アストン・マーティンの2シーター・オープン「ヴァンテージ・ロードスター」に今尾直樹が試乗した。フェラーリやランボルギーニなどでは得られないアストンならではの魅力とは?
“超カッコいい”
今や希少なオーソドックスなセダン──新型フォルクスワーゲン・パサート試乗記
都内から箱根まで向かう途中、雨がポツリポツリ降ってきて、引き返そうかな、とチラッと思ったけれど、気持ちがよいので、そのまま走り続けた。天はわれを見捨てず、ポツリときた雨はすぐにやみ、無事に大観山のてっぺんまで到着した。
オープンにしていると、だれも見ていないのに、みんなが見てる、と思っちゃって、自意識が過剰になる。まして、筆者が乗っているのはアストン・マーティンのヴァンテージ・ロードスターである。超カッコいいのだ。
大観山のてっぺんの駐車場で、ちょっと離れたところに黒い日産「スカイライン」が止まっていて、見るとサングラスをかけた若いカップルが乗っている。そのカップルがこちらを見るともなしに見て談笑している。ヴァンテージ・ロードスターは超カッコいいから、当然だ。そして、超カッコいいヴァンテージ・ロードスターに乗る筆者は思う。
お嬢ちゃん、オレに惚れちゃいけないよ。
このクルマはドライバーをフーテンの寅さんにする機能をも備えている……。
筆者の場合は借り物なので寅さんだけれど、ホンモノのオウナーだったら、ホンモノの男前、女前とはいいませんけれど、老若男女問わず、超カッコいいひと気分に浸らせてくれるのではあるまいか。その能力において、ヴァンテージ・ロードスターはフェラーリにも負けていない。と筆者は思う。
なぜ、そういう気分になるのか? V8の雷鳴のようなサウンドだとか、ビシッとした乗り心地だとか、トランスアクスルのもたらす前後重量配分49:51によるリアのどっしり安定したコーナリングの姿勢だとか、モーレツに速いとか、カッコいいデザインだとか、ま、いろいろあるわけだけれど、つまるところ、アストン・マーティンというのはダンディズムの塊だからなのだ、と申しあげたい。
格子型グリルの復活
エンジン・スタートのボタンを押した瞬間、爆裂音と共にフロントの4.0リッターV8ツイン・ターボが眠りから覚め、メカニカルなサウンドを発してアイドリングをはじめる。シャカシャカシャカという1気筒あたり4本のバルブやら8本のシリンダーやらがピストン運動を繰り返し、ドライバーを誘惑する。ファブリックの幌を下ろしてオープンにしているから、それこそ開けっ広げに。
ああ、いいっ。すげーもんに乗っている! と、そのヴァイブレーションにグッと来ちゃう。いきなり、濃ゆい。これこそオープン・モデルの美点であるにちがいない。
2020年2月に本国で発表されたヴァンテージ・ロードスターの特徴は、Z型に開閉するファブリックの幌を備えていることだ。幌の開閉は世界最速レベル。運転席のドア側に設けられたボタンひとつで、6.8秒で閉じ、6.7秒で開く。めちゃくちゃ速い。しかも50km/hまで走行していても可動する。
オープン化にもかかわらず、クーペからの重量増加は60kgにとどまる。おかげで、0 ~100km/h加速は3.7秒と、クーペのコンマ1秒落ちに止まり、幌を閉じているときの最高速は300km/hを超える。
もっとも、こうした高性能はヴァンテージのオープンなのだから予想通りともいえる。予想外のニュースは、ロードスターの登場を機に、「vane(ヴェイン=鳥の羽弁)」と呼ばれるアストン伝統の格子型グリルが復活していることだ。
これまでのメッシュのグリルは、2015年に24台限定で生産された「ヴァルカン」ゆかりのデザインとされる。サーキット専用モデルのグリルを採用することで、ヴァンテージはトゥルー・スポーツ・カーである、というキャラクターを明確にしたかったのだろう。斬新な「ハンター」と呼ばれるこちらのメッシュ・グリルも依然、選択可能だけれど、「ヴェイン」のほうがひと目でアストン・マーティンだとわかるので、筆者はこちらのほうが好ましいと思う。ヴァンテージに伝統と風格が備わったようにも見える。レトロフィットで、ハンターからヴェインへの交換もできるという。
荒ぶるロードスターの野性味
