世界一有名なスパイが選ぶクルマたち
text:Andrew Frankel(アンドリュー・フランケル)
【画像】ボンドに愛されたクルマ【有名なボンドカー4選】 全118枚
翻訳:Takuya Hayashi(林 汰久也)
諸般の事情により何度も延期されてきた映画「007」シリーズの最新作「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」が、10月1日に日本での公開を迎えた。ハイパーカーのアストン マーティン・ヴァルハラや、新型SUVのランドローバー・ディフェンダーなど、いつものようにクルマが大活躍する。
60年以上前に活動を開始して以来、名スパイのジェームズ・ボンドは自身が使用するクルマのチョイスを、拳銃、シャンパン、そして仲間と同じくらい真剣に考えてきた。
そこで、ミサイルランチャーや射出座席、水陸両用のことは一旦忘れて、伝説の裏にあるクルマたちをもう少し詳しく見てみよう。世界で最も優秀なスパイが注目する価値があるかどうか分かるだろう。
ベントレー4.5L(1953年、小説「カジノ・ロワイヤル」)
ボンドは根っからのアストン派だと思っていないだろうか? 1953年当時、原作者イアン・フレミングが最初に選んだクルマは、この巨大なベントレーだった。
4.5Lの“ブロワー”ベントレーは、1929年の発売当時でさえあまり良いクルマではなかったし、ましてや24年後にボンドが乗り込んだ時はなおさらだ。創業者のウォルター・オーウェン・ベントレーでさえ、このクルマに過給機をつけることは「デザインを歪めて、性能を落とすことになる」と言って嫌っていた。
肝心のレースで勝てなかったのは、故障が多かったからだ。フロントに巨大なヴィリヤーズ製のスーパーチャージャーがぶら下がっていたため、スピードも遅く、扱いづらかった。外観を除いたすべての面で、ボンドカーとしては最悪の選択だった。
アストン マーティンDB5(1964年「ゴールドフィンガー」)
あえて言うのも気が引けるが、DB5は多くの人が信じているほど優れたクルマではない。実際、映画「ゴールドフィンガー」に登場していなければ、今ごろはアストンが製造したモデルの1つとしてしか評価されていないのではないかと思う。
DB5の魅力は、シンボリックな外観、クラシックなインテリア、そして個性的なエンジンにある。
しかし、アストンが1950年代に設計したサラブレッド的なスポーツカーから、もっと穏やかでソフトな、ツーリング志向のクルマへと進化した時代のモデルであるため、ドライビング・エクスペリエンスはそれほど独創的ではない。
グスタード・パレス・ホテルに駐車すると素晴らしいが、そこまで山を越えてドライブするのはあまり楽しくない。
トヨタ2000GTコンバーチブル(1967年「007は二度死ぬ」)
ボンドには素晴らしいチョイスだ。ゴージャスなだけでなく、見た目にも魅力的で、日本初の本格的なスポーツカーとして重要なクルマでもある。2.0Lの6気筒エンジンは、ヤマハのツインカムヘッドと3連キャブレターにより、当時としては十分なパワーを発揮し、ハンドリング、乗り心地、操縦性も優れていた。
しかし、ショーン・コネリーは背が高すぎて、この居心地の良い空間にゆったりと収まることができないことがわかった。そこで、ルーフを切り落としてクールなオープンカーにすることで解決を図った。
残念ながら、この改造はボディ剛性に壊滅的な影響を与え、研ぎ澄まされたスポーツカーを、砂の城のような不安定なものに変えてしまったようだ。
ロータス・エスプリS1(1977年「私を愛したスパイ」)
初期のエスプリは流麗でセクシーで、夢のようなクルマだった。しかし、実際には初期トラブルに悩まされ、製造の不正確性から構造的にもやや問題があった。
トラックをかわしたり、サイドカーを撃破するのには優れているが、もし本当に海に潜るとしたら、ホイールハウスにフィンを付けるだけでなく、車内に呼吸装置が必要になるだろう。
ボンドがクルマをビーチで走らせながら、窓から魚を落とすシーンを覚えているだろうか?そもそも魚はどうやって入ってきたのか?筆者の推測では、パネルの隙間から入ってきたのではないだろうか。
シトロエン2CV 6(1981年「ユア・アイズ・オンリー」)
筆者は長年2CVを愛用している。スタイルと運転の楽しさを象徴するこのスリリングなクルマには何の欠点もない。反俗物的なファンにとっては、ボンドが乗るクルマとして非常にクールなチョイスだった。
2CVは、暖かさを感じられる外観と、その見た目通りのハンドリングのおかげで、完全なるアンチヒーローになっていた。もっとも、プジョー504に乗った悪党集団とカーチェイスを演じることができたというのは、ちょっと信じがたいのだが。
BMW Z3(1997年「ゴールデンアイ」)
