2007年、CO2削減が叫ばれる中、ポルシェとて燃費に無縁とは言えない時代になっていた。そんな中、「特別に高性能な911」といえる997型911GT3が登場している。しかしその一方で、ポルシェはすでにカイエン ハイブリッドの開発が最終段階に入っていることを公表していた。そこでMotor Magazine誌は2007年10月号の特集「パワーユニット戦略の焦点」の中で911GT3を徹底取材、その試乗をとおしてポルシェのパワーユニット戦略について考察している。ここではその時の模様をを振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2007年10月号より)
世界最高レベルの技術が投入された「特別な」モデル
「最もサーキットに近い911」こと、ポルシェ911GT3の最新モデル(997型)に、2006年春にイタリアで行われた国際試乗会以来、久々に触れることになった。
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元を辿れば、1998年にはル・マン24時間レースで総合優勝さえも手にするレーシングマシン「911GT1」のために開発されたエンジンをベースとした心臓を搭載するこのモデル。ホモロゲーション取得用のベースモデルとしての役割を受け持ち、さらにポルシェというブランドとモータースポーツとを密接に結びつけるイメージリーダーという点からも、数あるラインアップが揃う911シリーズの中にあって、ある種特別の存在としてサーキット走行まで視野に入れるファンを中心に人気を博すのが911GT3だ。
当初は、ぴったり「1L当たり100ps」、すなわち360psという最高出力でデビュー。後に20psを超えるパワーアップとレブリミット400rpmのアップ(7800→8200rpm)というメニューのリファインが施された996型911GT3の心臓に対し、997型用ではさらに200rpmのレブリミットのアップと30ps以上のパワー上乗せがプレゼントされた。
その最高出力は今や415ps、115.3ps/Lにまでスープアップ。まるで過給器付きエンジンのようなスペックをアピールしているのがまずは見逃せない。997型用での出力アップは、他のポルシェエンジンではあまり例を見ない(しかしGT3用エンジンでは当初から手掛けられてもきた)高回転・高出力型の特性をさらに極めるという方法で進められている。
そのために実施されたメニューは、こうしたチューンナップには定番である「可動部分の軽量化」がまずはメイン。ピストンやコンロッド、クランクシャフトなどを中心に軽量パーツを大幅採用。もちろん、吸排気系の見直しも徹底して行われ、新デザインの可変吸気システムや背圧を低減させられる、切り替え式プリマフラー付きエキゾーストシステムなどを新採用する。
もっともそれでも率直なところ、街乗りシーンをメインとした低回転域が主役となる走りのシチュエーションでは、3.8Lエンジンを積むカレラSシリーズの方がより扱いやすく、そして力強い印象はある。
GT3の走りとて決して鈍いわけではないのだが、こうしたシーンではやはり「排気量に勝るものナシ」という雰囲気が強いし、GT3ならではのググッと重いクラッチペダルの操作感も、嬉しいという人はいないだろう。
しかし、ひとたび4000rpmからを用いるような走りのパターンへと踏み込めば、印象は一変する。911シリーズでも耳にできる独特の「ボクサーサウンド」は、4200rpm付近からより力強い音質へと変化。と同時に、アクセルレスポンスは一段とシャープになり、まさに操るパイロットを狂喜させるパワーフィールを味わわせてくれるのだ。
そもそもは、圧倒的に高いトラクション能力や剛性感に富んだボディ、際立つ4輪の接地性やどこまでも頼りになるブレーキの効きなど、エンジン単体のキャラクターよりは、走り全般に対する隙のない総合バランスの高さこそが売りものであると思えるのがポルシェ911というクルマ。そうした中にあって、ことさらにエンジン性能にも拘る人々のために準備されたのが、GT3という「特別な911」だ。
そして、そんなエンジンフェチたちは自らの欲望を満たすべく、ベースとなるカレラシリーズに対しても圧倒的に割高な価格を支払ってまで、このモデルを手に入れようとする。
