7月5日、2020年F1世界選手権の初戦がオーストリアのレッドブル・リンクで開催された。待望の開幕戦は、しかし、 “ハミルトン虐め”のようだった。
不思議なF1開幕戦
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寄って集ってルイス・ハミルトン虐めか、と思った。4カ月遅れでやっと開催された2020年シーズンのF1グランプリの開幕戦、オーストリアGPを観た感想だ。ハミルトンは予選で3グリッド降格、決勝レースで5秒加算のペナルティを課せられた結果、健闘虚しく4位に甘んじた。本来なら優勝さえ可能なレースだった。
待ちに待ったレースの開催だった。昨年11月に2019年シーズンの最終戦が終了してから、実に8カ月ぶりのF1グランプリ。今年3月にオーストラリアGPが開幕寸前でキャンセルされ、F1関係者のみならず世界中のファンがフラストレーションに押し潰されそうになりながら耐えてきた。しかし、いざ蓋を開けてみるとことは淡々と進み、待望の開幕に、涙さえ出るのではないかというぐらいに募っていた感激への思いは、見事に裏切られた。なぜか開幕戦の感動はそこにはなく、すでにシーズン中盤のレースのひとつと同じように消化された。不思議なF1グランプリ開幕戦だった。
新型コロナウイルス禍で例年のレースと異なる点は多々あった。巨大な観客席に観客はひとりもいず、パドックにはチーム自慢の豪華なモーターホームの姿はなく、ピットは各チーム間で行き来が禁じられた。200人収容可能なメディアセンターには主催者制限で10数人の記者の姿しかなく、FIAの記者会見は広い会見場に距離を取って置かれた椅子に記者が座る。各チームのメディア・スクラムは当然行われず、世界各国で自宅待機中のメディア関係者との間でリモートでの質疑応答が行われた。これらは確かに以前とは大きく変わった点だ。不便な点はあげればきりがないが、関係者は忍耐強く対応し、レースは滞りなく行われ、レース後のニュースも例年に変わりなく世界中のメディアを埋め尽くした。つまり、様々な制約はあったが、F1グランプリは健在であるということを見せつけたわけだ。
F1 Grand Prix of Austria - PreviewsPoolEnd Racism
では、レースはどうだったか? なぜ私の目にハミルトン虐めと映ったのか? そのことを見ていこう。
7月5日の日曜日の決勝レースに向けて金曜日から練習走行が始まったが、メルセデスの安定感は抜群だった。木曜日のフリー走行の1回目から3回目まで、すべてハミルトンがベストタイムをたたき出し、チームメイトのバルテリ・ボッタスがそれに続くタイムを記録した。今年も昨年同様メルセデス独走のレースが続くように思わせるに十分な速さだった。しかし、実はメルセデスは爆弾を抱えていた。
予選は予想通りの結果になったが、ポールポジションを獲得したのはハミルトンではなくボッタスだった。ハミルトンは0.012秒遅れで2番手につけた。3番手にはレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペン。チームメイトのアレックス・アルボンも5番手につけ、レッドブル・ホンダの存在を見せつけた。ホンダは昨年のパワーユニットに大幅な改良を施したモデルを持ち込み、メルセデス追撃に的を絞った。オーストリアは昨年フェルスタッペンが勝利した験のいいレースだけに、やる気は満々だった。
驚きの番狂わせはマクラーレンのランド・ノリスが4番手につけたこと。フリー走行から速さを見せつけていたマクラーレンだが、この順位に一番驚いたのはノリス本人かもしれない。マクラーレンの復活とは裏腹に、フェラーリの失速はテストの結果から予想出来たとはいえ、関係者にショックを与えた。メルセデスから1秒も離されてシャルル・ルクレールは7番手、セバスチャン・ベッテルに至っては最終予選Q3 まで残れなかった。レースはメルセデスに追い風だった。
ところが、日曜日のレースがスタートする2時間前にひとつめの爆弾がハミルトンの頭上に落ちた。彼が予選で2番手タイムを出したとき黄信号が表示されていたとレッドブルから抗議が出されたのだ。確かに黄信号が点滅していたが、それを見落としたハミルトンは全開で走り抜けた。審議の結果ハミルトンもそれを認め、3グリッド降格のペナルティが言い渡された。皮肉なのは、黄信号の表示はチームメイトのボッタスのコースオフが原因だったことだ。