もしこれがZ3Mだったら大喜びするところだが、そうではなかった。発売前に撮影されたZ3は、1.9Lの4気筒エンジンを搭載していたのだ。
当時ボンド・カーを選んだ人たちにとっては、どのクルマが勇敢な公務員に最適かというよりも、どの会社が一番お金を払ってくれるかということに興味があった。Z3は画面には数秒しか映っていないが、そのことを示すには十分だった。
アストン マーティン・ヴァンキッシュ(2002年「ダイ・アナザー・デイ」)
嘆かわしいのは、救いようのない駄作に出演したことだ。車体が透明になる光学迷彩を採用するなど不思議な仕様だったが、クルマ自体は美しいだけでなく、筋肉質で威圧感もあった。
ロボット化されたギアシフトがあまりにもひどいため、アストンはマニュアルのトランスミッションを後付けすることになったというような、真の意味での欠陥を持つこのクルマは、スーパーヒーローのキャラクターにふさわしいと言える。
アストン マーティンDB10(2015年「007 スペクター」)
DB10が史上最高のボンド・カーである理由は、既製モデルの改造ではなく、映画のためだけにオーダーメイドされたという事実にある。そして、劇中ではボンドのために用意されていたわけではないという点も忘れてはいけない。
映画をご覧になっていない方のために説明すると、ボンドはこのクルマを同僚の009から拝借した。そして、ジャガーC-X75とカーチェイスを繰り広げた末、ローマ市内を流れるテベレ川へクルマを乗り捨て、自身は屋根から脱出した。
DB10はV8ヴァンテージをベースに再設計したもので、スタントカーやプロモーション用を含め10台が作られた。アストン マーティンのマレク・ライヒマン率いるチームが自社でスタイリングし、ボンドにとって最高の移動手段に仕上げられた。
2017年に発表された新型ヴァンテージは、このDB10の外観を十二分に踏襲している。
ジャガーC-X75(2015年「007 スペクター」)
ボンドは多少困難な状況に挑むことも厭わない勇敢な男だが、C-X75に乗ったミスター・ヒンクス(デイヴ・バウティスタ)はどうだろう?ボンド映画のカーチェイスは、DB5がフェラーリF355に追いつくなど、あまりありそうにないものだった。
もちろん、映画で使用されたC-X75には、コンセプトカーに見られたハイブリッド・パワートレインや超クールな小型ジェットタービンは搭載されていないが、悪役でありながらDB10を丸ごと飲み込んでしまいそうな雰囲気があった。
残念ながら市販化には至らなかったものの、少なくとも劇中では、ジャガーの野心的なスーパースポーツカーが動いているところを見ることができた。しかも、オーダーメイドのアストンとの一騎打ちだ。眼福である。
アストン マーティンDB2/4 MkIII(1964年「ゴールドフィンガー」)
「ゴールドフィンガー」でボンドがDB5に乗っていることは誰でも知っているだろう。しかし、最初はそうではなかった。映画が作られる前、イアン・フレミングが書いたボンドシリーズ7作目となる同名の小説があった。その中でボンドがジャガー3.4の代わりに選んだのはDB2/4 MkIIIで、映画と同様に「改良」が加えられていた。
強化バンパー、無線探知機、運転席の下に隠されたコルト45などが装備されている。ドライビングマシンとしてのMkIIIは、DB5よりもはるかに切れ味がよく、人を魅了するパワーがあったということも、あまり知られていない事実である。
アルファ・ロメオGTV6(1983年「オクトパシー」)
ボンドの歴史の中で、イタリア車は全くと言っていいほど目立たない。「ゴールデンアイ」ではフェラーリF355が登場するが、30年前のアストンDB5からは逃げられないようだし、「オクトパシー」でアルファ・ロメオGTV6がカメオ出演していることは盛大に祝うべきだろう。映画の出来はさておき、制作スタッフの誰かがV6エンジンとトランスアクスル搭載のアルファを知っていたのだ。
だからこそ、ボンドが電話ボックスの中にいる女性からGTVを盗み出した後、ドイツのはずなのに英国のような雰囲気の道路で、豪快なドリフトをしたり、素晴らしいサウンドを奏でたりと、贅沢な時間を過ごすことができたのだ。彼らはGTV6を気に入ったに違いない。
アストン マーティンDBS(1969年「女王陛下の007」)
007としては控えめなアストンで、ギミックの搭載は知られていない。登場シーンは驚くほど少ないのだが、トレイシー・ボンド夫人が息を引き取った際のクルマとして記憶されている。
DBSは、当初はV8を搭載する予定だったが、エンジンの生産が間に合わず、DB6の直列6気筒を搭載することになった。V8モデルは後に生産されたが、映画の撮影には間に合わなかった。直6モデルとの違いは、ホイールがスポークではなくアルミであることだ。
