ヒルマン・ミンクス(1956年)
オーナー:マファルダ・フレイタス氏
【画像】離島に生息 ヒルマン・ミンクス プジョー403 モーリス・マイナーほか 同年代のクラシックも 全108枚
海洋生物学者のマファルダは、ミント・グリーンとホワイトの鮮やかなヒルマン・ミンクスに夢中だという。ただし、運転には腕力が必要だと苦笑いする。「ステアリングホイールが重いので、身体が鍛えられます。ジムへ行くのと同じくらい」
前オーナーは、マデイラ諸島の1つ、ポルト・サント島に住んでいた祖母だったという。「幼い頃は、彼女の運転で家族と一緒にビーチへドライブしました。兄弟が多かったので、ベンチシートにずらりと並んで」
しばらくして、ミンクスはスクラップ置き場へ運ばれた。「15年前に父がポルト・サントへ訪れたとき、クルマが放置されている事に気づいたんです。そこで購入し、マデイラまで運びレストアしました」
名義は父のままだが、マファルダはミンクスの運転を誰より楽しんでいるという。過去には、2日間の日程で開かれたアラウンド・マデイラ・ラリーにも参戦した。「スピードメーターが壊れていて、今は一定速度で走るイベントに出られないんです」
オースチンA40 デヴォン(1949年)/フィアット850(1965年)
オーナー:ジョエル・ラモス氏
マデイラ島に住んでいた英国人から、1976年にオースチンA40 デヴォンを購入したというジョエル。島に現存する2台の1台を、とても大切にしている。
「4速マニュアルに重ステで、油圧ブレーキはフロントのみ。リアは自転車のようにケーブルで挟みます」。と笑顔で話すジョエル。板金工場で塗装職人として働いていた彼は、ほかにもフィアット850と600 Dも所有している。
「右ハンドル車なので、右側通行のマデイラでは少し運転しにくいと思います」。と認める彼だが、月に1度は特別な機会としてA40 デヴォンを走らせるそうだ。
荷室には、いつもピクニック・バスケットが積まれている。定期的に家族と一緒に山道を走らせ、ピクニックに出かけるのが楽しみだという。「素晴らしいクルマです。所有しているだけで喜びですね」
プジョー403(1958年)
オーナー:パウロ・ゴメス氏
プジョー・ディーラーで長年働いてきた経験が、クルマの趣味にも影響したパウロ。「プジョーが大好きです。39年もこのブランドに関わってきたことだけが理由ではないと思いますよ」
100万台も生産された403は以前から気になっていたが、入手するまでには短くない時間を要した。前オーナーが403でディーラーを訪れたのは1980年代半ば。気持ちを伝え続け、パウロは15年後の2001年に願いを叶えた。
彼が入手すると、徹底的なレストアをスタート。アルゼンチンからフロアマットを取り寄せるなど、世界各国へ情報を求め、2年を費やして完成させた。
「運転しやすくて、とても快適です。トランスミッションにはシンクロがないので、変速にはコツが要ります。スターターではなく、クランク棒でエンジンを始動させる必要もあります。難しくありませんが、注意しないと手首を痛めるかもしれません」
にこやかに話すパウロは、1971年式のプジョー504 クーペも所有している。それも気に入っているが、積極的に乗るのは403らしい。「風の強い急斜面でも、小気味よく走ってくれますからね」
ライレーRMB(1948年)/ライレーRMC(1951年)、ライレーRMD(1950年/1951年)
オーナー:ジェラルド・ブレッターバウアー氏
「ライレーのマニアなんですよ」。と自認するのは、マデイラ島に移住したオーストリア人のジェラルド。5台のライレーを所有しており、2台はレストアの真っ最中らしい。
画家を職業とする彼は、他のメーカーにも興味が尽きない様子。5台のシトロエン2CVと、ラーダ・ニーヴァの開発用プロトタイプも所有している。
「レッドのライレーRMDは、2009年にノースウェールズ州の警官から1000ポンドで購入しています。ポルトガルで登録された、初めてのライレーになったようです」
「作りが良くトルクも太い。唯一の弱点は、アクスルのハーフシャフトへヒビが入りやすいこと。エンジンが回転している時しか、冷却ファンが回らないことも悩みではありますね。エンジンが熱い状態で止めると、オーバーヒートしてしまうんです」
「停車後もしばらくエンジンを回し続ける必要があります。冷却のためにね」。とクラシックカーをいたわるジェラルドは、1951年式RMDのレストアへ時間を割いている。
お気に入りのライレーとして積極的に運転しているのは、グリーンのRMB。1948年式で、ネザーランド(オランダ)で買い付けたそうだ。
「わたしにとって初めてのクラシックカーが、これです。1番信頼性も高いようですね。リアアクスルは、RMF用のものを組んでいます。ライレーは、そのモデルからハーフシャフトの設計を改良したんです」
オースチンA40 ファリーナ(1958年)
オーナー:ティト・ノローニャ氏
歯科医として現役のティトは、患者として来院していたフランス語の先生からオースチンA40 ファリーナを購入した。夫が亡くなり、庭に放置されていたという。
「彼女がクルマを引き取って欲しいと頼んできたんです。タダでいいからと。購入後の数年間は、普段の足として毎日乗っていました」
しばらくして彼はA40 ファリーナを売却するが、大きな後悔を生んだ。「現代的なクルマを購入し、手放すことを決めました。でもオースチンのことが忘れられず、20年後にようやく再び買い戻す事ができたんですよ」
「いずれレストアしようと考えています。走行距離は3万km足らず。この島に存在する、唯一のA40 ファリーナでもありますからね」
プジョー404 デラックス(1965年)
オーナー:ルイ・フレイタス氏
不動産関連の仕事をしているルイは、プジョー404 デラックスを大切に維持している。1965年式で、フランスからマデイラ島にやって来たのは1966年だという。
初代オーナーは年齢を重ね、クルマは放置状態になっていた。ルイが購入したのは2010年。10年間も野ざらしになっていたらしい。
「レストアを終えるまで8年間も費やしました。部品はフランスのプジョーから取り寄せています。ドイツ車などと違って、古いフランス車の部品調達は簡単ではありません」
「サスペンションがしなやかで、乗り心地は快適。車内は広々としていて、信頼性も高いですね。昔は島内のタクシーの殆どが、403や404だった理由が良くわかります」。と話すルイは、毎月1度は走らせるようにしているという。
モーリス・マイナー 1000(1961年)
オーナー:ヘンリケ・コスタ・ネヴェス氏
オリジナルはライトブルーだったモーリス・マイナー 1000を、レストアの一環でカフェラテ・カラーに塗り替えたというヘンリケ。これまで農業技術者を務めてきた彼らしい色といえる。
マデイラ島の林業局にいた同僚が所有していたクルマで、ヘンリケは以前から売って欲しいと声をかけていたという。手に入れられたのは、1985年だった。
「トランスミッションは調子が良かったのですが、他の部分にはだいぶ手を加える必要がありました。でもメンテナンスは簡単です。今では運転も簡単。妻も、時々モーリスの運転を楽しんでいます」
「クラシックカーは、走り続けていた方が調子を保てます。年令を重ねた人間と同じようにね」
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