Rolls-Royce Dawn Black Badge
ロールス・ロイス ドーン ブラック・バッジ
ロールス・ロイス自らコーディネートした“黒い衣装”をまとうドーン ブラック・バッジ【動画レポート】
紳士協定が曖昧になる自動車界
その昔、各国の自動車メーカーの間には、暗黙の了解のもとに紳士協定のようなものが存在していた。誰かが言い出したわけではなく、文字にしてどこかに明言されているわけでもない。メーカー各社は言葉を交わさずとも、それぞれの立ち位置や領域を自ら認識し、それを厳守してきた。
ドイツなら、スポーツカーはポルシェ、高級セダンはメルセデス・ベンツ、スポーティ・セダンはBMW、一般大衆向けにフォルクスワーゲンとオペル、メルセデス/BMWとフォルクスワーゲン/オペルの隙間を埋めるのがアウディ。こんな塩梅でなんとなくバランスが取れていた。
ところが近年では、この紳士協定ももはや過去の遺物と化してしまったようで、互いの領域を侵犯する商品が続々と誕生することになる。
ポルシェは5ドアセダンのパナメーラを作り、メルセデスはアジリティを声高に唱えたり300万円台のモデルに手を出し、BMWはラグジュアリー志向の商品を拡充し、アウディはスポーツカーや1000万円超の高級車の市場にも参入し、SUVに至ってはすべてのメーカーが複数車種を揃えるまでに至った。もはや“なんでもアリ”の節操なき時代へ突入したのである。
この傾向は、ドイツよりも階級社会が浸透しているイギリスでも見られるようになり、特にロールス・ロイスとベントレーの関係にそれは顕著に現れている。
ショーファードリブンか、自ら操るか
例外的な車種がいくつかあったとはいえ、基本的にロールス・ロイスは後席に乗るクルマ、ベントレーは運転席に乗るクルマという慣習が長年にわたって周知の事実となっていた。
1990年代前半の頃、イギリスの某コーチビルダーを取材した時にこんな話を伺った。「日本人はロールス・ロイスとベントレーの違いをご存じなのですか?」と聞かれ「え?」とやや戸惑っていたら「たまに日本から、ベントレーのターボRやブルックランズをストレッチリムジンにして欲しいとのオーダーがありまして。でもそういう場合は丁寧にお断りしています。ベントレーはそういうクルマではないので、と」。
一方で、ベントレーのエンジニアがこんな話をしてくれたこともある。「エンジンがいま、どれくらいの回転数なのかが分からないクルマは、運転していても楽しくないでしょう」。つまり、いまでもメーターパネル内に回転計を持たないロールス・ロイスのことを指している。
ショーファードリブンカーとしての使われ方を意識しているような後席の装備や仕立てが見られるものの、ベントレーはいまでも「ドライバーが主役」のスタンスをどうにか固持していると言えるかもしれない。
かたやロールス・ロイスは、「ドライバーが主役」というベントレーの領域にジワッと足を踏み入れてきている。2ドアクーペのレイス、コンバーチブルのドーン、SUVのカリナンはいずれもドライバーズカーとしての用途が開発要件に盛り込まれたモデルだろう。加えて、ロールス・ロイスは「ブラック・バッジ」と呼ぶドライバー・オリエンテッドなしつらえを施した仕様の展開を始め、これまでにレイスとゴーストに用意してきたが、ドーンでもこれが選べるようになった。
黒子に徹しないエンジン
ロールス・ロイス ドーン ブラック・バッジはその仕立て方から完全なドライバーズカーであることがわかる。右手を外側前方に大きく伸ばしてドアハンドルを掴み、ずっしりとした質量を感じながらドアを閉めると、ルーフがファブリック(6層構造)であるにもかかわらず、他のロールス・ロイスと同様の外界と遮断された静けさがキャビンに訪れる。
しかし、いつもと様子が異なるのはこの後だ。エンジンスタートボタン押すと、“ヴォン”という中低音の勇ましいエンジンサウンドが耳に届くのである。これまでの6.6リッターV12ツインターボエンジンの、どちらかといえばその存在をあえて隠して黒子に徹するような仕事ぶりとは対照的だ。“中低音”のボリュームが増しているのは、このクルマのエキゾーストシステムが専用設計になっているからで、通常のロールス・ロイスとの差別化をアピールする演出のひとつである。
ブラック・バッジは排気系だけでなく、エンジン・マネージメントにも手が加えられている。ノーマルのV12ツインターボは570ps/820Nmの最高出力/最大トルクを有していたが、これに31ps/20Nmが上乗せされた。さらにスロットルレスポンスも向上しており、スロットルペダルの動きに対しエンジンが速やかに反応するようになっている。
