愛車を見せてもらえば、その人の人生が見えてくる。気になる人のクルマに隠されたエピソードをたずねるシリーズ第33回。前編は、俳優の宅麻伸さんがこれまで乗り継いできた30台以上のクルマのうち、免許取得から1990年台前半までの愛車を披露する。
初マイカーはホンダ
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俳優の宅麻伸さんは無類のクルマ好きだ。所属事務所のプロフィール欄には「趣味/車、オートバイ」と、記されているし、これまで所有したクルマも相当な台数。今回、取材のためにこれまでの愛車履歴を書き出してくれたが、そこに並んだクルマはじつに30台あまり。思い出せないものやごく短い期間所有したものを含めるとさらに増えるという。
「わりとパッと乗り換えちゃうほうなんだよ。(2~3年以内に乗り換えるので)車検を受けることは少ないかな」
俳優として40年以上のキャリアを持ち、数々のドラマ、映画に出演してきた宅麻さん。そんな大御所を前に緊張していた我々を、宅麻さんは気さくな語り口で和ませてくれる。
岡山県の南端、瀬戸内海に面した港町で生まれ育った宅麻さんは、三井造船の工場で働きながら定時制高校に通う勤労学生だった。生まれて初めてのクルマを手に入れたのはその頃だ。
「18歳になる誕生日の1カ月前から教習所に通って、免許が取れたらすぐクルマを買った。学校に行きながら働いていたからね。中古の黄色いホンダ『1300クーペ』。初めての愛車だから嬉しくて、いろんなところに出かけたよ」
ホンダ1300は、当時のトヨタ「カローラ」や日産「サニー」の対抗モデルとして、それまで二輪と軽自動車しかなかったホンダが初めて送り出した普通乗用車だ。1969年にセダンタイプが発売され、翌1970年にクーペが追加。宅麻さんが乗っていた2ドアクーペはスポーティなスタイルで当時の若者から人気だった。
このホンダ1300を皮切りに、宅麻さんの愛車遍歴がスタートする。次に乗ったのは、特徴的なリヤウインドウのデザインで“水中メガネ”という愛称で呼ばれた初代ホンダ「Z」。さらに三菱の2ドアクーペ「ギャランGTO」に乗り換えた。
「本当は『GS-R』というグレードがよかったんだけど、高くて買えなかった。だからスタンダードを手に入れて、自分でバネ(サスペンションのスプリング)を切ってシャコタンにしたりしてイジったけど、乗り心地が悪くなっちゃってまいったな。いま考えるとメチャクチャやっていたけど、まぁ時代だよね(笑)」
ギャランGTOは当時のアメリカンマッスルカーをギュッとコンパクトにしたようなファストバックスタイルのクーペで、トランクリッド後端が跳ね上がったダックテールが特徴だった。GS-Rはその最上位グレードで、前後にオーバーフェンダーを備えたレーシーな外観を売りにしていた。
東京でのカーライフは中古のポルシェから地元・岡山でカーライフを謳歌していた宅麻さんだったが、19歳のときに転機が訪れる。役者を志して上京することになるのだ。東京ではアルバイトで生活費を稼ぎながら役者修行の日々。もちろんクルマを所有する余裕はなかった。
その後、精悍なマスクと演技力により、宅麻さんは着実にチャンスを掴んでいく。1979年、23歳のときTBSドラマ『新・7人の刑事』でデビュー。1981年にはNHK大河ドラマ『おんな太閤記』で石田三成役に抜擢される。人気俳優として歩み始めた宅麻さん、上京して以来、初めてマイカーを購入する。
「中古のポルシェ『924』を買ったんだ。知り合いから勧められてね。数年ぶりの愛車だし、なんといってもポルシェだし、嬉しかったよね。 “それはポルシェじゃない”なんて言われたりもしたけど気にならなかった。マニュアルシフトで一生懸命乗っていたよ」
ポルシェ924は1975年に登場。フロントエンジン、リヤドライブのレイアウト、フラットなボンネットにポップアップライトを備えた本格的スポーツカーだったが、エンジンはアウディ製で、各部にもフォルクスワーゲンやアウディのパーツを流量していたため、「本物のポルシェではない」と揶揄する人もいたのは事実だ。だがその後の「944」や「968」といったモデルの礎となった924は、商業的にもポルシェに大きな成功をもたらした。
宅麻さんの愛車履歴メモを見ると、ここからマセラティ、サーブ、フォード、シボレー、ジャガー、メルセデス、BMW……と、まるで世界の自動車ブランドを制覇するかのような勢いで車名が並ぶのだが、これには理由があった。
「当時、目黒通り沿いにあった自動車屋と仲良くなってね。その店にしょっちゅう行くようになった。そこで気になるクルマを見つけると、そのとき乗っているのを下取りに出して買い替える。そうして1~2年ほどのスパンで乗り換えるパターンができていたんだよ」
ちなみに、宅麻さんの記憶によれば当時、以下のクルマに乗っていたという。これらは車歴のなかだと“ほんの一部”だからすごい。
・三菱「パジェロ」(初代)
・マセラティ「スパイダーザガート」、「シャマル」
・サーブ「900カブリオレ」(初代)
・フォード「エクスプローラー」(初代)
・メルセデス・ベンツ「SL500」(4代目)
・BMW「740i」(3代目)、「850i」(初代)
・シボレー「ブレイザー」
このうちパジェロは、同社の「ミニカ」(4代目)の広告に出演した縁で購入したという。
「当時、パジェロは人気があってなかなか買えなかったから、三菱にお願いして融通してもらったんだよね」
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「1台はポルシェ924のあとに乗っていたダットサン『フェアレディ2000』。実はこれは自分のクルマじゃなくて、知り合いから借りていたんだけど、1年ぐらい乗っていた。運転が楽しいクルマで、見た目もオシャレでね。欲しくて欲しくて、『譲ってほしい』と、何度もお願いしたんだけど、ダメだったね」
ダットサン・フェアレディは後のフェアレディZの源流となるオープンスポーツカーだ。1962年に登場し、宅麻さんが乗っていたフェアレディ2000(SR311)は1967年に追加された。最高速度205km/hを誇る高性能車で、数々のレースでも活躍した。
じつは地元・岡山でもこのS R311に乗っている先輩がいて、ときどき乗らせてもらっていたそうだ。宅麻さんがずっと憧れていたフェアレディだったが、所有することは叶わなかった。
今回撮影のために用意した赤いフェアレディも2.0リッター4気筒にソレックスのツインキャブレターを備えた1969年式のS R311だ。運転席に座った宅麻さんは、「あれ、こんなに小さかったかな」と、記憶の中のフェアレディとの違いに驚きながら、懐かしそうにシフトレバーを操作していた。
「ずっと憧れていたクルマだけど、結局手に入れることはできなかったなぁ」
宅麻さんが忘れられないもう1台のクルマ、そして現在ハマっているカーライフの話は後編で。
宅麻伸(たくましん)1956年生まれ、岡山県出身。社会人を経て、俳優天知茂に師事し、天知が主演する『江戸川乱歩の美女シリーズ』に出演し、俳優の道へ。1979年、テレビドラマ『新・七人の刑事』に出演し正式デビュー。『課長島耕作』『法医学教室の事件ファイル』シリーズ、『勇者ヨシヒコと魔王の城』など代表作多数。
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文・河西啓介 写真・安井宏充(Weekend.) ヘア&メイク・奈良裕也 スタイリング・黒田匡彦 編集・稲垣邦康(GQ)
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