スーパーGT 2019
スバル STIの先端技術 決定版 vol.43
スーパーGT2019の第6戦オートポリス300kmレースで、SUBARU BRZ GT300はわずか7周でリタイヤした。ここまで全戦でポイントを獲得してきたBRZ GT300のリタイヤは、今季初。このオートポリスと、次戦のSUGOは得意としているサーキットだけに残念な結果だった。
順調な滑り出し
朝の公式練習では4位、そしてQ1予選では山内英輝選手がトップと0秒119という僅差で4位につけ、Q1をクリアしている。だからチームもQ2予選を走る井口卓人選手もポールポジションを狙うために、少しのマシン設定を変更してQ2をアタックした。
だが、これが裏目に出てしまいタイムを伸ばすことができなかった。とはいえ4位のポジションはキープしているのだから、今季の好調さを物語っている結果だと思う。ドライバーの井口選手も「狙いにいっての結果なので、ここは仕方ない。挑戦する意味はあった」というコメントのように、上昇気流に乗って、駆け上ることを狙っての予選だったことがわかる。
データを駆使したマシン作り
18年シーズンからのマシンの進化は目覚ましいと言えるだろう。というのは、2019年仕様のBRZ GT300は18年シーズンのデータを活用するシーズンになっている。空気抵抗、ダウンフォース、そしてタイヤのグリップ力とエンジンパワーとの関係など、各サーキットやコーナーごとのデータを積み重ねている。もちろん、路面のミューも計測され、タイヤへの攻撃性も把握している。
渋谷真総監督がチーム監督に就任して1年目の18年、スバル時代に車両開発していたエンジニア野村章氏をスタッフに加えたことが大きい。集めたデータは19年仕様に反映し、ここまでの成果につながっている。
例えば、18年はレースごとにマシンは大幅にセットアップが変更され、例えばウイング形状の違うタイプを使ったり、空力変更のためにフロントフェンダーを変更したりといった大改造を繰り返していた。つまり、ベストな状態を探していたわけだ。しかし、今季はボディの大幅変更はこれまで一度もない。ウイングの角度調整、床下のヴァーチカルフィンの角度変更といった小変更にとどまり、またサスペンションなどのジオメトリー変更も車高、キャンバー角、ダンパーの減衰、スプリング変更といったことで対応している。
こう聞くと大幅変更に聞こえるかもしれないが、生産車輌とは異なるパイプフレーム構造を基本としたBRZ GT300は、純粋なレーシングカーの構造になっている。そのため、こうした仕様変更は比較的容易にできる構造になっている。例えばダンパーはプッシュロッド式のレイアウトで、ボンネットを開ければダンパーはむき出し状態で、イニシャル調整はすぐにできるといった具合だ。
タイヤ選択の難しさ
そのため、レースごとの仕様変更はセッティングのアジャストレベルで対応でき、ベストな状態を探るというトライからは抜け出している。あるコーナーで最大のグリップを出すためには、ダウンフォースがどの程度で、ジオメトリーとの組み合わせはこれ、といったパターンができているからだろう。
したがってレースでは気温、路面温度、そして路面のミューを考慮してタイヤ選択をし、戦略が立てられていくわけだ。
一方で、今季、新開発しているタイヤがキーポントになっており、完璧にマッチした状態でのレースは実はできていないのだ。今回のオートポリスでも同様の問題が起きていた。タイムを見ているだけでは、なかなか見えてこない部分だが、チーム内では起きてはいけない問題もじつはあったのだ。
今回本命として投入していたタイヤは事前のテストで好タイムを連発していたタイヤだ。しかもオートポリスとSUGOの路面のミューは似ているらしく、レースの数週間まえのSUGOテストでもドライバーも納得できるタイムと操安性能が確認できていた。
想定できないケース
だが、オートポリスの土曜日の朝行なわれる公式練習では、この本命タイヤが全くと言っていいほど機能しないのだ。想定している路面温度と大きな差はなく、渋谷総監督も首をかしげる。ドライバーはタイヤ表面が揺れ動く「ムービング」が大きく、思い切って走れないとコメントしている。
こうした「どうして?」といったことはレーシングチームで起きてはいけない。問題があれば「こうした対応で解決する」といった結論が常に見えていなければレースで勝つことは難しいからだ。もちろん、判断に迷い、ギャンブルとなるケースも多々あるが、「なぜだ?どうしてだ?」といったことはNGだ。
