今季からハースF1のチーム代表に就任した小松礼雄。彼が率いるチームの新時代は、ポジティブな形で幕を開けた。実際、小松代表は、前任者であるギュンター・シュタイナーが成し遂げられなかったことをやってのけたのだ。
「今年行なったいくつかのアップデートは機能した。マシンにアップデートを投入して速くなったのは、ハース史上初めてのことだ」
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そうぶっちゃけたのはケビン・マグヌッセン。ハースで長いキャリアを積んでおり、今年限りでチームを去ることが決まっているものの、実際にどれだけチームが前進できたのかを知っているはずだ。
マグヌッセンのコメントは、小松代表にとってはむしろ好都合とも言えるかもしれない。小松代表の就任から約半年、ハースは2016年にF1に参戦を開始して以来、最も大きな進歩を果たしたという評価を受けているのだ。
昨年、レースではタイヤのデグラデーション(性能劣化)が激しく、ライバルに太刀打ちできなかった。その結果、年末には前チーム代表のシュタイナーが解雇され、ハース内部では2024年シーズンがさらに酷いモノになるのではないかと危惧されていた。そのことを考えると、2024年シーズンの好調ぶりはかなりのサプライズだった。
ニコ・ヒュルケンベルグがハースを牽引し、マグヌッセンもペナルティを受けながらチームメイトをサポートしたことで、サマーブレイク突入時点でハースは計27ポイントを獲得。マグヌッセンはペナルティポイントの累積によりアゼルバイジャンGP出場停止となってしまったが、それでもコンストラクターズランキングは昨年から3ポジションアップの7番手で、6ポイント差のRBを追っているという状況だ。
シーズン前の期待と不安
motorsport.comとしても、2024年の開幕が近づいた1月のとある1日、ハースのヨーロッパ拠点があるイギリス・バンブリーの地味な団地を歩いている時は、そんなことになるとは想像ができなかった。
コーヒーを片手に、新たなハース代表を知ろうと招待されたその日の午後は、多くの期待とは裏腹に、その時点ではほとんど何も見えてこなかったというのが実情だった。
小松代表は自身が目指すチーム代表のビジョンを説明したが、イタリア・マラネロにあるハースのデザインオフィスにいるマネージャーたちとまだ話をしていない段階で、具体的な内容には触れようとしなかった。
それはむしろ小松代表にとって、好都合なことだった。この最初の時点から、ハースは大きな変化を迎えたことは明らかだった。小松代表はシュタイナー前代表のようになるつもりはなかったのだ。
シュタイナー前代表のように、小松代表がNetflixのF1ドキュメンタリー『Drive to Survive』に数分おきに登場することはないだろう。とはいえ、ハース代表に相応しい(?)悪態をつくこともあり、Netflixはここ最近、来季ハースからF1フル参戦を果たすオリバー・ベアマンの記者会見に毎度参加している。小松代表も、F1との契約上の義務もあり、何らかの形でNetflixのシリーズに登場するのは間違いないだろう。
アピアランスという面以外でも、ハースはこれまでとは異なるアプローチを取ることとなった。小松代表は既存のリソースを活用し、これまで以上のことができると何度も強調してきた。これはチームオーナーであるジーン・ハースが昨年のクリスマスに、シュタイナー前代表との契約を更新しなかったことについて語ったのと全く同じ意見だ。
ミーティングの内容から、小松代表がジーン・ハースに対してチーム改善のアイデアを働きかけていたことは明らかだったが、シュタイナーをチーム代表の座から引きずり下ろそうとしたということは否定された。小松代表は「短期的なビジョン、中期的なビジョン、長期的なビジョン」と漠然と語り、具体的に説明したのは2024年が「過渡期」であるということだけだった。
チーム改革は会話から始まる?
