プライベートチームの支持を集めた205 ラリー
普段乗っているのと同じ見た目のハッチバックが、ラリーのスペシャルステージ(SS)を目一杯駆け回っていた時代があった。砂利を弾き飛ばし、水しぶきを撒き散らしながら。そんな様子に憧れて、ロータリー交差点を旋回した読者もいらっしゃるだろう。
【画像】SSで鍛えたホットハッチ プジョー106/205/306 現行の308と504ピックアップも 全111枚
特に実戦と近い内容にあった1台が、ホットハッチ以上のハードコアさを備えた、1988年のプジョー205 ラリーだ。その人気は熱く、目標とした5000台を簡単にクリアしただけでなく、106と306にも派生モデルを生み出した。
世界ラリー選手権のために、プジョーは205 ターボ16というホモロゲーション・マシンを開発。しかし市販は200台と極めて限定的で、市民の手に届く価格帯のモデルではなかった。
走りには余計なものを省き、1294ccエンジンを搭載した205 ラリーは、205 GTiより更に安価な約1万6000フランへ設定。生産の規定数も上回り、グループAとグループNの1300cc以下クラスへ見事に合致していた。
スバルがインプレッサ WRXを投入し、ターボチャージャーと四輪駆動で席巻したのは1990年代半ばに入ってから。それより先に、ラリーを民主化したモデルといえる。
予算に厳しいプライベートチームの支持を集め、公道だけでなく週末のラリーイベントでも活躍を披露。新設されたプジョー・タルボ・スポーツ部門によるモータースポーツ活動が、販売での成功を導いた結果といえた。
プジョーとタルボ、スポーツを示すトリコロール
タルボ・サンビーム・ロータスやグループBの205 ターボ16が暴れまわった、世界ラリー選手権とパリ・ダカール・ラリーなど、戦果には事欠かない同部門。205 ラリーは、技術力が直接的に反映された熱々の市販モデルといえた。
目印といえたのが、ホワイトに塗られたボディ。プラスティック製のオーバーフェンダーが、控えめにワイルドさを主張した。プジョーとタルボ、スポーツを示す、前後に彩られたレッドとイエロー、ブルーのトリコロールカラーがアクセントだった。
派手なスポンサー・ステッカーが貼られていなくても、今でもラリーカーに近い雰囲気を漂わせる。アヴァンギャルドなフォントで記された205 ラリーのロゴも、ファンの気持をくすぐったはず。
見た目だけでなく、中身もちゃんと伴っていた。サスペンションとブレーキは、205 GTiと共有。ボンネットを開くと、TU24型の1.3L 8バルブ直列4気筒エンジンが姿を表す。
ツイン・ウェーバー・キャブレターに専用カムとマニフォールドで武装し、最高出力103ps/6800rpmを発揮。チューニング次第で、さらなるパワーアップも容易だった。
車内からは防音材だけでなく、パワーウインドウも省略。205 GTiより60kgも軽量化され、最高出力では18ps及ばなかったが、パワーウエイトレシオでは勝っていた。タイヤは20mm広い13インチの165。威勢のいい走りをしっかり受け止めた。
他に例がないフィードバックの濃さ
ただし、これはフランスやイタリアなどでの場合。ドイツやスイスでは事情が異なった。排気ガス規制が厳しく、1.9Lエンジンの205 GTiへ手を加え、205 ラリーを名乗らせ1990年から提供されている。本来の205 ラリーよりパワフルながら、重かった。
英国でも状況は似ており、魅力を生んでいたオーバーフェンダーはドーバー海峡を越えられなかった。エンジンは1360ccのシングル・キャブレター仕様で、最高出力は76ps。ありきたりな205 XSと、大きな違いまでは得ていない。
もちろん、今回ご紹介する1990年式の205 ラリーは本物。スペインで販売されたクルマだといい、ラリー参戦を前提にグループN規定に準じたエグゾースト・マニフォールドが組まれている。
「モータースポーツの香りがするクルマが大好きなんですよ」。と、オーナーが笑顔で説明する。本人のご希望で名前は伏せるが、ガレージにはポルシェ911 カレラ3.2CSとマクラーレン600 LTが並ぶ、生粋のカーマニアだ。
当時の205のなかでは、ターボ16やGTiなどより格下に位置したとはいえ、走りのスリリングさでは負けていないという。小さなプジョーは、個性豊かに走る。
「フィードバックの濃さは、他に例がありません。路上でのライン取りは容易で、常に別のラインも選択肢にある、懐の深さも備わっています」。と、オーナーが続ける。
ラリーステージで鍛えられた敏捷な回頭
205 ラリーは、路肩に停まっているだけでエネルギッシュさが伝わってくる。丁寧にレストアされ、状態は極めて良い。エンジンは賑やかに回転し、サウンドが車内へ充満するものの、内装が粗野に振動することはない。
アクセルペダルを傾ければ、弾けるように突進を始める。ドライバーの背中を、背もたれに押し付けながら。ツイン・ウェーバーの1.3Lエンジンは、フルスロットルを求めるように咆哮を放つ。
低回転域では、やや線が細く丁寧な扱いが求められる。4000rpmを超え、ハイリフトカムが乗ってくると、レッドラインめがけて狂ったように吹け上がる。クロスしたギア比で、シフトアップしても勢いは失われにくい。
路面の起伏を高速で通過すると、サスペンションは落ち着きを保ちきれない。コーナリング時のバランスがトリッキーではないかと心配したが、杞憂だった。
ブレーキは鋭く速度を落とし、アシスト・レスのステアリングはタイトに反応。ラリーステージで鍛えられたマシンだと主張するように敏捷に回頭し、出口での全開加速へ滑らかに結び付けられる。
親密になるほど、205 ラリーは速くなっていく。峠道を走り終えた後も、しばらく笑顔が止まらなかった。
プジョーは、特別な205がどれだけ多くのドライバーを喜ばせているのか、完全には把握していなかったのかもしれない。英国でも大きな支持を集め、並行輸入で本場モノに乗る人も少なからずいた。最終的に、3万台以上が生産されている。
この続きは後編にて。
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