国内メーカーきっての「エンジン屋」との呼び声高いホンダ。そんなホンダが、2040年までにエンジン車を廃止すると発表したインパクトは絶大だ。
これまで「NSX」や「シビックタイプR」、「S2000」など数々の名機を世に送り出してきたホンダ。その頂点ともいえるのが、F1エンジンだろう。量産車にはないV10やV12が奏でたエキゾーストノートは、ホンダ・ミュージックとしても親しまれた。
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F1からも撤退し、まさに二度と出ないであろう名機たちを、その目で見てきた元F1メカニックの津川哲夫氏が、5つのホンダF1エンジンを解説する。
文/津川哲夫、写真/HONDA
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RA168E/1.5L V6ターボ(1988年 マクラーレン・ホンダ)
ホンダターボエンジンRA168Eを搭載したマクラレーン・ホンダMP4/4。1988年に、アイルトン・セナとアラン・プロストが16戦15勝という偉業を成し遂げた
ホンダの名前をF1史に轟かせた名機、マクラーレンとともに16戦15勝の記録を産み出し、ここからセナ・プロスト時代に突入。いまだにマクラーレン・ホンダの打ち立てた、このシーズン最高勝率を超えるチームは現れない。
1988年はターボエンジン最終年で低ブーストと低燃費での規制が極めて厳しくなったにも関わらず、ホンダだけが超高効率なエンジンを開発。低ブーストと低燃費ながら高馬力エンジンを実現しF1界を席巻。
このホンダターボエンジンRA168Eのエンジンマネージメント技術はF1だけでなく、のちの自動車技術のモニタリング、制御技術等に活かされて現在に繋がる近代自動車史のなかでのエポックとなっている。
また、ライバル達が苦しむ厳しい規則・規制を逆手にとる技術で大きなアドバンテージを得る技術開発の哲学はまさに“ホンダイズムここにあり”との主張が聞こえるエンジンでもあった。歴史に残る名器であり、ホンダの産み出した金字塔と言っても良いだろう。
RA100E/3.5L V10(1990年 マクラーレン・ホンダ)
当時の新骨格であったV10気筒エンジン「RE100E」を搭載したマクラレーン・ホンダMP4/5B。リッター200馬力を超え、3.5リットルNAで700馬力を超えていた
ホンダイズムは当時、何が何でもハイパワー重視。このRA100Eもその例外ではなかった。ターボ時代が終わりNA時代を迎えてホンダの出した答えがV10気筒。時代遅れになりつつあるV12ではなく新骨格であるV10を選び、高回転・高馬力のホンダ哲学を継承した。
初代RA109E(編注:1989年型V10エンジン)には、カムドライブ機構やピストン等に問題があったが、このRE100Eでは向上し、成果を挙げた。実際このRE100Eエンジンはリッター200馬力を超え、つまり3.5リットルNAで実に700馬力を超えていたのだ。
もちろん高馬力・高回転の耐久性を得るために重量は重く、車体側には厳しい要求をするエンジンでもあったが耐久性は確立されて、この年もチャンピオンを獲得。重くともハイパワー重視を貫き、最強パワーを絞り出すことで、車体側の弱点をカバーして余りあるエンジンであった。
マクラーレンは車体性能をそれほど重視しなくとも、ホンダの大きなパワーアドバンテージが充分以上にカバーしていた。
RA121E/3.5L V12(1991年 マクラーレン・ホンダ)
ホンダのルーツであるV12気筒搭載マクラーレンMP4/6。アイルトン・セナが3度目の優勝を決め、第二期ホンダF1のフィナーレを飾った
ホンダ第二期終盤に登場したが、すでに時代は軽量・コンパクトを求め始めていた。ホンダのV12選択には幾つかの理由があった。
それはそもそもV12こそがホンダF1のルーツであり、本田宗一郎以下ホンダエンジニアの言わば夢であったこと。そして第二期ホンダのフィナーレに、このホンダの夢を成し遂げたかったこと。近代F1のなかではまことにエモーショナルなエンジンであった。
パフォーマンスは740馬力超と言われていたが、軽量化されたものの長さを縮めることはできず燃費も悪く、大きな燃料タンクも相まって、ただでさえ時代遅れのマクラーレンMP4/6から走行性能を奪っていった。
それでもセナはチャンピオンを決めたが、これが最後のチャンピオンとなった。しかし、V12サウンドは第一期ホンダF1時のV12とは一線を画す甲高くもスムースで甘いエクゾーストノートを奏でてくれた。以後の近代F1から忘れ去られたF1エンジンの奏でるミュージック。ホンダRA121E/V12はその最終章の取りをつとめてくれたようだ。
RA004E/3.0L V10(2004年 BARホンダ)
写真は「RA004E」を改良した2005年仕様の「RA005E」。ジェンソン・バトン (左)と佐藤琢磨(右)が駆り、V10最終年となった同年は結果こそ出なかったものの、その甲高いエキゾーストノートは屈指だった
1991年を最後にF1から撤退したホンダだが、V10エンジンは無限ブランドに姿を変えて開発が続けられた。そしてフットワーク、ロータスに搭載。3.5L最終型は実に765馬力に達していた。
1995年からは3L制限となり、リジェそしてジョーダンへと乗り継がれたが2000年からはF1エンジンはV10に一本化されたことで無限プロジェトは終了し、そのまま第三期ワークスホンダへと受け継がれてゆく。
BARとのコラボで第三期を発進させたホンダ。
最初の4年間はBAR自体が若く未熟であったため、新興第三期ホンダも好結果を得られずルノーやフェラーリに遅れを取り、なかなか追いつくことができなかったが、2004年はミシュランタイヤへの変更が功を奏し、BAR006の車体性能が向上。RA004Eの基本性能が発揮されBARホンダ史上ベストパフォーマンスを発揮。
しかし、ライバルには届かず、ホンダV10は多くのリザルトを残せないまま2.4L・V8エンジンへと移行。基本性能は高いものの、そのすべてを発揮できずに終わった不運なエンジンだった。
RA621H/1.6L V6ターボ(2021年 レッドブル・ホンダ)
ホンダF1最終シーズンとなる2021年、ホンダ全社的開発のもと、新型パワーユニット「RA621H」が誕生した。レッドブルは2025年までホンダPUを使用する
第一期の情熱と第二期のがむしゃらと第三期の反省と第四期初期のベースコンセプトを真摯に受け止め、両足を地面につけて基礎力と耐久性の向上を第一に開発。
新組織での4年目に現われたオールランドの高性能パワーユニット(PU)。開発にはホンダ型のエゴがなく、視界を広めて万能性を高めた2021年ホンダRA621H。
F1PUとして4番目に登場もレッドブルとの共闘開始からわずか4年目に世界チャンピオンを争うまでに育った。これまでのホンダならF1開発部門だけがすべてを抱え込んでいたが、現在ではホンダ全社的な部門能力を引き出してF1PU開発へ注ぎ込む。
ホンダ・ジェットからはターボ技術を、ホンダエレクトリックからは新バッテリーや回生そして制御の技術を、そしてミルトンキーンズの現場からはバッテリーやMGU-KそしてMGU-Hの技術を注ぎ込み、部門派閥のない全社的開発で、今やチャンピオンを争うトップPUとなった。
パフォーマンスだけでなくPU全域的な耐久性も向上。RA621Hに新たなホンダイズムが見えてくる。
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