考えられる原因は、これまでのテストでは遭遇しなかったダスティな路面状況がある。確かにパドックでも黄砂だ、とか台風の影響で埃が舞い上がっているのだとか、少しざわついてもいた。だが、渋谷総監督にしてみれば、ダスティなことが原因であれば、グリップが薄いだけで済むはずだと。トレッドのムービングは起きないはずだというわけだ。結局、本命でないスペックの方がタイムが良く、それを予選、決勝で使うことになった。
このあたりは、タイヤメーカーとのコミュ二ケーションとなり、チームにとってのブラックボックスでもある部分だ。それだけ、タイヤメーカーもトライ&エラーをしているということだろうし、俗にいう「ハマった」タイヤにならなかったということかもしれない。
ともあれ、そうした本命タイヤでなくても予選4位であるから、悪くはない。あとはレース本番でタイヤの様子を見ながらピットインのタイミングと交換本数を決めていくという展開が想定された。
決勝のセットアップ
迎えた決勝レース。ドライバーは山内英輝選手で、地元井口選手はチェッカー担当としてレース後半走る順番にした。そしてウォームアップ走行を終え、グリッドに整列する。この時マシンはドライのセッティングで昨日の予選を走った時とほぼ同じセットアップだ。いや、正確にお伝えしよう。
Q1予選の山内選手のセットアップからポールポジションを目指すために変えたセットの内容は、コーナー立ち上がりで若干ノーズの持ち上がりがあったという。だからダンパーの伸び側の減衰を引き締め、ノーズの持ち上がりを抑えるように変更している。そして井口選手がタイムアタックをしたが、前述のようにタイムはのびなかった。
これは、フロントの持ち上がりは治ったものの、逆にリヤタイヤの接地感が悪くなりグリップが薄くなってしまったからだ。非常に微妙なセッティングで、フロントのダンパーはほんの1ノッチ、2ノッチの変更だという。それだけの減衰変更で0秒1の差に影響があるという事実もすごいが、それをコントロールするドライバーの感性もすごいと感じるエピソードだ。
そして決勝では、山内選手の仕様に戻しつつ、リヤの接地性はあげる方向に変更した。これはセクター3で加速が良いとタイムが伸びることがわかっているからだ。
こうした変更をして決勝のグリッドについていた。だが、ここで、レーススタート後、30分から45分後あたりに雨という予報があった。そこで渋谷総監督はマシンのセットをウェット方向に変更することを指示する。
車高をわずかに上げ、ハイドロプレーニングが起きにくい仕様に変更し、リヤウイングはさらに角度を付け、リヤのダウンフォースを大きくする方向に変更した。こうしたセットアップの変更度合いが見極められるのも19年シーズンの特徴であり、進歩した結果だと言えよう。
モノのトラブルに悔いが残る
決勝のスタートはローリングスタート方式で、山内選手は目の前の7号車アストンマーティンを追い抜く。1コーナーへは3位で飛び込み、理想の展開で始まった。ところが2周目にGT500のマシンがクラッシュするトラブルがあり、SC(セーフティカー)が導入された。
ところが、BRZ GT300はそのSCについていけないのだ。様子がおかしい。ピットには山内選手から「シーケンシャルのエアがない」という無線が飛ぶ。ミッションは4速でスティックし、シフトアップもダウンもできない状態だという。マシンはピットインし、エアタンクなどのパーツを交換する。そして20周遅れで再スタートを切るが、結局解決できておらずリタイヤとなった。
SUBARU BRZ GT300はここで優勝すれば、シリーズチャンピンの可能性が膨らむ大事な1戦だったが、その可能性を大きく失うことになった。
原因の詳細は現段階では不明だが、ヒューランドのシーケンシャルでこうしたトラブルは一度も経験がないと渋谷総監督は話す。「エアをチャージするモーターや電気信号で制御するハーネスあたりの不良でしょうか、帰ってよく調べないとわからないですが、もったいないことにをしましたし、スバルファンとドライバーに本当に申し訳ない」と反省しきりだった。
セットアップの幅は広がり、マシンコンディションが良い状態だっただけに「モノ」のトラブルでのリタイヤは悔いが残る。次戦は2018年、公式練習1位、予選1位、決勝1位と完全優勝をしているSUGOだ。連覇に期待しよう。
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