もくじ
ー ラリーを血筋とする3台
ー 初日:素晴らしいオルメ半島
ー オールドスクールなアバルト124GT
ー SS:ティア・プリンス・レースウェイ競馬場
ラリーを血筋とする3台
今から遡ること1973年。その頃の英国はファッションはもみあげの毛が長く、シャツはタイトで、タバコはセクシーなアイテムだった時代。若い世代はモータースポーツに熱狂していた頃だ。日本でも「ジミー坊や」で人気を集めたリトル・ジミー・オズモンドの「リバプールから来た恋人」が全英チャートで1位を獲得し、デビット・ボウイはシングル「火星の生活」をリリースしていた。
同時に、ジャッキー・スチュワートはF1世界選手権で3度めの勝利を上げ、ラリーのトップレースがWRC、世界ラリー選手権として広く知られるようになった時代でもある。
初めてのFIA世界ラリー選手権(WRC)は、非常に美しいアルピーヌ・ルノーA110を生み出す。モンテカルロで開催されたレースでは、トップ10の内、6台がアルピーヌ・ルノーA110だったほど。年間を通じたアルピーヌの独占状態に割って入ったのは、BMW2002Tiiやサーブ96 V4、ダットサン240Zなどがあったけれど、アルピーヌを本当に脅かすことができたのは、フィアット124アバルト・ラリーとフォード・エスコートRS1600の2モデルだけだった。
そして今回は、ヒーロー的な歴史をともに有し、ラリーを血筋とする現代に蘇った3台を集め、ウェールズラリーでも使われるルートを巡ることにした。そのクルマの仕上がりは、現代のラリーシーンも映し出しているようにも思える。近年のWRCは、出場するクルマの注目を高めるためにも、ショー的要素が強い。WRC第11戦、ウェールズラリーはグレートオルメ半島の、付け根にあるスランディドノという町の、閉鎖された一般道で初めて開催される。
陽気で万国旗がたなびく、綿あめが似合うお祭りのような雰囲気になるだろう。WRCのレースカーが全力で走る中、英国の町並みとの対比がユニークなイベントになるに違いない。
今回のルートを見ていこう。グレートオルメ半島から、付け根スランディドノ町へ、そしてティア・プリンス・レースウェイ競馬場に向かう。さらに国道A525号から地方道B5381号へと下り、曲がりくねったB4501号へと足を進める。その後、国道A543へと入り、スノードニア国立公園に向かい、スレートマウンテンを目指す予定だ。
初日:素晴らしいオルメ半島
まずはフォードに乗って、グレートオルメ半島の断崖に伸びる道、マリーン・ドライブを舞台に、わたしが主催するラリーGBの第1ステージを開幕することにした。1973年のWRCでの活躍が伝説のように語られるDNAは、現代にもしっかり受け継がれているけれど、フォードはエスコートではなく、フォーカスへとモデルを変えてしまっている。
スリムなボディラインを描く現代のアルピーヌA110とアバルト124GTの中に、オレンジ色の荒々しく大きなボディが並ぶ。今回のクルマは限定のヘリテイジ・エディション。1973年式のエスコートの隣に2018年式のフォーカスRSが並ぶと、派手にヒーローが変身をするような、マーベル社の漫画のいち場面に見えるかもしれない。
1973年のWRC英国ラウンドでは、アルピーヌを持ってしても、エスコートRS1600に迫ることはできなかった。現代のフォーカスRSヘリテージエディションも、マリーン・ドライブのコーナーを、激しく切り込んでいく。まるで何かを必死に追い詰めるように。アルピーヌA110と0-100km/h加速は4.5秒と同値ながら、実際の様々な地形においては、この3台の中では最も速いクルマだと思う。
フォーカスRSは求めれば、炎のように激しい情熱を持ったクルマに変貌する。マウンチューン社のチューニングとクワイフ社のリミテッド・スリップデフを採用したヘリテージエディションは特に。実際、フォーカスはこの3台の中では、本物のラリーカーのような運転が可能。極めて積極的で、柔軟な4輪駆動によるハンドリングを持ち合わせている。
アルピーヌは、最も歴史的な結びつきが深く感じられる。おそらく数十年のブランドのブランクが、そうさせたのだろう。すでに4時間以上、400kmに渡ってアルピーヌに乗っているが、もっと乗っていたいと思える今回唯一のクルマで、これ以上素晴らしいドライバーズシートは他にないとさえ思える。
