今ひとつ「ウケ」が悪かった欧州車
大西洋を挟んだ両岸、すなわち北米と欧州とでは、自動車に対するニーズと文化が歴史的に大きく異なっている。
【画像】品質問題に悩まされた英国の名車【ローバーSD1(3500)を写真で見る】 全20枚
そのため、北米で生産されたモデルが欧州でうまくいく可能性は低く、またその逆もしかりだが、自動車メーカーは努力を続けている。成功した例はいくつかあるが、失敗例も数多くある。
ここでは、何らかの理由で米国市場で大失敗した欧州車をアルファベット順に紹介する。欧州車ブランドに限らず、欧州で生産された米国車ブランドも含める。文化の違いを見てみよう。
アウディ5000
第2世代のアウディ5000(欧州では第2世代のアウディ100に相当)は、本来ならよく売れたはずだが、「意図しない急加速」と呼ばれる現象で有名になった。米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)は、これにはいくつかの原因があると指摘している。最も印象的なのは、「ドライバーが不注意で無意識のうちに」違うペダルを踏んでしまったというもの。アクセルとブレーキの踏み間違いだ。
誰が悪いかはともかく、この事件は5000だけでなく、アウディの米国での評判全体に大きな影響を与えた。アウディの販売台数は、1985年の7万4千台強から1991年には1万3千台弱に激減し、20世紀末まで回復することはなかった。今日に至るまで、アウディの米国での年間販売台数は、BMW、メルセデス・ベンツ、レクサスよりも少ない。
ビュイック・カスケーダ
カスケーダは、欧州(ポーランド)で生産され、米国のブランドによって米国で販売されていた。当時ゼネラルモーターズ(GM)の傘下にあったオペル、ヴォグゾール、ホールデンからも販売された4シーター・コンバーチブルで、米国では “比較的” 好調だったが、それでも大した結果を残せていない。年間販売台数は2016年の7153台をピークに年々減少し、生産を終了した2019年にはわずか2535台にまで落ち込んだ。
キャデラック・カテラ
キャデラックは1990年代、若い消費者に響く欧州車スタイルのクルマを販売するため、ドイツで生産されていたオペル/ヴォグゾール・オメガをごくわずかに改良したカテラを米国に導入した。
この試みは失敗に終わる。ファッションモデルのシンディ・クロフォード氏と鳥のキャラクターを使った奇妙な広告が展開されたが、8年間で9万5千台しか売れなかった。同クラスのライバル、レクサスGSに完敗を喫した。
クライスラー・クロスファイア
クライスラーとダイムラーが手を組んでいた頃に開発されたクロスファイアは、2016年に生産中止となったメルセデス・ベンツSLKクラスの親戚だ。SLKと同じくドイツで生産されたが、非常にアメリカンなスタイリングを特徴としている。
米国での年間販売台数は、最初の数年間こそ1万5000台を維持したが、その後急速に落ち込んだ。ライバルの日産350Zの方がパワフルで、はるかに人気が高かった。ダイムラーとの提携の失敗と2008年のリーマン・ショックにより、クライスラーは製品ラインナップを整理せざるを得なくなり、クロスファイアは他の不採算車とともに廃止されてしまった。
クライスラーTC by マセラティ
1990年頃、クライスラーがブランドイメージアップのためにマセラティと共同開発したコンバーチブルモデル。イタリアで生産されたが、販売台数は数千台と低調なものだった(最盛期でも年間3298台とされる)。GMの最高級モデルでありながら誰からも見向きもされなかったキャデラック・アランテに匹敵する悲運である。
問題の1つは、ベース価格が3万ドルを超えていたことで、消費者からは価格不相応と見られてしまった。クライスラーを率いていたボブ・ルッツ氏は、クライスラーTC by マセラティの開発費用を6億ドル(現在の価値で約13億ドル/約2000億円)と見積もっており、これをカバーするにはあまりにも力不足だった。
デロリアンDMC-12
主に米国で販売される予定だったデロリアンDMC-12だが、英国政府から多額の支援を得て北アイルランドで生産されることになった。見た目は素晴らしいが、ルノー製の2.7L V6エンジンは非力で、品質上の問題も多かった。デロリアン社の倒産により、北アイルランドでの生産はすぐに幕を閉じた。
米国で販売されたのは7000台にも満たず、そのうち1000台ほどは会社の倒産後に販売されたものだ。1985年公開のあるSF映画のおかげで、現存する車両はカルト的な人気を獲得している。
フィアット124スパイダー
124スパイダーはマツダ・ロードスターの親戚で、ともに広島で生産され、フィアットのターボエンジンを搭載している。米国の自動車業界では、新車がディーラーに到着してから顧客が決まるまでの最適な期間は60日と考えられている。それ以下は供給不足、それ以上は需要不足を意味する。