決勝レース前のセレモニーで、ドライバーの多くが人種差別に抗議して片膝を地面につくジェスチャーを行った。Black Lives Matter運動から広がったEnd Racism運動だ。ハミルトンが率先するが、呼びかけなしでもほとんどのドライバーが同調した。立ったままのドライバーも、「膝はつかないが、人種差別への抗議には同調する」とコメントした。
F1 Grand Prix of AustriaPeter Foxメルセデスの爆弾
そして、波乱の決勝レースが幕を開けた。
ポールポジションからボッタスが逃げ、最後までそのポジションを誰にも明け渡さなかった。71周のレースで破綻が見られなかったのはこのボッタスだけだったと言ってもいい。中盤から終盤にかけてハミルトンに追撃されたが、メルセデスが抱えていた爆弾のせいで、辛うじてハミルトンを振り切った。爆弾とはギアボックスのセンサーの不調だ。振動でセンサーに異常が発生すると、フェイルセーフ・システムが働いてギアが抜ける仕組みだ。チームからは2人のドライバーに縁石に乗る走りはやめるように再三無線が飛んだ。この状況では追う者より逃げる者の方が有利だ。ボッタスにとれば、薄氷を踏む思いだったのかもしれない。
メルセデス追撃の筆頭にいたレッドブル・ホンダのフェルスタッペンは予選2番手からボッタスを追ったが、10周を過ぎて突然パワーユニットが力を失い、早々にリタイア1号となった。昨年から大幅な改良を施してきたホンダ・エンジンだが、電気系のトラブルが原因だった。フェルスタッペンの抜けた穴はチームメイトのアレックス・アルボンに託すことになった。そしてアルボンは期待に応えて、3番手から2台のメルセデスを追った。追うアルボンは交換したばかりのソフトタイヤ。逃げるメルセデスはハードタイヤ。残り10周あれば、首位を走るボッタスに届く可能性さえあった。ところが68周目の第4コーナー、ハミルトンを抜きにかかって両者は接触、アルボンはコースオフしてしまう。レースはそのまま進み、ボッタスが優勝、ハミルトンが2位でゴールした。しかし、アルボンとの接触でハミルトンには5秒加算のペナルティが課せられた。結果、3位でレースを終えたフェラーリのシャルル・ルクレールが2位に、ルクレールに抜かれはしたが、大健闘したマクラーレンのランド・ノリスが3位に、それぞれ繰り上がり、ハミルトンは屈辱の4位に転落した。
F1 Grand Prix of AustriaBryn Lennon不可抗力の事故
ハミルトンとアルボンの接触事故はどう見てもレース中の不可抗力の事故でしかない。ハミルトンへのペナルティは厳しすぎる裁定と言わざるを得ない。
「レース後すぐにアルボンに謝ったが、後でビデオを観たら別に僕が故意にアルボンを押し出したわけではないことが証明されている。謝る必要はなかった。完全にレース中の不可抗力の接触だ」と、ハミルトン。それでも抗議はせず、4位を受け入れた。「前に進むだけだ」。
開幕戦では独走したメルセデスだが、昨年までのようには行かない雰囲気だ。レッドブルのクリスチャン・ホーナー代表は、「今年はこれまでで最高の準備ができている」と自信を見せる。少なくともオーストリアではメルセデスに較べてレース中の変化に対して臨機応変な対応ができていたように思う。それは、変化を求めるマクラーレンにも言える。躓きかかったフェラーリも同様だ。
これまで王道を突っ走ってきたメルセデスにとれば、慢心こそアキレス腱だ。メルセデスの抱えた爆弾は、開幕戦だけの痛苦だったのか?1週間後に同じレッドブル・リンクで行われる第2戦でそれは証明されるはずだ。
PROFILE
赤井 邦彦(あかい・くにひこ)
1951年9月12日生まれ、自動車雑誌編集部勤務のあと渡英。ヨーロッパ中心に自動車文化、モータースポーツの取材を続ける。帰国後はフリーランスとして『週刊朝日』『週刊SPA!』の特約記者としてF1中心に取材、執筆活動。F1を初めとするモータースポーツ関連の書籍を多数出版。1990年に事務所設立、他にも国内外の自動車メーカーのPR活動、広告コピーなどを手がける。2016年からMotorsport.com日本版の編集長。現在、単行本を執筆中。お楽しみに。
文・赤井邦彦
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みんなのコメント
レースを見ないで記事書いてるの?