そしてグレートオルメ半島を囲む道は、比較的視界が良く、断崖絶壁にまとわるリボンのように、水平線へと続いている。ジェームズ・ボンドの映画のカーチェイスにピッタリのロケーション。でも、この険しい道でもアルピーヌはまったく怯まない。間髪を入れない軽快さを、ロータス以外のクルマで体験したのは初めて。すべてのコーナーを意識的にも操作的にも、路面に落ち着かせようとしても、それらを超越した鍵となる感覚が、A110の車重。まるでECUと自身の操作とが一体となっているかのように、軽量な車体が反応してくれる。
オールドスクールなアバルト124GT
それと対照的な位置にあるのがアバルト124GT。なんというか、直線の走りっぷりはオールドスクール。でも、グレートオルメのダウンヒルのコーナーを抜けて、WRCのラリーカーがドリフトしながらバックファイアをあげるであろうランナバウトを回ってみると、少し考えを改めた。
アルピーヌA110は、先祖はリアエンジンだったけれど、ミドシップで、ボデイはアルミニウム構造。現代的な設計と素材を用いて、1gでも軽くすることに努めている。フォーカスは、歴史的な繋がりを持たせているとはいえ、素晴らしい4輪駆動システムと電子制御技術が、まるで周囲環境に自身を順応させるカメレオンのように、路面に合わせてクルマを変化させる。いかにも現代的なクルマだと思う。
アバルト124GTはといえば、シンプルなモノコックシャシーに170psたらずの1.4ℓターボエンジンをフロントに搭載した、2シーターのマニュアル。屋根はファブリック製のソフトトップではなく、取り外し可能なハードトップに置き換わっている。このルーフが、124GTをスパイダーとは異なるクルマとしている点。素材は極めて現代的なカーボンファイバー製となる。
でも、このシンプルさがアバルトの魅力を生んでいる。手頃な価格の、コンパクトな後輪駆動のコンバーチブルを欲しいと思わないエンスージャストはいないはず。わたしもそのひとり。グレートオルメの付け根の街、スランディドノの込み入った道で、アバルトの魅力が引き立った。
頭の中の天使と悪魔が語りかけてくる。アクセルを煽って、刺激的なエグゾーストノイズを楽しむかどうか。といっても、懐かしく思えるレコードモンツァ・マフラーの美しい響きに、考えは簡単に傾くのだけれど。つまり、マツダ・ロードスターなら可能な、日曜日の朝に穏やかに走る楽しさは、124GTには備わっていない。アバルトのブランドイメージの通りのクルマ。クルマの成り立ちすべてが、アバルトにはうってつけ。ナスカーのサーキットのような、ダートの競馬場にも丁度いい。
SS:ティア・プリンス・レースウェイ競馬場
ティア・プリンス・レースウェイ競馬場は、ウェールズラリーGBのオープニングステージに用いられる場所。ラリーファンには、有名なドライバーが派手なジャンプやドリフトを決める様子を見に行ける絶好の機会となる。イベントもいくつか併催されるはず。
さながら、ウェールズラリーGB版、オリンピックの開幕式といったところで、見逃せないクルマは沢山あっても、退屈なプログラムはないはず。通常は馬具をつけた競走馬たちに占拠されているオーバルコースを、たとえ夕方のお祭り騒ぎがなくても、この3台で思いっきり走らせることは、これまでで一番楽しい仕事だった。
アルピーヌは別世界の完成度で、路面の状況に変わらず、完璧なバランスが充分なトラクションを得ている。高速道路に出る前に、このクルマの軽さには気づくとは思うけれど、トラクションがかかりにくい路面状況において、レスポンスやクルマの挙動に、車重の軽さがどだけ重要なのかを明確に感じることができた。
ステアリングは軽くスロットルレスポンスは正確で、デュアルクラッチATのレスポンスも鋭いから、まさにA110のイメージ通りのセッティング。スターバックスのドライブスルーから砂地に続く道まで、ドライビングを楽しめるに違いない。
それと対照的なのがアバルト124GT。他の2台とは異なる、やや癖のあるパワーデリバリーで、一般路面とは異なるドリフトしやすい路面においては、より活発な印象を受ける。そしてフォーカスRSは、他にはないほど力強く、安定している。2速のままスロットルペダルを踏んでおけば、コーナーでドリフト状態を保っておける。洗練されたゴリラというべきマッスルカーのようでもあり、圧倒的なヒーローのように振舞える。
ブラッシングされ出走待ちしている駿馬たちには悪いが、ティア・プリンス・レースウェイ競馬場のナイター照明に埃を沢山浴びせて、われわれは後にした。
後編へと続く。
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