2019年、フィアット124スパイダーのこの期間は461日であることが明らかになった。つまり、1年以上も買い手がつかないのが当たり前という状況だ。米国人は全体的にこのクルマに興味がなく、年間販売台数4500台を超えることはなかった。欧州ではそれよりもはるかに多く、2度にわたって7500台を超えた。
フィアット500L
500Lはセルビアで大ヒットを記録した。セルビアは同車が生産された場所でもある。しかし、控えめに言っても、そのスタイリングはキュートな500にわずかに似ている程度であり、セルビア人ほど米国の消費者には響かなかった。
2014年には1万2413台が販売され、一時的に活況を呈したが、すぐに需要は崩壊し、2020年までに年間数百台しか出荷されなくなった。ちなみに、フィアットは欧州でほぼ毎年のように5万台以上を販売し、一時は9万4000台を超えた。2013年から2021年までの米国での総販売台数は3万5000台に届かなかった。
フィアット500X
フィアット愛好家の皆さんには申し訳ないが、クロスオーバーの500Xもまた、米国人の興味を引くことに大きく失敗したモデルだ。欧州での年間販売台数は常に5桁台後半で、2016年には10万5000台近くに達した。同年、米国では1万2599台が売れたが、それ以上の実績は残せていない。
ジャガーXタイプ
ジャガー初の四輪駆動、またはディーゼルエンジンを搭載したXタイプは、どこの国でも大ヒットを収めたわけではなかったが、特に北米では失敗だった。米国での販売台数は2002年に3万3000台強と、欧州よりも10%ほど多い好調なスタートを切ったが、すぐに急落。2006年には4桁台半ばにまで落ち込んだ。
マイバッハ
ベントレーやロールス・ロイスのブランドを買収したドイツの主要ライバルに遅れを取ったダイムラーは、超高級車市場に参入するためにロングホイールベースのマイバッハ57とさらにロングな62を投入した。21世紀初頭に生産開始し、2013年に頓挫した。
米国でのマイバッハの運命は、他の地域と同様だった。総人口の100万分の1にも満たない200台を売ることすら至難の業だった。ロールス・ロイスはそれをいとも簡単にやってのけ、マイバッハの消滅後もずっと米国での存在感を高め続けてきた。現在、マイバッハは再び体制を整え、SクラスやGLSに加えて、初のEVであるEQS SUVを導入するなど勢力拡大の機会を狙っている。
メルセデス・ベンツBクラス
第2世代のBクラスは米国ではEVとしてしか販売されなかったため、当初から大量に売れるチャンスはなかった。しかし、それだけではない。Bクラスは、年間2万台以上のペースで売れている他のEVに対してさえ、良い結果を残せなかったのだ。Bクラスが年間1000台の壁を突破したのは一度だけで、それ以降は一度も突破することはなかった。公称航続距離がわずか140kmだったことも、販売不振の一因だったかもしれない。
メルクールXR4Ti
ドイツのカルマンがフォード・シエラをベースに改良・生産し、米国ではピントシリーズの2.3Lエンジン「リマ」を搭載して販売されたモデル。その外観は、シエラに見慣れた欧州ならまだしも、米国ではいささか奇抜に見えた。また、「メルクール(Merkur)」というドイツ語のブランド名に関する問題もあり、英語ではうまく発音しにくかった。
販売台数については資料によって異なるが、1985年から1989年のモデルイヤーで5万台以下だったようだ。
プリムス・クリケット
プリムス・クリケットは、欧州で販売されていたヒルマン・アベンジャーの改良版だ。クライスラーが1967年に英国のルーツ・グループを買収し、当時ヒルマンから販売されていた後輪駆動の小型セダンを、名前を変えて米国に持ち込んだのだ。
1970年、クリケットは米国に導入されたが、国内生産ではなかったこともあり、消費者の反応は冷ややかだった。1971年の販売台数は、ライバルのシボレー・ヴェガやフォード・ピントの10分の1程度にとどまり、わずか2年で廃止されてしまった。
ルノー・ドーフィン
ドーフィンは当初、米国での販売で大成功を収め、年間販売台数はあっという間に10万台を超えた(1950年代後半の輸入車としては素晴らしい数字)。しかし、米国特有の走行距離の長さが災いし、製造品質が不十分であることが明らかになってしまう。中古車価格は暴落し、金融機関も新車購入時の分割払いを拒否するようになった。国中で何万台ものドーフィンが使われず、放置されていた。
その結果生じた収入減によりルノーは大きな痛手を負ったが、その後1961年に発売されたルノー4によって回復を果たした。しかし、4が米国に輸入されることはなかった。
ローバー3500
米国で販売された最後のローバー車は、SD1の3.5L V8バージョンである3500だった。米国の消費者は、V8エンジンと後輪駆動を備えた見栄えの良いクルマに多少の興味を示すと期待されたが、最高出力135psというパワー不足、疑わしい製造品質、消極的なマーケティングによって成功を阻まれた。
