秘密オークションのフェラーリ250テスタロッサ
さる2月末、「The Most Beautiful Ferrari Ever Built」と銘打たれた、きわめて興味深いオークションがアメリカで開催されました。おなじみの「RMサザビーズ」社ではなく、その母体の1つである「サザビーズ」社が、ごく少数のコレクターのみを対象としたクローズなオークションで、出品車両もただ1台のみです。タイトル名のとおり、もっとも美しいフェラーリの1つとして知られるポンツーンフェンダーの「250テスタロッサ」を紹介します。
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世界スポーツカー選手権を制覇した250テスタロッサとは?
1958年シーズンから、FIA「ワールド・スポーツカー・チャンピオンシップ(WSC)」では、3000cc以下のレーシングスポーツカーに選手権が限られることになった。
このレギュレーション変更を察知していたフェラーリは、当時マラネッロにて250GTストラダーレ用に生産されていたSOHC 3L V型12気筒エンジンを搭載し、耐久レースの総合優勝を狙うに相応しいパワープラントへと発展させると決意する。
250GTエンジンは、250GT「トゥール・ド・フランス」ベルリネッタとともに、1956年のトゥール・ド・フランスでの有名な総合優勝を含め、数々の勝利を収めていた。そしてエンツォ・フェラーリは、パフォーマンス向上のためエンジンをさらにチューニングするよう技術陣に指示。その結果として、赤いヘッドカバーを持つ伝説のV12エンジンが誕生する。
スパークプラグはエンジンのVバンク内側から外側、いわゆる「アウトサイドプラグ」へと移動する。バンク間のスペースが広くなったことで効率の良い吸気レイアウトが可能になり、6基のウェーバー38DCNツインチョークキャブレターを配置することになった。
ル・マンへの挑戦を夢見て「Tipo 128 LM」と名付けられた新しい3L V型12気筒エンジンは300psを発生し、ヘッドカバーは1956年から1957年にかけて製作された元祖テスタロッサ「500TR/500TRC」の4気筒DOHCエンジンと同じく、今となっては誰もが知る赤の結晶ペイントが施され、「250テスタロッサ」と呼ばれることになった。
1957年シーズン序盤のニュルブルクリンク1000kmレースにおいて、「290MM」のスカリエッティ製スパイダーボディに、新型3Lエンジンを搭載した暫定型「250テスタロッサ」がデビューした。その後、本命である6月のル・マンでは、ホイールベース2350mmの500TRC用シャシーを延長し、スカリエッティの特徴的な新しいアルミ製コーチワークを装着。彫刻的なカットアウェイフェンダーとノーズのスロットを装備し、ブレーキ冷却を改善した真正250TRが衝撃のデビューを果たす。
そしてこの驚異的なデザインは、そのルックスとパフォーマンスの双方ですぐに全世界の注目を集め、「ポンツーンフェンダー」テスタロッサのニックネームを獲得する。
1957年から1962年までの5年間、「スクーデリア・フェラーリ」として世界スポーツカー選手権に参戦したテスタロッサは、フェラーリ史上もっとも成功したレーシングスポーツ・モデルとして永遠に語り継がれている。そして「ポンツーンフェンダー」は、マラネッロから生まれた自動車芸術の傑作である歴代テスタロッサのなかでももっとも美しいボディとして周知されることになったのだ。
フェラーリ250GTO風だった時期も・・・・・・
このほどサザビーズのオークションに出品された250TR、シャシーNo.0738 TR は、1958年春に工場で完成した19台の「ポンツーンフェンダー」のうちの1台とされる。ベネズエラのカラカスにあるフェラーリの中南米地区正式代理人、カルロス・カウフマンの仲介によって、ブラジルのサンパウロ在住のレーシングドライバー、ジャン-ルイ・ラセルダ・ソアレスのためにオーダーされたという。
No.0738 TRは1958年6月にブラジルへと到着。ソアレスはすぐにレースに参戦を始める。彼が主宰する「スクーデリア・ラルガティシャ」は、ソアレス自身とチコ・ランディ、ルチアーノ・デッラ・ポルタで構成され、プロドライバーが経営する「ジェントルメンレーサー」チームだった。
1960年シーズン末までに、チームはブラジル全土で14レースに0738 TRとともに参戦し、複数の勝利と半ダースの表彰台フィニッシュを達成した。しかし1961年になると、シャシーNo.0738 TRはジョルジオ・モローニに売却する。
モローニはすぐにイタリアのモデナに移送し、のちに伝説のフェラーリ330P4のボディワークを手がけることになるピエロ・ドローゴによって、250GTOを若干モダナイズしたような、なんとハッチゲートつきのベルリネッタボディが架装されることになる。
革新性と新しいデザインが求められるスポーツ界において、モローニはより洗練されたスタイルのボディワークを採用することで、競争力のあるレースに長くとどまる能力を維持することができると考えたとされる。しかし現実には、メカニズムは手つかずのまま残されており、事実上のデザインスタディに終わってしまう。
