自動車デザインの巨匠が手掛けた名作
有能な技術者として知られるアルフィエーリ・マセラティが、エットーレとエルネストのふたりの弟とともに立ち上げたのがマセラティでした。モデナの実業家、アドルフ・オルシやフランスの大メーカー、シトロエンなど経営権が移り変わりましたが、そんな不安定な状況でも歴史的な数々の名車を製作してきました。今回はマセラティが市販モデル初のミッドシップレイアウトを採った2ドアクーペ、V8エンジンを搭載したボーラを振り返ります。
まさかのマセラティとシトロエンが共同開発! 華がないのに売れた「メラク」という異端スーパーカー
直6とV8の2系統のエンジンで多くの傑作を輩出したマセラティ
フェラーリは、V12を搭載したモデル群と、V6のフェラーリとは呼ばれないフェラーリの2つのグループで市販モデルがラインアップされていきました。ライバルのランボルギーニも、V12のメインストリームとV8の“ベビー・ランボ”がラインアップされています。
それはマセラティも同様で、最初の市販モデルとなった3500GTには直6ツインカムが搭載されていましたが、第二弾となった5000GTは、基本的に3500GTと同じシャシーにV8エンジンを搭載。そしてそれ以降も、直6とV8、ふたつのシリーズでさまざまなモデルが登場してくることになりました。
イタリアンなスーパースポーツではV12が当たり前で、V8というとなにか引けを取るようなイメージもあります。ですが、マセラティのV8は、元をただせば1950年代後半のスポーツカーレースで活躍していた(もっとも、さまざまな条件から活動期間は長くはありませんでしたが……)450S搭載のユニットを源流としていました。
ロードゴーイングだけに、ギヤ駆動のツインカム(V型だから4カムシャフト)で、2個のマグネトーによるダブルイグニッションと4基のダウンドラフト・ダブルチョーク・ウェーバーとを持ち、4.5Lから400psを捻り出していたレースユニットとはまた違ったチューニングが施されていたのは言うまでもありません。ですが、それでもダウンドラフトのウェーバーからルーカスのポートインジェクションに交換され、ブロックもややストロークの長い新しいものに交換されていました。
ダブルイグニッションはレース用と同様で、最高出力は325psと、ロードゴーイングにはそれで充分な(十分過ぎる)パワーを捻り出していました。ちなみに、3500GT用の直6エンジンも、スポーツカーレースで活躍していた300Sに搭載されていたユニットをベースに、ロードゴーイング仕様にチューニングし直されたユニットを搭載していて、マセラティらしいエンジンでした。
3500GTを源流とする直6の流れはミストラルやセブリングへと続きましたが、もうひとつの大河=5000GTを源流とするV8の流れは、5リットルの排気量を4.2Lに縮小したうえで、まずは1963年に初代のクアトロポルテに搭載。以後はメキシコ、ギブリ、インディー、ボーラ、カムシンなどへと継承されていきました。
じつは、このふたつの大河に挟まれた格好でV6の流れもあり、こちらも本稿の主人公となるボーラを語るうえでは見逃すわけにはいかないので、少し触れておきましょう。マセラティがV6を開発することになったのは、フランスの大メーカー、シトロエンからの開発依頼があったことがきっかけでした。
シトロエンといえば戦前から前輪駆動(FWD)車に力を入れてきたことで知られていますが、1975年にはFWD車として初めて200km/hを超える速度域のクルマを作ろうと、マセラティにエンジン開発を依頼してきたのです。
そうして誕生したのが2.7Lの90度V6エンジンでした。このエンジンを用いてメラクや第2世代のクワトロポルテが誕生するのですが、じつは経営難に陥っていたマセラティに救いの手を伸べたのもシトロエンでした。さらにスーパーカーを作ったらどうか、とシトロエンからの提案もあり、ボーラが誕生することになったのです。
マセラティ初のミッドシップとなったボーラ
マセラティとシトロエンのジョイントベンチャーの第一作となったシトロエンSMに続いて、1971年のジュネーブショーではマセラティのロードゴーイングカーとして、初のミッドエンジンとなったボーラが登場します。
ミッドシップ・2シーターという、スーパーカーの必須項目のひとつは満たしていましたが、V12エンジンではなくドアも通常のヒンジ式でした。それでも(V12に比べると)コンパクトなV8を搭載していることで、より端正なシルエットを手に入れることができたのだと思います。ホイールベースも2600mmで冗長さは感じられません。
デザインを手掛けたのはイタルデザインを創設したジョルジェット・ジウジアーロ。ただしコーチワークはマセラティの下請けで行われたようです。
シャーシはモノコックフレームにエンジン搭載用のサブフレームが組付けられるもので、エンジンにはマウント5速ミッションが組み込まれたトランスアクスルが取り付けられていました。
ミッドシップに縦置きマウントされる初代クワトロポルテから継承された4.3L90度V8エンジンは、インジェクションからふたたびキャブレターに戻され、ダブルイグニッションから整備性のいいシングルイグニッションに変更されていました。
サスペンションは前後ともにコイルで吊ったダブルウィッシュボーン式。ブレーキは4輪ベンチレーテッド式で、シトロエンの技術を取り入れたサーボ付きとなっていました。
およそ1年半後、1972年のパリ・サロンでは、弟分のメラクがデビューしています。リヤ部分に関してボーラはファストバック形状、ボディ上半部分が一体式のカウルで、リヤヒンジで開けられるようになりました。メラクではエンジンフードがフラットになり、そのフードのみが前ヒンジで開けられるようになっているという違いはありましたが、両車は基本的には同じデザインでまとめられています。
しかし、シルバーに輝くルーフパネルやリヤカウルに設けられたリヤサイドウインドウなど、ディテールでの違いは明らか。兄貴分のボーラの方が、アグレッシブだったメラクよりも端正だったというのが個人的な感想です。
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みんなのコメント
このアングルからは見えませんが、実はこのフードの裏側には軽量化のためのいわゆる
「軽め穴」がびっしりと開けられています。
ボーラの実車は、昨年横浜で開催されたマセラティのオーナーズクラブのイベントで
拝見しましたが、このボーラの「軽め穴」を見て、何となく同社の有名なプロトタイプ
レーシングカー通称「バードケージ」(ティーポ61:1959-61年)を思い出してしまいました。
このバードケージも、ドアを開けるとサイドシルにびっしりと軽め穴が開いています。
ティーポ61の愛称の元となった、まさに「鳥かご」のように細かく組まれた
パイプフレームと相まって徹底した軽量化が奏功し、同車はニュルブルクリンク1000km
レースで1960・61年と2度にわたり勝利しています。