大排気量でパフォーマンスをアピールする時代は終わりを告げたのだろうか。新しい時代を切り開くのはまたしてもアウディなのだろうか。(Motor Magazine2018年7月号より)
V8 NAからV6ツインターボへ、速さだけではない進化の法則
新型アウディRS 5 クーペを前にして、ふと思い出したのは先代が登場した2010年の初夏のこと。日本導入以前に、ドイツで借り受けた広報車両でフランクフルトからベルリンまでの片道約600kmの道のりを、なんと日帰りで往復したことがあった。若さゆえということもあるが、それはやはりハイパフォーマンスかつクワトロのRSモデルだったからこそできたことだった、と今でも時おりその時のことを思い出す。
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当時のRS 5 クーペの心臓は、4.2L V型8気筒自然吸気ユニットだった。最初にRS 4 アバントにそれが積まれた時の衝撃も、いまだに忘れ難い。なにしろA4の車体にR8のエンジンが積まれたのだから。5.2L V型10気筒をツインターボで過給していたRS 6などもあり、アウディRSモデルの存在感が急速に際立ってきたのが、この時代である。
時は移ろい、世はクルマにダウンサイジングを求め始めた。RSモデルを手掛けてきたクワトロ社は、今やアウディスポーツ社へと暖簾替え。取り巻く状況の変化は、もちろんRSモデルそれ自体にも変革をもたらしている。
日本上陸を果たした最新型RS 5 クーペは、これまで使ってきた自然吸気V8エンジンから訣別し、TFSI=直噴ターボ化されたV型6気筒ユニットをその心臓として戴く。2.9Lのこのツインターボユニットは、450psという従来と同等の最高出力と、600Nmという実に170Nmアップの最大トルクを発生する。
90度角のVバンクの内側に2基のターボチャージャーを装備し、インジェクターをシリンダーの中央に配置するレイアウトを採用。Bサイクルと呼ばれるアウディ独自の高膨張比サイクルにより、低燃費化も同時に追求する。
最新設計のこのエンジンは、フォルクスワーゲングループのポルシェがパナメーラ4Sなどに搭載しているのと基本的に同じ。アウディとポルシェはV型エンジンのテクノロジー共有化を推進している。参考までにパナメーラ4Sのスペックは最高出力440ps、最大トルク550Nmとなる。
トランスミッションは8速ティプトロニック。つまりトルコンATを用いる。ポルシェが8速DCTを使っているのとは対照的だ。
前後に5リンク式サスペンションを採用するシャシには、本国ではオプションのDRS(ダイナミック ライド コントロール)付スポーツサスペンションプラスが備わる。これは右前と左後、左前と右後という対角線上にあるホイールのダンパーを接続し連携させることによって姿勢変化を抑制するもので、多くのRSモデルに採用されてきた。さらに、トルクベクタリングを行うアウディスポーツディファレンシャルも、やはり標準装備されている。
深緑に映えるスタイリングにも触れておくべきだろう。まず目に飛び込んでくるのは、ハニカム形状のインナーグリルを囲った“quattro”ロゴ入りのシングルフレームグリルだ。できる限りの空気を中に取り込み、またダウンフォースを得るべく、バンパーのデザインも随分凝っている。
試乗車はカーボンスタイリングパッケージ付き。CFRPパーツのあしらい方は巧みだ。ヘッドライト脇のエアインテークなどディテールへのこだわりも半端ではない。
しかも、全幅が15mm拡げられてもはやアイデンティティと言ってもいい、四輪駆動であることを想起させる前後フェンダーの抑揚がさらに強調されている。リアディフューザーから覗くオーバル形状のテールパイプも極太で後方へのアピール力は大きい。
回せば回すほど刺激的、V8を凌ぐ快感性能に興奮
ドアを開けて室内へ。派手なダイヤモンドステッチがあしらわれたスポーツシートに腰を下ろすと、タイトなサポート性に気分が引き締まる気がした。
視界に入ってくるのはDシェイプのアルカンターラで巻かれたハンドル、そしてその向こうのアウディバーチャルコクピットの画面。通常の表示の他に、パワー/トルクメーターなどRSモデル専用の画面も用意され、フルデジタル表示のメリットが存分に活かされている。