それでもモローニは、1964年と1965年の少なくとも2回、この魔改造テスタロッサでレースに参戦したのち、1965年秋にクラウディオ・クラビンに売却する。そして1975年、サンパウロで元レーシングドライバーのカミッロ・クリストファロに売却されたあとは、1986年に伝説の自動車「トレジャーハンター」コリン・クラッブによって発見され、イギリスに持ち帰るまで約10年間保管されていた。
No.0738 TRはそののち米国の大物フェラーリ・コレクターであるロバート・ルービンに売却され、250GTOとガレージスペースを共有するのだが、さらに数年後には英国に売却。そこでコレクターであるポール・ヴェスティ卿のコレクションに収まることになった。
ヴェスティ卿の保護のもと、No.0738 TRはデビッド・コッティンガムの率いる世界最高クラスのフェラーリ専門業者「DKエンジニアリング」のスペシャリストによって、丹念かつ慎重に修復を敢行。また「RSパネルズ」社は、完全に正確なアロイボディを細心の注意を払って手作業で成形し、ブラジルの伝統に敬意を表して緑色のノーズバンドで黄色に塗装した。
ヴェスティ卿は数年間にわたって、この250テスタロッサを保有しながら「ミッレミリア・ストーリカ」や「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」などのイベントでドライビングを楽しんだのち、1995年に「330 P3」を入手するための複雑な取引の一環として売却することになったという。
そして1996年、No.0738 TRは有名コレクターであり熱心なクラシックカーレーサーでもあるカルロス・モンテベルデによって入手され、彼は所有中に50回以上のレースでこのマシンを出走させている。ただし、マルセル・マッシーニのヒストリーレポートにも記されているように、1998年と2001年にレース中の事故に巻き込まれ、その後2回とも慎重にレストアされたとのことである。
57億円超えが予測されるも・・・・・・
2010年までに、モンテベルデ氏はNo.0738 TRでのレース活動に終止符を打つことを決意。2013年の最終的な売却に先立って「フェラーリ・クラシケ」に愛車を託し、完全なレストアと正統性の認証が行われることになった。
フェラーリ・クラシケは総額65万ユーロ以上を受領し、このテスタロッサのために均整のとれた新ボディを製作、No.0738 TRを1958年当時のオリジナルに完全に戻した。またレストアを完了したのち、フェラーリ・クラシケはこの個体がオリジナルのエンジンとギアボックスの両方を保持している数少ない現存車両の1つであることを確認する「レッドブック」も発行した。
そしてそれから約10年間、No.0738 TRは著名なアメリカのコレクションに譲渡され、「スクーデリア(厩舎)」の仲間たちと休息をとっているとのことである。
250テスタロッサはなんらの誇張もなく、究極のフェラーリとして広く認められている。スクーデリア・フェラーリがスポーツカーレースでの復活を遂げた唯一無二の象徴であり、エンジニアリングとデザインにみごとに融合した美しさで、史上最高のレーシングスポーツカーの1つとなった。
そしてサザビーズは、このクルマただ1台だけを商品とするオークションを、ミシガン州デトロイトにて開催することを決定。入札者が相互に提示価格を知ることができない「シールド・ビッド(Sealed Bid:封かん競売)」の形式をとり、オークションの通例であるエスティメート(推定落札価格)が公表されることはなかった。
こうして2024年2月22-24日には、主にオンラインで秘密裏に競売が行われたはずなのだが、公式WEBページでは締め切りから数日を経ても「upon request(価格応談)」のまま。つまりは最低落札価格に届かず、締め切り時点では流札。現在でも販売継続中と推測される。
250テスタロッサのようなクラスのクルマは、有力コレクターや愛好家同士の個人的な譲渡がほとんどで、国際クラシックカー・マーケットに売り物が出る事例は少ない。
今回のサザビーズ・シールド出品を前に、さる筋では3800万ドル、日本円に換算すれば57億円を超える落札価格もあり得るとの予測を立てていたようだが、残念ながら現状では成約には至っていないものと思われる。
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みんなのコメント
時に投資目的で秘蔵されなかなか本物は見られないが、記事とは別個体だけど日本では御殿場にあったフェラーリ美術館のオーナー松田芳穂さんが所有しておられ展示されていて見ることが出来ましたし、展示されるだけでなく整備もされていたので御本人曰く「扱い易く丈夫だから」とよく奥様とイベントに乗ってこられていました。
私も鈴鹿などで同乗させてもらいましたが松田さんのテクニックもあって乗り心地良かったです。
不幸な事故車。