夏の到来と共に陽気がハースを包む今、チーム代表としての最初の半年を過ごした小松代表の、期待以上の結果を残すための謙虚さがいかに光り輝いたかを振り返ることができる。
小松代表に話を聞くことができたのはイギリス・シルバーストン。ベアマンがハースから2025年にF1フル参戦を果たすことが発表された直後で、エステバン・オコンが来季ハースでドライブするという発表も間近に迫っていた。ヒュルケンベルグが来季からザウバー/アウディに移籍することはハースにとって痛手だったとはいえ、ドライバー変更はチームが過渡期にあることを明白に示している。
インタビューの中で小松代表は、自身がハースをどう変えていったのかを語った。チーム改革は、オーナーに単刀直入に語ることから始まった。
「我々は『OK、ジーンは表彰台獲得を望んでいる。表彰台が獲れることを願おう』とは言えません」
小松代表はそう語った。
「そうではなくて、『どうやってたどり着くか』と計画しなければいけません」
「一朝一夕にはたどり着けません。2年以内に行くこともできません。戦略を立てる必要があります。それはチーム内コミュニケーションにも通じます」
「たとえ7~10年のことであっても、いつまでに何を達成したいのかを明確にしておけば、『我々が目指すのはここだ』ということをみんなが理解していれば、多少の不備や理想的でないことも我慢できます。我々が立ち止まっている訳にはいかないことを、誰もが知っていますからね」
「時間を無駄にしないためにも、こうしなければいけませんよね? 繰り返しになりますが、ビジョンとコミュニケーションに繋がることです」
小松代表の働きかけと、それに応えたハース
小松代表は1月のミーティングで、少なくともこの最後の部分は明らかにしていた。しかし短期的な計画から中期的、長期的なプランまで、ビジョンを実現するための重要な部分については、説明しなかった。
その部分に含まれているのが、ハース・オートメーションのCEOであり、38年間ジーン・ハースの右腕として働いてきたボブ・マレーを、小松は代表に就任してすぐにバンブリーの本拠地に招き、その後も定期的にレースへ呼んだことだ。
こうした働きかけが2024年の小松代表とハースの両者にとってどれほど役立ったか、という質問に対して、小松代表はまず「非常に大きいです」と答え、シュタイナー前代表の時代に上手くいかなかった原因について説明した。
「私の戦略は、ボブやジーンといった人物を味方につけることでした」と小松代表はそう語った。
「彼らを巻き込んで、F1で成功するためには何が必要なのかを理解してもらうんです」
「以前の戦略は逆だったかもしれません。しかし、私の戦略は初日からこうです。もしオーナーが現実を理解していなければ、到達不可能な結果を想像するだろうから、当然イライラするはずです」
「しかし彼の期待に応えるためには、F1で成功するために必要なことをもっと理解してもらう必要がありました。ボブはそのための重要な役割を担っています。それは素晴らしいことですし、私が本当に嬉しく思っているのは、彼が私と契約した時にその約束もしてくれたということです」
「彼は『アヤオ、私は君をサポートする。君と働くよ』と言ってくれました」
「彼が来る度に、我々が何をしようとしているのか、どんなことに直面しているのかを理解してくれます。(ダブル入賞を果たした)オーストリアには、ジーンとボブが一緒に来てくれました」
「素晴らしいことでした。ジーンとボブ側から、我々の親会社のコミットメントが示されました。ボブは100%、行動でそれを裏付けています。本当に感謝しています」
前年のVF-23に比べ、レーススティントでの予測可能性が向上した今年のVF-24と、ロングランでのテストで研究されたセットアップ、そしてデグラデーションを考慮したドライバーの走りによって、チームはジーン・ハースとマレーに対して具体的な“小さな1歩”を示すことができた。
あえて”待つ”という選択が投資を引き出す
シュタイナー前代表はチーム経営陣に新たな投資を求め、それが理由で最終的に解雇へと繋がった。一方で小松代表は、投資をオーストラリアGPの後まであえて待つことで、自身が求めていたモノを手に入れた。
それは小松代表が言うところの「ハースF1チーム史上かつて見たことのないような大々的なリクルート活動」だ。
ハースはこれまで300人ほどの規模だったが、新規採用によって人員が10%増えることになる。おそらく、これが未だ説明のないトヨタとハースの繋がりに関係しているのだろう。
今年のル・マンでは小松代表がトヨタの世界耐久選手権(WEC)チームを訪れ、イギリスGPでは友人としてTOYOTA GAZOO Racingの加地雅哉ゼネラルマネージャーがハースのガレージを訪れた。トヨタは若いエンジニアを育てるために、モータースポーツを重視しているのだ。
そして小松代表主導のリクルート活動からは、ジーン・ハースがどれだけ信頼を寄せているのかを思い知ることができる
「メルボルンの後、私は基本的に昨年不採用となった人材全員と接触しました」と小松代表は説明した。