乗り心地はクーペ同様、たいへん引き締まっている。タイヤはフロントが255/40、リアが 295/35の、ともに20インチで、ZR規格のピレリPゼロを履いている。だから、S(スポーツ)、S+(スポーツ・プラス)、そしてT(トラック)の3モードの、どれを選んでもビシッと硬い。ただ、筆者の記憶のなかのクーペより、丸みとしなやかさが加わっているように思う。
サイド・ウィンドウを立てていれば、現代のオープン・カーらしく、一般道はもちろん、首都高速程度の速度であれば、そよそよと髪の毛がそよぐ程度で、その湯加減ならぬ、風の加減がまことにオツだ。高速道路に入っても、リアの控えめなアクリルのパネルがディフレターとして、後ろからの風の巻き込みをよい加減で抑えてくれる。
ドライブ・モードの切り替えは、パワートレインはステアリングホイールのスポークの右側、足まわりは同左側に設けられたスイッチで個別に行う。
T(トラック)モードにすると、V8のエグゾースト・ノートがひときわ大きくなり、スロットル・オフでバリバリ、雷鳴のようなエンジン・サウンドを轟かせる。クーペより直接的に乗員に届いてくるから、クーペよりも「すげー」とつぶやく回数が多くなる。
メルセデスAMGゆかりのV8と組み合わされるZFの8速ATは、容量が不足しているのか、あるいは理想的な前後重量配分の実現のために後方に配置してあるためか、変速の際、ごくたまにギクシャクすることがある。ガバッと踏み込んだときより、むしろ中途半端にアクセルをゆるめた際に、ガバガバ、いったりしてそうなるから、これも荒ぶるロードスターの野性味とも思える。
アストン・マーティンのカッコよさとは何か?
ブランドに一貫するダンディズムが乗員になにがしかの影響を及ぼしている。まして、筆者がこの日試乗しているのはヴァンテージ・ロードスター。世の中のことがよく見えるけれど、自分も世間にさらすことになるオープン・モデルである。ダンディということを乗員は意識せざるをえない。
ダンディズムというのは、大意、やせ我慢のことだと筆者は理解しておりますけれど、ことダンディなことにおいて、アストン・マーティンは現存する他のメーカーの追随を許さないのではあるまいか。でなければ、1913年の創業以来、7度も破綻したりはしないだろうし、その度に救いの手が差し伸べられるのは、つまり、アストンというブランドがダンディでカッコいいからだ。
創業時からモータースポーツとは切っても切れない関係で、そこがまたカッコいい。1959年にはル・マン24時間で優勝し、「ブリティッシュ・フェラーリ」と呼ばれたりしている。現在のDB11、DBSはその系譜に連なる。DBは、戦後にアストン・マーティンのオウナーとなったデイヴィッド・ブラウンを指すのだから。
一方、ヴァンテージはポルシェ「911」を仮想敵にしていて、ハンター・グリルは911ハンターを意味してもいるらしい。ヴァンテージ・ロードスターの0~100km/hの公称タイムが911 カレラSカブリオレよりコンマ1秒速いことには意味があるのだ。
アストン・マーティンは時代の主流派に与せず、つねに挑んでいる。そして、残念なことに……ともいえるけれど、主流派になったことがない。あったとしてもごく短期間で、だからカッコいいのである。
ただ、昨2020年早々にアストン・マーティンの大株主となり、会長に就任した、億万長者でF1ティームのオウナーでもあるローレンス・ストロールは、これまでの経営者とはちょっと異なるかもしれない。ストロールはメルセデスAMGのトップをつとめていたトビアス・ムアースをCEOに招聘し、同年10月にはメルセデス・ベンツとの提携関係の拡大を発表。技術面ではハイブリッド、EVを含むパワートレインと電子制御のアーキテクチャーの供給を2027年まで受けられるようになり、電動化に舵を切る。そして、2025年までにフロント・エンジン、SUV、そしてミド・エンジン車を全部合わせて年産1万台を目指すという。
ダンディズムと商業的成功は相性がよくなさそうに筆者には思える。となると、ヴァンテージ・ロードスターは最後のダンディなアストン・マーティンになるかもしれない……。
おいちゃん。それをいっちゃあ、おしまいだよ。商業的成功、おおいにけっこう! けっこう毛だらけ猫灰だらけ。勤労者諸君。明日もがんばろう!!
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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