走行モードを好みに応じて選択できるアウディドライブセレクトを、まずはコンフォートに設定して走り出すと、その走りは期待どおり質感が高く、しかも想像以上に快適に躾けられていた。サスペンションは硬めではあるけれど極低速域までしっかりとダンピングが効いていて、動きはしなやか。これなら普段使いでも、ストレスを感じることは少なそうだ。
エンジンは低速域から力強く、そしてトルコンATのおかげもありアクセルワークに実にスムーズに反応してくれる。オプションのカーボンブレーキの効きの立ち上がりがやや唐突なのを除けば、普段の走りは本当に運転しやすく、上質感に満ちている。
しかしながら何より興奮させてくれたのは、ワインディングロードでの走りだ。2.9L V型6気筒ツインターボエンジンは、実用域から分厚いトルクを発生する一方で、回すほどにパワーが漲る特性とされているから、思わずアクセルペダルを深く踏んでしまう。
回転計の表示は6400-6700rpmあたりまでをゼブラゾーンとしているが、思い切り踏み込めばそこを超える勢いで一気に吹け上がる。しかも、その時にはスポーツエキゾーストが低いけれど低過ぎない、適度なヌケ感を伴った極上のサウンドを響かせてくれるのだ。自然吸気V8はもちろん良かったが、これなら過去を振り返らなくていい。
電子制御満載のシャシも実に楽しませてくれた。ドライブセレクトをダイナミックに設定すると一般道ではやや硬過ぎる。かと言ってオートでは切れ味が……というわけで、インディビデュアルにセットした上で、いろいろとセッティングを試みてみた。
ギア比可変のダイナミックステアリングとスポーツデフをコンフォートにセットすると、クルマの動きは安心感高く落ち着いたものになる。それをベースに、まずはステアリングホイールの特性をダイナミックモードに変更すると、ターンインでの軽快感が強まり、立ち上がりは弱アンダーステアというフィーリングに変わる。
続いてスポーツデフもダイナミックに。するとターンインの切れ味は変わらないが、その後のアクセルオンでの特性が明らかにニュートラル寄りになった。まるでFR車のようにアクセルペダルを踏み込んでより積極的に曲げていくことが可能になり、躊躇せずアクセルペダルを踏み込みながら立ち上がることができるのだ。
こんな風に好みの特性を自在に作れるのは電子制御の面白さだが、それでいてクルマの動きは決してデジタル的ではない。正直、先代では若干そんな感もあったが、新型は情緒すら感じさせる、上質なスポーツ性に浸らせてくれる。マシンではなく相棒、あるいは愛機。そうなってくれそうな手触りが実現されているのである。
現時点でのRSモデルのラインナップを見ると、A6/A7系の展開がこれからなので、旗艦R8に続くのはこのRS 5 クーペということになる。ただし純スポーツカーとして生まれたR8は、量販モデルをベースとする他のRSモデルとは、やはり少し違った位置づけの存在であることも確かだ。
むしろベース車があるRS 5 クーペのようなクルマのほうが、アウディスポーツが何を目指しているのかが明確に表現されていると言えそうである。A5クーペはファッショナブルなスポーティクーペ、S5クーペは日常域で味わえる上質なスポーツフィーリング、そしてRS 5 クーペは圧倒的なパフォーマンスと洗練されたスポーツ性能の両立……たとえば、そんな具合だろうか。
ワインディングロードでRS 5 クーペのハンドルを握り、冒頭に記したベルリンへの旅のことを思い出す。技術は進化し、クワトロ社はアウディスポーツ社に変わったが、RSモデルの真髄は不変。もっと長く、ハードな旅に出てみたい。その時、このクルマはさらに真価を発揮するはずである。(文:島下泰久)
アウディRS 5 クーペ 主要諸元
●全長×全幅×全高=4725×1860×1365mm
●ホイールベース=2765mm
●車両重量=1760kg
●エンジン=V6DOHCツインターボ
●排気量=2893cc
●最高出力=450ps/5700-6700rpm
●最大トルク=600Nm/1900-5000rpm
●トランスミッション=8速AT
●駆動方式=4WD
●車両価格=1263万円
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