9月29日、ENEOS スーパー耐久シリーズ2024 Empowered by BRIDGESTONE第5戦『SUZUKA S耐』が開催されている鈴鹿サーキットで、TOYOTA GAZOO Racingは、ST-Qクラスに今回参戦しているORC ROOKIE GR Yaris DAT conceptの新技術について説明を行った。今回、新たに『SFA工法(シーケンス・フリージング・アーク・ウェルディング)』と呼ばれる技術を使い、なんとロールケージをロボット技術で製作してきたという。
モリゾウ/佐々木雅弘/石浦宏明/小倉康宏というドライバーラインアップで参戦しているORC ROOKIE GR Yaris DAT conceptは、DAT(ダイレクト・オートマチック・トランスミッション)と呼ばれるATミッションを搭載。Dレンジに入れたまま、レースやラリーを戦えるミッションで、2023年第5戦もてぎで初めて登場した。
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その後、ORC ROOKIE GR Yaris DAT conceptは2024年第1戦にも参戦したが、今回の第5戦鈴鹿に登場したのは、また新たな技術が投入された新車なのだという。今回の新技術が投入された場所は、レーシングカー、ラリーカーに必ず装備されるロールケージだ。
■職人芸のロールケージ製作を自動化
アクシデントの際にドライバーを保護し、さらにレーシングカー/ラリーカーの剛性を高める役目をもつロールケージは、パイプを加工して作られる。曲げや溶接の技術が求められ、これまでは手作業で作られることが当たり前だった。また、熟練した技術をもつ職人が溶接したものと、経験が浅い人が作ったものでは、剛性も異なるという。さらに通常ロールケージの製作には、TOYOTA GAZOO Racingによれば3週間、早くて2週間が必要だったという。
スーパー耐久を例にとれば、9月7日に決勝レースが行われた第4戦で、もし仮に大きなクラッシュに見舞われたとする。今回の第5戦鈴鹿は3週間のインターバルで迎えており、第5戦に向けて新たな車両製作にかかったとしても、ロールケージを待って組み付けを行うため間に合わない。
そして今回ドライバーとしても参戦するモリゾウが、TOYOTA GAZOO Racingワールドラリーチームの本拠であるフィンランドを訪れた際、GRヤリスのラリー2車両がアクシデントに遭い、ホワイトボディから製作する過程で苦戦している状況を見て、「TGRとしてサポートできることがあるのではないか」と提案。今回の新技術開発がスタートしたのだという。
担当したGRカンパニーGR車両開発部GRZ ZR1主査の川喜田篤史氏は「溶接工と言われるように、職人芸なんです。ヨーロッパでは“マイスター”のような腕の良い方がいて、その技術をどうフィードバックするか」を課題とし、「人よりゆっくり、丁寧にやれるポテンシャル」がある国内のロボットメーカーを探った。
その技術をもっていたのが、北九州の安川電機だ。そのロボット事業部ロボット技術部に所属していた柴田将太氏が、自分でドリフト車を製作するほどのクルマ好きで、溶接の技術もある人物だったことから、川喜田氏と柴田氏が一年がかりで、二人三脚で技術を作ってきた。
■モータースポーツの間口を広げる技術
ロールケージ製作にかかる3週間の時間の短縮、さらに人の手による溶接の技術力のバラつきを平準化し、一定の品質でユーザーに届けられないか……という考えのもと誕生したのがこの『SFA工法』だ。ロボットを使って溶接を行い、なんとこれまでかかっていた3週間の製作期間を3日に短縮する。
『SFA工法』では、熟練した溶接技能を解析、数値化。人の手ではできない溶接品質の実現を目指した。熱ひずみが少なく、溶けこみが深い新たな溶接を開発。母材と滑らかに溶けこむ“アンダーカット”を実現しているという。また強度も向上。溶接面も人の手では実現しない“美しさ”も実現した。熟練工もうなる溶接面を実現したという。
