写真で比較 全136枚
当時24歳だったチーフデザイナー、ジョン・ブラッチリー氏が描き出したスタイリングはハンサム。巨大なルーカス社製P100ヘッドライトが、威厳を漂わせる。フェンダーやルーフラインが優雅にカーブを描き、全長5359mmという大きさを感じさせない。
カーディーラーのHRオーウェン社を通じてオーダーされ、1937年5月にグレートブリテン島の中部、ダービーでナンバーを取得。記録によれば、6月にスコットランドのロナルド・シャープ中佐へ販売されている。
その後の空白期間を挟み、1990年代初頭にアメリカ・バージニア州で傷んだ状態で発見。オリジナルのV型12気筒エンジンは、戦後の5.7L直列8気筒、B80型ユニットへ置換されていたという。
1995年から、ボブ・ピーターソン氏とロドニー・ティンプソン氏がレストアへ着手。
9年間に19万ポンドという金額を費やし、見事な状態が蘇った。ちなみに、ロドニーの妻で女優のペネロープ・キース氏は、Jガーニー・ナッティング社の親族に当たる。
レストアは2003年に終了し、スタイリングを手掛けたブラッチリーへ披露された。美しく復元されたボディを目にし、大いに喜んでいたという。
長い眠りから目覚めたシャシー番号3-CP-56のファントムIIIは、究極のロールス・ロイスを体現した1台。戦前の同社を理解するのに、最適なモデルといえるだろう。
音振的に判別できないほど静かなV12
黒く輝くV型12気筒エンジンを始動させた状態でボンネットを開いても、本当にガソリンが燃焼されているのかどうか、音振的に判別はほぼ不可能。極めて粛々とアイドリングする。
オーナーが手を汚すことはなかったと思うが、念のため、ロールス・ロイスはプラグ交換の専用工具を用意していた。下に潜ってオイルサンプのプラグを抜かずとも、古いオイルを抜き取ることも可能としていた。
リアヒンジのフロントドアを開き、運転席へ腰を下ろす。シートは滑らかなブルー・レザー張り。シフトレバーが右側に位置し、小さなハンドブレーキ・レバーが見える。
ボンネットは、大きなヘッドライトへ向けて幅が狭まる。サーモスタット・シャッターを内蔵する大きなラジエーターの頂上部で、女神、スピリット・オブ・エクスタシーがひざまずいている。
インテリアはウォールナット材で飾られ、ドアパネルなどの造形は控えめだ。ダッシュボードは、時速110マイル(約177km/h)まで振られたスピードメーターが主役。電流や燃料、油圧などの補助メーターが整列している。
マップライトなど、小さなスイッチ類が珍しい。スタートとランと記されたレバーは、冷間時用のチョークを意味する。
2基用意された燃料ポンプ用に、セレクタースイッチが備わる。ダッシュボード中央のスイッチは、センターピラーから横に飛び出すセマフォー(ウインカー)用。クラクションにも、ハイとローの2段階がある。
後席ではわからない魅力的な運転の印象
ツーリングリムジンというボディは、専属ドライバーへ運転を任せ、フロント側とガラスで仕切り、プライベートな移動空間として使われることが意図されている。普段の移動手段として、オーナー自ら運転することも想定されてはいたが。
つまり、リアシート側の快適性へ多くの気が配られている。シートはウェスト・オブ・イングランド社製のクロスで仕立てられ、ブルーのカーペットが敷かれたフロアにはフットレストも備わる。
顔を隠せる太いCピラーには、アールデコ調の照明が組み込まれた、コンパニオンミラーが配される。一部のファントムIIIのボディには、パワーウインドウやパワーブラインドも備わっていた。この例の場合は、ラジオとフォールディング・デスクのみだが。
運転手を雇っていた初代オーナーは、このロールス・ロイスの魅力を完全には理解できていなかったと思う。戦前の技術でありながら、驚くほど運転が心地良いのだ。
シートポジションは高く、クルマの上に座っているような感覚。ステアリングレシオはこの頃としてはクイックで、ロックトゥロックは3回転。肉厚な18インチ・タイヤは、路面の乱れを殆ど車内へ伝えない。
加速は至って滑らかで、堂々とした威厳を感じる。シームレスで、上等なシルクの上をなぞるように前進していく。現代の交通にも、問題なく交われる。
身のこなしは重々しい。視界の開けたコーナーへ速めのペースで侵入すると、急激にアンダーステアへ転じる。ボディロールは想像ほど大きくないが。
条件が許すなら筆者にとって最高の高級車
ドラムブレーキにはギアボックス駆動のサーボが組まれ、制動力は強力。操作しやすい位置へ伸びるシフトレバーは、ゲートへコクリと収まる。
すべての操縦系の動きが繊細で、好ましい手応えがあり、ファントムIIIの走りへ調和している。ソリッドでもあり、堅牢性は高そうだ。
発進時は1速を用いるが、豊満なトルクで基本的には2速と4速だけでこと足りる。オートマティック・トランスミッションが登場する以前、ドライバーへ安楽な運転を提供するための手段だった。
戦前のロールス・ロイスを代表するファントムIIIは、生産数の90%が現在まで生き抜いているという。しかしV型12気筒エンジンのリビルドには膨大な費用が必要で、簡単にコレクションへ加えられるモデルではない。
当時のロールス・ロイスは、3年間の新車保証を付帯させていた。第二次大戦が勃発し、ファントムIIIのシャシー生産が終了したことを1番喜んだのは、同社の技術者だったかもしれない。
復元されたシャシー番号3-CP-56のファントムIIIには、新たなオーナーが見つかった。ガレージに保管していても、複雑なメカニズムは定期的に整備する必要があるから、日常的に走らせていた方が状態は保ちやすいだろう。
もし充分な予算があり、面倒を見てくれる人脈があるなら、筆者にとって最高の高級車といえるのが、このロールス・ロイス・ファントムIIIだ。80年前のように、静かにゆったりと離れた目的地まで運転してみたい。
協力:P&Aウッド社
ロールス・ロイス・ファントムIII(1936~1939年/英国仕様)のスペック
英国価格:2600ポンド(新車時)/20万ポンド(約3620万円)以下(現在)
販売台数:715台
全長:5359mm
全幅:1958mm
全高:−mm
最高速度:148km/h
0-97km/h加速:16.8秒
燃費:2.8km/L
CO2排出量:−g/km
車両重量:2770kg
パワートレイン:V型12気筒7338cc自然吸気OHV
使用燃料:ガソリン
最高出力:167-182ps/3500rpm
最大トルク:-kg-m
ギアボックス:4速マニュアル(後輪駆動)
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みんなのコメント
よくやるなあ