ポルシェにとれば、ライバルに対して実は自らが世界最高レベルの高回転・高出力化技術を有している事実をアピールすると共に、このブランドが相変わらずサーキットの世界と密接な関係を持ち続けることを示すチャンス。すなわち、単なるハードウエアのみならず「ポルシェ」というブランドに固有の記号性を付加する目的も持ったのが、GT3というモデルを911のラインアップに加える大きな要因であるようにも思えるものだ。
入念な戦略で開発されたハイブリッド技術
一方、そうした高性能イメージに特化するばかりが、現代のポルシェのパワーユニット戦略ではない。
ガソリンエンジンの燃費向上の特効薬として最近内外の各メーカーに採用例の目立つ直噴メカニズムがすでに最新のカイエン全車に用いられているし、クラッチペダルを省略した2ペダル式でありながら、トルコン式ATやCVT以上に伝達効率に優れるデュアルクラッチ方式のマニュアルトランスミッションも、すでに商品化に向けての準備が着々と進んでいるというのは、ポルシェファンであればもはや誰もが知る「公然の秘密」だろう。
実はポルシェ社では1995年から自主的な燃費向上のプログラムを作成し、昨今では「1998年からの10年間で15%の向上を図る」という具体的目標に対し、それを上回る実績をマークしてもいるという。
すなわち、スポーツカー&SUVの専門メーカーであっても、燃費の向上=CO2の削減という昨今の自動車メーカーに求められる社会的責任に対しては、極めて大きな努力を払っているということ。そして、それをさらに端的にアピールするのが、このほどついにその詳細内容が発表されたカイエン・ハイブリッドの存在なのだ。
当初は「トヨタ方式を採用するのではないか」と言われたカイエン用のハイブリッドシステムは、結果的に同グループであるフォルクスワーゲンとアウディとの3社による共同開発ユニットを採用することで決着。それぞれのブランドのSUVに搭載されることが予想されるこのシステムは、比較的小型のモーター1基をエンジンとATの間に挟み込むという、2組のモーターと遊星歯車による動力分割装置を用いる、トヨタのフルハイブリツド方式よりはずっとシンプルで軽量な構造のものに落ち着いた。
現行のV6モデルも搭載する3.6L直噴エンジンと組み合わされたモーターの出力は34kW(約46ps)。これはトヨタのハリアー・ハイブリッドが前輪駆動用モーターに123kW(約167ps)の出力を持つのと比べると圧倒的に「控えめ」であるとも言える。
「サプライヤーはまだ明らかにはできない」というものの、ハリアーハイブリッド用と様々なスペック(ボルテージや容量など)が極めてよく似たニッケル水素電池は、スペアタイヤ用フロアパンの中にすっぽり収まってラゲッジスペースに影響を及ぼさないレイアウト。すなわち、ポルシェ(とそのファミリー)がこうして軽量コンパクトでシンプルなシステムを採用するのは、既存レイアウトを持つ様々なブランドの各車種に対しても適合性が高い、という点にも大きな理由があることは間違いない。
ポルシェのバイザッハ開発センターで開催された「テクノロジー・ワークショップ」で公開されたカイエンハイブリッドのプロトタイプモデルは、すでにパッセンジャーシートでの同乗試乗やシャシダイナモ上でのテストドライブも可能な状態だった。
そして、そうしたところで得られたフィーリングも、すでにそれが商品レベルにまで達していることを実感するのに十分なものであった。
車両重量はベース車比で150kgほどのプラスというが、これでもトヨタのフルハイブリッドモデルよりは重量ハンディが少ないし、「V6エンジンのみを搭載するものより優れた0→100km/h加速タイムをマーク」というコメントも、ポルシェのハイブリッドカーが単に経済性のみを追求したものではなく、ポルシェ車らしいダイナミックな走りの実現にも一役買うことを強調しているのも間違いない。
電気モーターのトルクのみで発生されたクリープ現象によって走り始めた後、アクセルペダルを踏むとその時点でエンジンが始動。一方で走行中のアクセルオフではこまめにエンジン停止を行い、先ほどまでトルクを発していたモーターを発電機に用いる回生動作へ直ちに移行することは、バッテリーへの電気の出入りを示す新設のメーターで確認ができた。
