現代のスーパースポーツを語るにあたって、他を圧倒的するパフォーマンスだけに注目するのはもはや、野暮というものだ。そのカリスマ性は、支払われる価値に見合った、華麗さや贅沢さ、そこから得られるわかりやすい満足感から生み出されるものだろう。そういう意味ではMでコンペティションで、しかもカブリオレなこの1台はまさに最強だ。(Motor Magazine 2020年11月号より)
最新技術の粋を極めたV8ツインターボを搭載
BMWの歴史の中で8シリーズが最初に登場したのは1990年のことだ。バブルの絶頂期にラグジュアリークーペとして850iがデビューした。実はその前に、6シリーズのことから説明しておいた方がいいだろう。いまだに「世界一美しいクーペ」と言われるほどに愛され続けている6シリーズの後継車がこの8シリーズだからだ。
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6シリーズのデビューは77年に遡る。3.2L直6エンジンを搭載した633CSiがその先駆けだ。85年からはエンジンの排気量が3.4Lになった635CSi、86年から3.5Lに排気量を増やしパワーアップを果たしたM6まで加わった。最初の6シリーズは77年から79年までという異例に長い年月を生き延びた。これは6シリーズがやはり、稀代の美しいクルマだったからこそだ。
その後継車として年に登場した850CSiは、5L V12に4速ATを組み合わせて登場した。BMWのフラッグシップである7シリーズの750i/Liに搭載していたユニットを8シリーズのロングノーズの中に移植したのである。なんとも贅沢な存在だ。
このV12エンジンは当時の最新技術の粋を結集して作られていた。左右のバンクは電気系、燃料系がそれぞれ別系統になっており、どちらかがトラブルを起こしても片方のバンクは生きているから、ガス欠以外ならどうにか走ることができるようになっている。
装備的にも、8シリーズは当時としてはとても贅沢だった。たとえば、リトラクタブルヘッドライト。低くて長いボンネットの前方にビルトインされ、クローズドの状態では圧倒的にシャープなフォルムを作り出していた。パッシングではすばやくポップアップしてハイビームで瞬間発光。しばらくは上がった状態がキープされるようになっていた。
また、この8シリーズで最初に採用されたと記憶している「先端」技術のひとつが、ウインドウガラスがドアを開閉する時にほど10mm上下する機構だ。サッシュレスドアだったために、ドアの窓ガラスは高速になると風圧で外側に広がってしまう。そこで窓枠のボディ側にガラスを押さえるための爪を設け、ドアが閉まった後に窓ガラスが上がって爪の中に収まる仕掛けだ。
ドアを開ける時には、ドアハンドルに手を掛けた時点でガラスが下がるという、これまた贅沢な機能を備えていた。このドア開閉時の窓ガラスの上下動システムは、今では多くの2ドアモデルが採用しているが、当時は本当に珍しかった。
しかし、V型12気筒エンジンを搭載したラグジュアリークーペは、日本での販売は振るわなかった。セールスマンによると、トランクにゴルフバッグが収まらないから買わない、というお客さんが多かったらしい。そこでモデル後期の8シリーズは、日本仕様だけゴルフバックが収納できるように内張りを設計しなおしている。
それでも売れなかった。断る理由は別にあったのかもしれない。贅沢なエンジンを搭載したスタイリッシュなラグジュアリークーペは、日本でも好む層はいると思うのだが、何せバブルが弾けたあと。1000万円以上の高級車にはなかなか手が出なかったのだろう。こうしてBMW8シリーズは忘れ去られてしまった時期があった。だが18年に復活した。
久々の第2世代はクーペ(G15)、カブリオレ(G14)、グランクーペ(G16)の3ラインが揃っている。第3世代の6シリーズから開発コードが、クーペよりカブリオレの方が1番若くなった。第2世代の8シリーズも同様だ。
普通は開発記号としてはクーペが先に来そうだが、この点についてエンジニアに尋ねてみると、答えは屋根がないカブリオレをベースにボディの補強をしているから。実は屋根があるクーペは開発が楽だから、なのだという。
ハイパフォーマンスなオーディオも搭載
さて今回試乗したのは8シリーズカブリオレ(G14)をベースにしたMモデルでM8カブリオレ コンペティション(F91)である。ノーマルのM8・・・という言い方もおかしいが、それに対して「コンペティション」と名が付くと、よりサーキット志向が強いモデルになる。
S63B44BBと呼ばれる4.4L V8ツインターボはスタンダードなM8と比べると750Nm/1800-5600rpmの最大トルクの大きさは同じだが、最高出力がほどパワーアップして、460kW(625ps)/6000rpmへと強化されている。駆動は4WD、8速ATが組み合わされる。
コンペティションはエンジンだけでなく、サスペンションのバネ、ダンパーが強化され、スタビライザーも剛性を増している。リアフロアのクロスボーン追加によるボディの補強など、見えないところでしっかり強くなっている。
だからM8カブリオレコンペティションは、通常の市街地路面を走っても卓越したボディ剛性の強さを、乗り心地やハンドリング性能ではっきりと感じることができる。オープンスタイルなのにがっしりとした乗り味に、柔なイメージはない。もちろんMを冠するモデルらしく、ワインディングを本格的に攻めることも可能である。
逆にクーペモデルのM8では、そのハイスペックを生かしたスポーツパフォーマンスのイメージがより強く伝わってくるように思える。そういう意味では、8シリーズの伝統である「ラグジュアリー」モデルとしての上品な振る舞いが似合うのは、カブリオレの方かもしれない。
BMWのカブリオレはもともと、オープンにした状態で余計なでっぱりが生まれないように設計されているのが特徴だ。これにより、サイドがすっきりとして見栄えが良くなっている。
M8コンペティションでは、レーシングスペックのアイコンを冠しているからと言って、これみよがしなエアロカスタマイズが施されていないところに好感を覚えた。エクステリアはデザインそのものではなく、各部にカーボン素材を採用。大人が乗るクーペには、このくらいの「さりげなさ」が似合うだろう。
見えないところでは、コンペティションモデルだけに、MカーボンエンジンカバーやMカーボンセラミックブレーキがオプションで用意されている。さらにカブリオレには、Bowers&Wilkinsダイヤモンドサラウンドサウンドシステムが標準装備となっている点にも注目してほしい。
復活した8シリーズは、新しいフラッグシップナンバーにふさわしい最高のスペックとパフォーマンスを誇る。カブリオレならさらに、ラグジュアリークーペとしての伝統もしっかり受け継がれているように思えた。(文:こもだきよし)
■BMW M8カブリオレ コンペティション 主要諸元
●全長×全幅×全高=4870×1905×1355mm
●ホイールベース=2825mm
●車両重量=2030kg
●エンジン= V8DOHCツインターボ
●総排気量=4394cc
●最高出力=625ps/6000rpm
●最大トルク=750Nm/1800-5860rpm
●駆動方式=4WD
●トランスミッション=8速AT
●車両価格(税込)=2553万円
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