とはいうものの、ペダルを動かすにはある程度の踏力が必要だし、エンジン回転数が即座に跳ね上がるほどセンシティブではない。例えばBMW3シリーズのデフォルト状態よりはまだずっとジェントルなレスポンスとパワーデリバリーであるが、ノーマルのドーンと比べたら、発進時や追い越し時の瞬発力は明らかに増している。これで、2.5トンを超える高級クルーザーのようなコンバーチブルを(そうしたい方がどれくらいいるのかは定かではないけれど)そこそこ俊敏に動かせるようになった。なお、パワーアップに合わせてブレーキローターの径を1インチ拡大、制動力の増強も図られている。
サスペンションも専用のセッティングにあらためたと資料には書いてあった。おそらく、空気ばねのばね定数や電子制御式ダンパーの減衰力を調整して、瞬発的な加減速に対するピッチング方向のばね上の動きを抑えているのだろう。重厚でしっとりとした乗り心地に大きな変化はなく、「スポーティなセッティングにしたら乗り心地が硬めになった」というやり方とは異なる方向性である。
乗る人を心地よくさせるという不文律
いわゆるドライブモードの切り替えがないのは、ブラック・バッジでも同様で、例によって回転計もシフトチェンジパドルも存在しない。パワートレインと足周りのマネージメントはクルマ任せ、つまりロールス・ロイスが推奨し提供するワン&オンリーの乗り味をドライバーは黙って受け入れるしかないのだけれど、そのセッティングは過敏過ぎずダルくなく、重量感は荘厳な雰囲気として成立しているからまったく邪魔にならない。
ドライバーの勝手が許されるのは、ウインカーレバータイプのシフトレバーに備え付けられた「low」と書かれたボタンを押すことのみ。要するにダウンシフトのスイッチなのだけれど、ひと昔前まではなかった機能である。ブレーキを踏むとダウンシフトの制御が入っていたが、それが必ずしもドライバーの望むタイミングではなく、「せめてエンジンブレーキくらいはドライバーに任せてもらえないだろうか」とのユーザーからの要望に応えるかたちで、近年になって設けられた。
ステアリング操作に対しても、クルマの動きは極めて正確かつ従順である。ステアリングのギヤ比がスローなので、回す量は若干多いものの、車速に合わせて丁寧に切っていけばニュートラルステアに近い挙動でおごそかに向きを変えていく。それでも「つまらない」「すぐ飽きる」といった心境にはならず、むしろ思ったよりも楽しいとさえ感じてしまう。おそらくそれは、ロードインフォメーションが潤沢だったり、ドライバーの入力に対する反応が素直なので、クルマと繋がっていることが実感できるからだろう。
「コントロール性に優れることで、ドライバーが心地よく運転できないと、後席の客人にとっても快適な空間は創出できません」と、ロールス・ロイスのエンジニアが言っていた。運転が退屈だとショーファーの運転も次第に緩慢になってしまうから、運転の楽しさがそれなりに必要であるという思想がロールス・ロイスにはある。だからファントムなんかでも想像以上に運転が楽しい。つまりドーンの操縦性は2ドアコンバーチブルというパーソナルなクルマだからではなく、昨今のロールス・ロイス全車に共通した特徴でもあるのだ。
パルテノンの上に鎮座するスピリット・オブ・エクスタシーがハイグロス・ブラック・クロームの衣装を着せられている様に、違和感をまったく覚えないと言ったらウソになる。ただ、資料にはブラック・バッジは「少数の中のさらに少数の方のためのクルマ」とあった。そもそもロールス・ロイスにはビスポークのサービスがあるので、顧客の好きな仕様にどうにでも対応してくれる。
なかには、ロールス・ロイスのブランドに相応しくない注文もあるそうで、やんわりと変更を促すこともあるそうだ。だったらいっそ「少数の中のさらに少数の方のため」に、ロールス・ロイスのブランドを汚さないギリギリの仕様を自ら提案したほうが賢明ではないか。そんな判断からブラック・バッジが誕生したのだとしたら、“彼女の黒い衣装”もちょっとだけ腑に落ちると思った。
REPORT/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)
https://www.youtube.com/watch?v=PQWwd0J7aFo
【SPECIFICATIONS】
ロールス・ロイス ドーン ブラック・バッジ
ボディサイズ:全長5295 全幅1945 全高1500mm
ホイールベース:3110mm
車両重量:2640kg
エンジン:V型12気筒DOHC48バルブツインターボ
総排気量:6591cc
最高出力:442kW(601ps)/5250rpm
最大トルク:840Nm/1650-4750rpm
トランスミッション:8速AT
駆動方式:RWD
サスペンション形式:前ダブルウィッシュボーン/エアスプリング 後マルチリンク/エアスプリング
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ:前255/40R21 後285/35R21
【車両本体価格(消費税8%込)】
4460万円
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