メルセデス・ベンツ600(1969年「女王陛下の007」)
悪役に人気のリムジン。「女王陛下の007」で悪役のブントとブロフェルドが使用したほか、「ダイヤモンドは永遠に」でもブロフェルドが、「オクトパシー」ではカマル・カーンが一時的に使用した。
驚くべきことではない。大きくて渋くて威嚇的なベンツは、悪党の移動手段として最適だったのだ。また、300psの強力な6.3L V8を搭載していたため、ボンドが時々運転しなければならないようヤワなクルマにも十分に対抗できた。
ロールス・ロイス・ファントムIII(1964年「ゴールドフィンガー」)
富裕層で英国好きのオーリック・ゴールドフィンガーにとって、1998年にシルバーセラフが登場するまでロールス・ロイスで唯一V12エンジンを搭載していたファントムIII以上のクルマはないだろう。
7.3LのV12エンジンから得られるパワーは、3500kgの車体を動かすには十分。AUTOCARが記録した0-97km/h加速のタイムは16.8秒で、1.2Lのダチア・サンデロより1秒速い。
フォード・マスタング・マッハ1(1971年「ダイヤモンドは永遠に」)
排ガス規制により抑圧される前の、偉大なV8を積んだアメリカン・マッスルカーの1つ。マッハ1は、7.0Lのスーパーコブラジェットエンジンを搭載し、最高出力380ps、最大トルク90kg-mという驚異的なパフォーマンスを発揮した。
劇中での追跡劇は短いが、片輪走行のシーンを覚えているファンも多いのではないだろうか。マッハの名称は、フォードの新型電動SUVで復活している。
サーブ900ターボ(小説「The Man From Barbarossa」他)
映画ではなく小説のファンであればご存知かもしれないが、ボンドは3回に1回は運転していたことになる。原作者のイアン・フレミング以外にも、多くの作家がボンド小説を書いている。ボンドをサーブに乗せたのは、1981年から1996年の間に16本のボンド小説を書いたジョン・ガードナーだ。
ボンドがサーブに乗っている姿を銀幕で見ることはできるだろうか?まあ、可能性はないこともないだろうが、期待はできまい。サーブの戦闘機ならあり得るかもしれないが。
ランドローバー・ディフェンダー(2021年「ノー・タイム・トゥ・ダイ」)
最近発表された新型ディフェンダーは、ボンド映画最新作で主役を張っているように見える。高性能なマシンであり、見た目もそれらしく、007ワールドの一員としてふさわしい。
以上、映画や小説に登場するマシンを紹介したが、ボンドが「本当は乗るべきクルマ」は何だったのだろうか?ここからは、筆者が個人的に「コレだ」と思うものを年代別に取り上げたい。
1960年代:アストン マーティンDB4 GT
DB5よりも速く、格好良く、運転していて非常にエキサイティングで、レースでの実績もある。おそらくアストン史上最高のクルマだ。最初のボンド映画が公開された頃には、もう販売されていなかったのが残念だ。
1970年代:アストン マーティンV8ヴァンテージ
このクルマは、ボンドが自分でデザインしたのではないかと思うほど彼にぴったりだ。実際にはボンドはこのクルマに乗ったことはない。
1980年代:ベントレー・ミュルザンヌ・ターボR
鈍器のようなクルマだ。ティモシー・ダルトン扮するボンドが好んで使った悪者退治の方法の1つが「頭突き」だった時代であり、彼にはピッタリのクルマである。
4ドアであろうとなかろうと、ターボRは英国で最もカリスマ性のあるスポーツカーの1つであることに変わりはない。
1990年代:ジャガーXJ220 V12
「ユア・アイズ・オンリー」と「スペクター」では、一般には入手できないユニークなクルマが登場する。1988年にコンセプトカーが発表されたXJ220も、48バルブV12エンジンと4輪駆動を実現し、公道を走り回ることもできたのではないか。ショーン・ビーンもこれを見たら降参してしまいそうな威圧感がある。
2000年代:ベントレー・ブルックランズ
ヴァンキッシュS以外ではヴァンキッシュに勝てないことは認めるが、他に目を向けざるを得ないのであれば、537psのV8と家を壊すのに十分なトルクを備えた、派手でありながら残忍な雰囲気のベントレー・ブルックランズを選ぶ。
2010年代:アストン マーティン V12ヴァンテージS(MT)
DB10の外観は素晴らしく、ボンド・カーとしても優れていた。しかし、一般人が実際に購入できるマシンの中では、マニュアル・トランスミッションに改造されたV12ヴァンテージが、考えられる限り最もボンド・カーにふさわしいと思う。
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