クルマを題材にした映画の中でも、実際の出来事をモデルにした名作映画も多く製作されている。
それはかつてのメーカーの栄枯盛衰など題材にしたものもあるが、やはり燃えるのは実際のレースをモデルにして、当時の名勝負を再び見せてくれるものだ。
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今回は映画ライターの渡辺麻紀さんにル・マン24時間レースをリアルなカーアクションで再現した映画『フォードvsフェラーリ』の見所を紹介してもらおう。
文/渡辺麻紀、写真/ウォルト・ディズニー・ジャパン、Honda
【画像ギャラリー】ル・マンで激闘を繰り広げるフォードとフェラーリ!! 『フォードvsフェラーリ』を見る!!
■アカデミー賞4部門ノミネート!! 熱い男たちの戦いを描く
キャロル・シェルビー(マット・デイモン)とドライバーのケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)
2019年のアカデミー賞で作品賞を始め4部門にノミネートされ、音響編集賞と編集賞を受賞した『フォードvsフェラーリ』は、実話をもとにしたレース映画であり人間ドラマだ。
ベースになっているのは、イメージアップを計るフォード社が、1966年のル・マンの24時間レースで常勝のフェラーリを打ち負かしたという実話。フォードは、同レースで優勝した経験を持つ唯一のアメリカ人、キャロル・シェルビーを中心に特別チームを作って挑んだのだが、本作ではその顛末が描かれている。
シェルビーが選んだレーサーは偏屈だが腕はピカイチのケン・マイルズ。決して妥協しない彼と、そんなマイルズを嫌い、チームから外そうとするフォードの幹部の間に挟まれたシェルビーはあらゆる手を尽くす。
本作の見どころのひとつはここ。つぶしにかかる幹部(副社長のレオ・ビープ)の横やりを巧みな話術と力ワザで交わし、フォード社長からOKをもぎ取るその交渉術だ。
たとえば、副社長を部屋に閉じ込め、フォード社長をGT40に乗せ、シェルビー自身が運転して、その性能をダイレクトに体験させてみたりと、まさにあの手この手。夢の達成のためなら手段を選ばないこの男を、マット・デイモンが驚くほど魅力的かつ痛快に演じている。
一方、偏屈のケン・マイルズを演じる『ダークナイト』(08)等の演技派クリスチャン・ベイルは、生きることにはぶきっちょな車バカになり切ってみせる。
社会性に富んだ男と、社会性のまるでない男が“カーレース”で共鳴し合い、お互いを認め合うのだ。ビジネスを通り越した男たちのこんな熱い関係性を、ハリウッド映画で観たのは久しぶりだと思う。
■40分を費やして魅せるレースシーンは必見
最大の見所は40分にもわたるレースシーン。迫力の臨場感で息もつかせない
そして、最大の見どころはやはりレースシーン。デイトナ等も登場するが、もっとも重要でもっとも長尺なのがハイライトになるル・マンの24時間レース。このシーンだけでおよそ40分を費やしていて、シェルビーはピットでレオ・ビープの横やりを交わし続け、マイルズはひたすら車を走らせる。
疾走するレースカーを地面スレスレのカメラで追いかけ、クラッシュする車のその瞬間も容赦なく映し出し、車内にカメラを置き、ドライバーの緊張MAXな表情&見事なドライビングテクニックを捉える。その臨場感はすさまじく、ガソリンの匂いすらしてきそうなほどだ。
彼らがこだわったのは、デジタルのなかった時代のカーレース映画のようなリアリティ。スティーブ・マックィーンの『栄光のル・マン』(71)や、三船敏郎も出演していたレース映画の最高峰『グラン・プリ』(66)を参考にしたという。
もちろん、耳をつんざくような爆音やタイヤの軋音も効果バツグンで、さすがアカデミー賞音響編集賞受賞の仕事っぷりなのだ。
マンゴールドはこのル・マンシーンにこだわりぬき、当時のレース風景を可能な限り再現している。そのため実は5つのサーキットで撮影し、それを巧みに組み合わせて66年のル・マン会場を創り上げているのだ。オスカー編集賞のゆえんはこの辺にもあるのかもしれない。
映画ファンにとっては文句ナシの映画ではあるのだが、車ファンは、本作が施した変更がきになるようだ。事実とは違うじゃないかという点である。
たとえば副社長のレオ・ビープ。本作ではもっとも嫌われる悪役なのだが、実際は優秀なビジネスマンで、人望も厚かったという。
そういう映画的な変更を快く思わなかったらしいフォード社は結果、本作から距離をおくことにしたとも言われている。そのせいなのか、エンドクレジットには協力社としてフォード社の名前は記されていない。
■アポロ計画にも匹敵する資金規模にフォードの意地を見た
いくつかの史実との違いにフォードは映画から距離を置いたといわれているが、レースにかける思いには嘘も脚色もない
映画用のアレンジはそれだけではない。ル・マンで大活躍するフォードGT40の実質的設計者のエリック・ブロードレイの存在がまったく消されているのだ。