ちなみに、こうしてエンジンが始動した後のモーターによるトルクの上乗せ感は、率直なところトヨタのフルハイブリッドモデルほどに明確なものとは言えない。ただし、前述のようにモーターの最大出力では大きな差があるものの、最大トルクはハリアーの333Nmに対してカイエンは285Nmと肉薄するから、特に静止状態からのスタートの瞬間をはじめとして、モーターのサポートによる燃費の向上効果は少なくないはずだ。
ハリアーの最大出力が大きいのは、288Vという電源電圧を昇圧コンバーターを用いて最大650Vにまで高め、モーターの高電圧・高回転化を行っている要因が大きそうだ。そんな出力に対して相対的に最大トルクが小さいのはモーターが小型であるからで、それゆえハリアーはリダクションギアを採用してトルクの増幅を行っている。そんなトヨタ方式に比べ、電気自動車度は薄くはなるものの、カイエンのシステムが構造的にもずっとシンプルであるのは言うまでもない。
スピード性能と燃費性能のクリアという課題への回答
ところで、2010年までには市販を開始(すなわちそれは、おそらくモデルチェンジを行った次期ボディとの組み合わせになるのだろう)と明言するカイエンのハイブリッドは、「120km/hまではエンジンを使わないセーリング走行が行える」というのもひとつの謳い文句。ただし、1モーター方式ゆえにモーター駆動中の発電は行えない。となれば、容量の限られたバッテリーからの持ち出し分だけで長時間の「電気自動車走行」が可能なはずもないから、この部分は「120km/h以下のアクセルオフで、エンジン停止が行えるポテンシャルがある」と読み替えるべきだろう。
実際、バイザッハのテストコースをデモ走行で周回する中では、何度かタコメーターの針がゼロを示すシーンがあった。そんなカイエンハイブリッドのプロトタイプモデルは、最高速が120km/h、平均車速が33.6km/hという新しいヨーロッパの試験サイクル(NEDC)で約10.2km/L相当の燃費を記録、それはV6エンジン車比で23%の向上に相当する。ただし、そんなデータを発売時までにはさらにアップさせ、11.2km/Lをマークしたいというのが同社の目標だという。
ポルシェにとって、スピード性能の追求が今後も失うことのできないテーマであることは確実だろう。だが、その代償を燃費の悪化に求めることはもはやできない時代にあることも、もちろん彼らは十分に知っている。
現状では、エンジンルームのスペースの問題があり、ハイブリッドシステムはV6エンジンとのマッチングしか採れないという。しかし、システム搭載を前提としたモデルチェンジを行えば、当然、それ以外のエンジンとの組み合わせも視野に入るはず。実際、「パナメーラでは8気筒との組み合わせも可能」と、そんな開発陣からのマル秘の囁きも聞かれたりする。5年後のポルシェのラインアップには、当たり前のように、複数のハイブリッドモデルが揃っているかも知れない。
一方で、主にフィーリング上の問題から911やボクスター/ケイマンといったスポーツカーレンジのモデルには、そう簡単にハイブリッドシステムを用いることはないであろうと、ぼくにはそのようにも考えられる。いずれにしても、ポルシェには実はパワーユニットに関する短・中期的な戦略のシナリオというものが、すでにしっかりと描かれているように感じられる。(文:河村康彦/Motor Magazine 2007年10月号より)
ポルシェ911GT3 主要諸元
●全長×全幅×全高:4445×1810×1280mm
●ホイールベース:2355mm
●車両重量:1480kg
●エンジン水平対向6DOHC
●排気量:3600cc
●最高出力:415ps/7600rpm
●最大トルク:405Nm/5500rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:RR
●0→100km/h加速:4.3秒
●最高速度:310km/h
●車両価格:1575万円(2007年)
[ アルバム : ポルシェ911GT3、カイエンハイブリッド(プロトタイプ) はオリジナルサイトでご覧ください ]
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