この記事をまとめると
■1990年代から2000年代前半までトヨタは露骨にライバル車と競争していた
■他社メーカーの人気車に対抗する車種をあとから出して切磋琢磨を繰り返していた
■結果的に日本の自動車メーカーが鍛えられた
ライバル車を徹底的に研究して対抗馬をぶつける!
1990年代から2000年代前半まで、トヨタの開発者を話をすると「あのクルマには勝っている」「あのクルマには負けている」という言葉が頻繁に聞かれた。それぞれ別の車種を担当しているのに、当時、トヨタの皆さんは「勝ち負け」を口にした。
この「勝ち負け」は国内の登録台数だ。1963年以降のトヨタは、国内販売の首位メーカーだが、カテゴリー別に見ると、トヨタよりもライバル車が多く売られる場合もある。当時のトヨタは、それを「負けている」と受け止めて「勝てる」クルマ作りに力を注いだ。
トヨタが1990年代に負けていたカテゴリーは、まずLサイズミニバンだ。トヨタ・グランビアは、グランドハイエースといった姉妹車もそろえながら、初代の日産エルグランドに販売面で勝てなかった。同じ時代に、コンパクトカーのスターレットも、2代目日産マーチに販売面で負けていた。
そこでトヨタは、駆動方式を従来の後輪駆動から前輪駆動に切り替えたLサイズミニバンの初代アルファードを新開発した。発売日は2002年5月22日で、エルグランドが2代目にフルモデルチェンジした翌日であった。しかも報道発表会にはCMで起用した俳優のジャン・レノを招き、話題性でもエルグランドに差を付けた。
一方の日産は、当時は業績不振から抜け出せず、エルグランドは後輪駆動のプラットフォームを継続採用した。2代目はフロントマスクなどの外観も不評で、アルファードの売れ行きが大きく上まわった。同じ状態が20年以上を経たいまも続いている。
スターレットも販売面でマーチを抜けなかったが、1999年に初代ヴィッツが登場すると流れが激変した。初代ヴィッツは欧州車風のデザインで、2000年にはトヨタカローラシリーズに次ぐ好調な売れ行きとなった。トヨタは念願だった「マーチに勝つこと」ができた。
ところが2001年6月、初代ヴィッツに予想外の強敵が現われた。初代ホンダフィットだ。燃料タンクを前席の下に搭載する車内は広く、新開発された直列4気筒1.3リッターエンジンは燃費も優秀。実用装備を充実させた主力グレードのAは114万5000円と割安で、売れ行きを急速に伸ばした。
2002年には、初代フィットはカローラシリーズを上まわる売れ行きで国内販売の1位に輝いている。それまでベストセラーといえばカローラが定番だったから、トヨタは怒った。
そこでヴィッツは、初代フィットの発売から半年を経た2002年12月には新たに1.3リッターエンジンを追加して、買い得グレードの1.3U・LパッケージをフィットAと同額の114万5000円に設定した。
ほぼ同時にトヨタ・デュエットも改良を行って装備を充実させ、1.3リッターのVを若干安い114万3000円とした。上級車種の新型トヨタ・イストも1.3Fを10万円ほど高い125万円で投入している。
このようにヴィッツを含む3車種で、フィットを取り囲むフォーメーションを約半年で成立させた。「俺の販売1位を脅かす奴は必ず叩き潰す!」という、恐ろしい鬼のトヨタであった。
トヨタの意地が日本の自動車メーカーを鍛えた!
この後も同じパターンが続いた。ホンダがワゴン風ミニバンのストリームを2000年に投入すると、トヨタはサイズがほぼ等しいウィッシュを発売した。しかもストリームの主力グレードは、1.7リッターのLで価格は169万8000円だったから、ウィッシュの主力は排気量が若干大きな1.8リッターのXで、価格は1万円安い168万8000円とした。これも販売合戦でウィッシュが勝った。
コンパクトミニバンでは、ホンダがモビリオを開発すると、トヨタはシエンタで対抗した。モビリオはフィットと同じプラットフォームで燃料タンクを前席の下に搭載して3列目の床を低く抑えたから、シエンタは薄型燃料タンクで同様の効果を得ている。
その後、モビリオの後継となるフリードはこのセンタータンク方式をやめたが、シエンタはいまでも薄型燃料タンクを継続採用してセールスポイントとしている。
一連のトヨタの他社に対する執拗な開発攻勢は、当時は見ていて嫌になったが、いまは懐かしい。なぜなら当時はトヨタが徹底的にライバル車を叩くことで、それを開発するメーカーが鍛えられたからだ。
たとえば3代目オデッセイの報道試乗会で、開発者が「ここまでの低床設計は、さすがのトヨタでも無理だろう」と胸を張った。これは怖い頑固親父に鍛えられた子どもたちが、「やっと親父に勝てた!」と喜ぶのと同じ構図であった。
ところが2008年のリーマンショックで流れが変わった。2010年に発売された3代目ヴィッツは、2代目に比べて質感と静粛性を大幅に悪化させたからだ。それまでのトヨタでは考えられない大失態で、ネッツ店のセールスマンは「これでは2代目のお客様に新型ヴィッツへの乗り替えを提案できない」と頭を抱えた。
もはや開発者から「あのクルマには負けている」という悔しそうな言葉も聞かれなくなった。
2010年以降は軽自動車の国内販売比率が40%に近付き、各メーカーとも普通車は海外市場を重視して開発するのが当たり前になった。国内の緊張感が薄れて「日本はオマケの市場」になり、凋落の時代が始まった。
トヨタが変わると、日本全体の自動車事情が影響を受けるのだ。
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