また工法自体も変更。これまではホワイトボディに対しての“現物合わせ”でパイプを一本ずつ手作業で組み付けていたが、ロールケージをサブアッシー化。専用の治具上でアッシーを組み付け、ロボットを使い自動で溶接。一方でボディへの穴開けを行い、ボディに仮組み。最後は自動でボディに溶接される。サブアッシーの組み付けに半日、仮組み等で1.5日、増打で半日と、なんと3日で1台のロールケージが製作される。
この工法開発で溶接強度向上、軽量化、さらにアーク溶接でスポット溶接のようなショット溶接が可能になったほか、板合わせですき間があっても溶接が可能になる技術、自重による垂れを抑制した技術など、さまざまな新しい技術も実現した。
SFA工法については、時間短縮に加え、コストも間違いなく下げられるという。ただ「腕の良い、運転が分かっている溶接工の方は最後まで残っていくと思います。今の溶接の匠の方たちは、もっと他に時間が作れるようになると思います」と、溶接工の仕事を奪うためのものではないと川喜田氏は語った。ボディには本当にわずかな誤差があるため、プロが乗るようなレーシングカーはそこに合わせた溶接をしなければ、プロやトップジェントルマンがドライブすると“違い”が分かるとのこと。
今回のSFA工法が目指すところは、あくまで時間とコストを抑え、モータースポーツに参加する間口を広げることだ。全日本ラリーのJN1/2、ラリー2等でカスタマーに早くボディを届け、コストを下げることをまず目指していくのが狙いだという。もちろん、今後GRカローラやGRスープラ、GR86といった車種にも展開を検討したいとのことだ。
■トラブルを乗り越え決勝レースへ
そんな技術の、世界初の“初号機”として今回の第5戦鈴鹿に登場したORC ROOKIE GR Yaris DAT conceptだが、“生みの苦しみ”を味わっている。まず、ロールケージの剛性が大幅に上がったことにより、ドライバーの佐々木雅弘によれば“硬すぎる”症状があるという。これまでは、ボディのしなりなどでいなしていた部分があったが、硬すぎることで曲がりにくくなるなど、これまでのセットアップがまったく使えなくなってしまっている。
とはいえ川喜田氏によれば「僕たちにとっては最高の褒め言葉です(笑)」という。剛性を上げることは困難だが、落とすことは今後すぐに可能だからだ。チームとしても今回はこれに対応し、木曜の特別スポーツ走行から、サスペンションを柔らかくする新たなセットアップをトライした。しかし、金曜専有走行でさらにそのセットアップを進めようかというタイミングで、新ロールケージとは関係がないトラブルがチームを悩ませた。
27日の朝からORC ROOKIE GR Yaris DAT conceptはエンジン交換を行い始めたのだが、なかなか問題が解決せず、27日は1周もすることができなかった。ひとつめのトラブルは、DATのトルクコンバーターにエンジンをしっかりはめ込まずに組み付けたことによるギヤの割れ。これは市販車の生産時には起きないものだという。
さらに、2021年に全日本ラリーで使用したときにブローしたエンジンの強度アップのために試されたピストン試作品がなぜか今回使用していたエンジンに紛れ込んでおり、それが原因で異常燃焼を起こしてしまったのだという。「大反省です。今まで大事にしてきたトヨタ生産方式の品質管理が、レーシングカーの製造、品質管理にちゃんと活かされていない」とGRヤリスのチーフエンジニアである齋藤尚彦主査は語った。また、28日午前のフリー走行では電気系のトラブルが、予選ではモリゾウのドライブ中にはスロットルのトラブルがあるなど、多くのトラブルを乗り越えてきている。
しかし今回の参戦を経てSFA工法によるロールケージの技術が完成すれば、時間短縮はもちろん、モータースポーツへの間口は間違いなく広がる。他メーカーともスーパー耐久を通じて「課題の共有をしていきたい」と川喜田氏。今後の開発を楽しみにしたいところだ。
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