彼やGT40 のファンにとって、これは気に喰わないことのひとつと言われているが、実はさりげに登場しているのでチェックしてもらいたい。ケンの息子ピーターの部屋の棚には、ブロードレイのLolaT70レースカーのプラモデルの箱が置かれているのだ。もしかしたら。監督からのエクスキューズなのかもしれない。
そのフォードGTがスクリーンに初登場するのは、イギリスから運ばれてきたばかりの同車をシェルビーがマイルズに見せるシーン。マイルズはさっそくそのフォードGTを運転するのだが、これはGT40に変更されるまえの珍しいもので、映画ではレプリカを使っているようだ。
フォードはこのGT40の開発にとんでもない資金を投入し、その金額は当時、米国のアポロ計画と比較されるほどだったと言われている。
映画のなかでも、マイルズが奥さんに「1日200ドル+経費でオファーされた」というのだが、これを今の貨幣価値で換算すると何と1,620ドル、日本円にするとおよそ17万円。奥さんが唖然とするのも無理ない金額だったのだ。
■ハリウッドの一流映画人たちが手掛ける友情ドラマ
シェルビーやマイルズ以外にも、往年のレースファンならニヤリとするような人物が多数登場する
本作の企画は実は10年以上も前から始まっていた。
当初は『ヒート』(95)等のマイケル・マン(本作では製作総指揮でクレジットされている)で動いていて、その後はトム・クルーズの参加によって、『オブリビオン』(13)で手を組んだ彼のお気に入りでもあるジョゼフ・コジンスキーがメガホンを取り、ブラッド・ピットが共演するだろうという時期もあった。
最終的に監督となったジェームズ・マンゴールドは、ずっとこの企画の動向を探り続け、『LOGAN/ローガン』(17)の大成功と、予算を1憶ドル以下に収められるという条件でメガホンを取れることになったと言われている。
当初は群像ドラマ的な構成だったが、それをマンゴールドがふたりを軸にした友情ドラマに変えたのだ。今となれば、これ以外に考えられないし、デイモン&ベイルの組み合わせ以外もありえない。
ちなみに、マンゴールドの次回作は、あの『インディ・ジョーンズ』シリーズの第5作目。当初はスティーブン・スピルバーグの予定だったが、彼に代わってメガホンを取ることになった。スピルバーグとジョージ・ルーカスが認めた才能ということだ。
86年製ホンダ アコード。アメリカの俳優たちがプライベートでは日本車を愛してくれていると思うと嬉しくなってくる
最後に、公開当時のプレスに掲載されていたデイモンとベイルの初めてのマイカーについてのコメントが面白かったので紹介したい。
「兄から買ったグレーの86年製ホンダアコードだ。調子がよくて、近所の人たちが乗っていた車よりいいものだった。大好きな車だったよ」(デイモン)
「僕は古いビュイック。まるで戦車のようだった。運転が出来なくなった年配の女性から買ったんだ。今乗っているのはトヨタのタコマ・ピックアップ。修理の必要はないし、メンテもいらない。僕にはぴったりだよ」(ベイル)
ふたりは日本車のファンでもあるよう。日本人としてはちょっと嬉しいかも。
●解説
59年、米国人として初めてル・マン24時間レースで優勝したキャロル・シェルビー。しかし、心臓を患ってレースを禁じられカーデザイナーとして活躍していた。そんな彼にフォード社のリー・アイアコッカーが、フェラーリをしのぐ車を作り、ル・マンで優勝して欲しいという途方もないオファーをしてくる。
そのためには最強で最高のレーサーが必要だ。シェルビーはケン・マイルズに声をかける。監督のジェームズ・マンゴールドは自信作のときは、大学時代の恩師の名前をエンドクレジットの最後のSpecialThanksに記しているが、本作では二人の名前がある。
ひとりはアレクサンダー・マッケンドリック(『成功の甘き香り』(57))、そしてもうひとりはミロス・フォアマン(『アマデウス』(84))。ふたりの名前が並ぶのは珍しく、恩師たちも拍手を送ってくれるに違いない自信作だったのだ。
* * *
『フォードvsフェラーリ』
ブルーレイ発売中/デジタル配信中
(c) 2020 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.
発売/ウォルト・ディズニー・ジャパン
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みんなのコメント
ただ、公開初期に劇場で見た時は、なぜかエンツォフェラーリの話すイタリア語の部分に字幕が無かったため、氏の意向は演者の雰囲気で汲み取るしかなかった。
あの部分って結構重要で、結局どういう話をしたのかが気になっているのだが、セル版ではちゃんと翻訳されているのだろうか?
歴史ものとしては結構大胆な改編があるらしいけど、それを加味してもエンターテイメントとしてのクオリティが高い。でも、歴史ものだから、あの結末までは変えられない。それがまた独特の読後(視聴後?)感を生む。
モータースポーツ映画としては、久々の歴史に残る作品だと思う。