「予算(制限)の時代において『このくらい……基本的には30~35人くらいが最優先です。本気で業績を上げようと思ったら、今からこういう採用をしないといけませんよね?』と話しました。そう彼らに提示しました。そうしたら、彼らは基本的に『イエス』と言ってくれました」
「もし半分しか承認されなかったら『それは良くない。真剣さが足りない』というメッセージになってしまうという意味で、私は少し心配していました。でも正直なところ、ジーンは『いいよ、全部やれ』と言ってくれました。つまり、ジーンは小さな進歩を見ています」
「もちろん、ジーンが望んでいるのはそこではありません。彼の野望はもっと大きなモノです。しかし我々が得たモノに対して、彼はその採用意欲を認めるのに十分なモノを見ています。だから素晴らしかったです」
インフラ面でも投資を獲得
またハースがF1グリッドに就いてからの9年間、ガラスの日除けを延長しただけのモーターホームに代わる新しいモーターホームの導入も承認された。しかし、もっと大きな変化も起こっており、ハースのコース上でのパフォーマンスにも大きな影響を及ぼすかもしれない。
motorsport.comの調べでは、ハースは現在、F1デザイン施設にあるツールの大幅なアップデートを計画している。これはチーム史上初めてのことで、シュタイナー前代表の時代にこのような投資を求められては断られていたことを考えれば、大きな変化だ。
「モチベーションを維持するのが難しいんです」
1月のAutosport Internationalで小松代表はそう語っていた。
「決して諦めないから、常に挑戦します。トライはしますが、ある時点で戦いから外れ、遠く離されていることが明らかになります。周りと自分たちを見て、『長い間、他の人たちがどこへ向かっているのかを見ながらプッシュしてきた』と思うようになります」
小松代表が示唆したのは、2021年に予算制限レギュレーションがF1に導入された際、シュタイナー前代表が他のチームと同じように、ファクトリーキットなど上限が適応されない分野への投資を求め始めていたことだ。
しかしF1での成績向上やオーナーからの支援だけが、小松代表時代のスタートにおけるポジティブな要素ではない。ハースの平均ピットストップ時間は、2023年の4.2秒から2024年には3.2秒に短縮されているのだ。
ただその理由は、ピットストップの改良キット投入ではなく「人間のパフォーマンス」だと小松代表は説明した。
「昨年、我々は大きな1歩を踏み出しました」と小松代表は語った。
「シーズンを通してどんどん良くなり、今年もその調子が続いています」
「理由はひとりひとりの一貫性です。もちろん、一貫したリーダーがいますが、昨年の初めから同じグループのメンバーがピットストップを主導しています」
「昨年はクルーの大幅な入れ替えがありましたが、今年はほぼ同じメンバーでやっています。リーダー陣が同じであれば、戦略も明確ですし、ひとりひとりの一貫性を保つことができます。それら全てが助けになっています」
2025年も好調を維持できるか?
ただ2025年は小松代表たちにとって厳しい状況が待ち受けていることは確かだ。
現行レギュレーションは終わりに近づき、各チームとも開発リソースを新時代が幕を開ける2026年に向けて振り分ける必要があるというプレッシャーに晒される。ハースの直接のライバルであるウイリアムズやアルピーヌは、その間に多くの利益を得ることができるかもしれない。
アルピーヌは2024年に行なったような技術部門の大改革を再び実施することは考えられない。ただ自社製パワーユニットを捨てて他メーカーのカスタマーになることを目指すこのチームが、再びつまずく可能性はある。一方でウイリアムズが設計プロセスにアップデートを投じたことを考えると、相対的にラップタイムを稼ぐことができる可能性は十分にある。
そしてハースは、ルーキーであるベアマンを起用する2025年にポイントをコンスタントに稼ぐことは難しいと予想される。また全体的な組織規模の小ささを考えれば、リクルート活動も一筋縄ではいかないだろう。
しかし小松代表は、1月の寒い日に示唆していた“調和のとれたサイクル”にハースを乗せることができたと考えているようだ。
プロセスやコミュニケーションに手を加えることで、小松代表はジーン・ハースから投資を引き出すことができた。さらに小さな改良を重ね、新しいスタッフを集め、最終的にマシンを速くすることに寄与することができるかもしれない。
イギリスGPでハースは、マクラーレンスタイルのサイドポンツーンを投入し、フロアやウイングミラーに修正を加えた。以前のアップデートはもっと小規模のモノだったが、チームは着実に改善の兆候を示していた。
「我々が持っているモノを最大限に活用し、効率的かつ透明性を持ち、オープンな姿勢で、ポジティブな軌道に乗ろうとしていました」と小松代表は語った。
「正直なところ、(ハースにある既存のモノ)全てを使えば、スポーツ的にもっと上手くやれると確信していましたからね」
「今、我々はそれを証明しつつあります。そうすればポジティブなループに入ることができますし、それが今起こっていることです」
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