3500が正式に販売されたのは1980年と1981年のモデルイヤーのみで、1982年にもほんの少数が売れた程度。総販売台数は1000台を超えたが、お世辞にも立派な数字とは言えない。
スターリング
3500の失敗から6年後、ローバーはめげることなく、米国の消費者に絶対ウケると期待して、同市場向けのブランド名を「スターリング(Sterling)」に変更した。どうやら、少しは効果があったようだ。
スターリングは、欧州では800シリーズとして知られ、ホンダ・レジェンドとも密接な関係にあるモデルを導入し、1987年には1万4000台を販売するなど有望なスタートを切った。しかし、4年も経つ頃には年間3000台を超えることはなくなり、撤退に追い込まれた。率直に言って品質、信頼性ともに劣悪で、兄弟車であるホンダとの対比が、その残念さをさらに際立たせていた。
トライアンフ・メイフラワー
メイフラワーは、英国の自動車業界では異端児だった。1950年代初頭のクルマとしては珍しく、ユニボディ構造を採用し、優れた視界と、後のトライアンフTR2スポーツカーに採用されるほど高性能なフロントサスペンションを備えていた。その反面、スピードは著しく遅く、小型の高級車という設計思想もなかなか浸透しなかった。
英国での評判は今ひとつだったが、それでも米国よりははるかに熱狂的と言える。米国での販売台数は資料により異なるが、広く知られている数字は510台である。
トライアンフ・スタッグ
ジョバンニ・ミケロッティ氏(1921-1980)がデザインした美しいボディと芳醇な3.0L V8エンジンを搭載したスタッグは、米国だけでなく、多くの国で大ヒットするはずだった。そうならなかったのは、エンジンのせいでもある。このエンジンは、近年では信頼性の高いものとなっているが、新車当時は冷却システムやシリンダーが非常にデリケートだった。
スタッグはほぼ1970年代を通して生産されていたが、米国への輸入は1971年から1973年のみで、総販売台数は2871台と、現在も英国に現存する台数の半分以下である。とはいえ、同車のファンは少なくなく、トライアンフ・スタッグ・クラブUSAというファンクラブが30年にわたって存続している。
ヴォグゾール・ヴィクター
ヴォグゾールはかなり長い間カナダで存在感を示していたが、米国で販売されたモデルは初代ヴィクターだけで、ポンティアックのディーラーが販売していた。ヴィクターは、人気が高まっていたコンパクトカークラスにおけるGMのライバルとされ、初期の期待は大きかった。
1957年後半の発売から半年で約5万台が売れ、かなり好調だった。しかしその後まもなく、ヴィクターには深刻な耐久性の問題があることが明らかになった。ポンティアック・テンペストやシボレー・コルベアといった強豪のコンパクトカーが導入されたこともあって、1961年通年の販売台数はわずか2万2000台にまで落ち込んだ。
フォルクスワーゲン・フェートン
フォルクスワーゲンの最上級セダン、フェートンは多くの点で優れていたが、世界中の市場で苦戦を強いられた。その理由としてよく言われるのは、高級車に「国民車」のエンブレムを付けると、解消できない葛藤が生まれてしまうというものだ。
欧州での販売台数は控えめだったが、米国での販売台数はさらに低調だった。フォルクスワーゲンは、米国の消費者がフェートンに興味がないことを知り、わずか2年で引き揚げてしまった。
ユーゴ
フィアットの技術をベースにしながら、当時のユーゴスラビアで生産されたユーゴは、一見すると米国の消費者が興味を持つようなクルマではないように思われた。しかし、車両価格が4000ドル弱(現在の価値で1万ドル強/約155万円)と驚くほど安かったことから、一時的に大ヒットを飛ばした。
1985年に米国で発売されてから2年間で、販売台数は5万台近くまで急伸した。しかし、他のクルマと比較してもあまり出来の良いものではないと認識され、台数は急落。ユーゴスラビア紛争によって輸入は停止したが、いずれにせよ、それほど長くは続かなかっただろう。現在40歳以上の米国人にとって、ユーゴという名前はポンコツ車の代名詞だ。
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みんなのコメント
アメリカ市場でも、セールス的に成功するヨーロッパ車もありますが、(メルツェデス、BMW、ポルシェ、VWゴルフ、ボルボetc)それらの車は全世界的に見ても、セールスで成功してますからね…品質に難ありの古い英、伊、仏車(最近は品質向上したけど)はクルマの故障が命取りになるアメリカ市場では…よほどのマニアや好き者でない限り、セールス的成功は難しかったでしょう
300Cもそうだけど、メルセデスのプラットフォームの出来が良かったから
(自分たちで味付けを加えたせいもある)