名機なくして名車なし。昭和生まれの高性能エンジンを紹介してきた短期連載もいよいよ最終回。そのトリを飾るのは、日産自動車が誇る伝説の名機「S20」だ。わずか4年余の短い生涯ながら今も語り継がれる名機を振り返る。
「R380」に搭載されたGR8型のDNAを受け継ぐ闘うためのエンジン
1969年2月、3代目GC10型スカイラインGT-R(PGC10型)に初めて搭載された伝説の名機がS20型だ。レーシングプロトR380の心臓部であるGR8型DOHCエンジンのノウハウを投入して開発されたことが知られている。そもそも、その誕生の経緯からして巷の量産エンジンとは異なっていたのだ。
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S20型が初めて搭載された初代GT-Rは発売の前年、1968年10月に開催された第15回東京モーターショーで初めて一般公開されている。その時の車名は「GT-R」ではなく、「スカイライン2000GTレーシング」。すでに「スカG伝説」が誕生して時間は経っていたが、公開された新型スカイラインは先代までのDNAを継承し、レース参戦を前提に販売される特別なクルマであることを強烈にアピールしていた。
特筆すべきは、車名の下に「R380用エンジン搭載車」の文字が躍り、その近くにはGR8型DOHCが展示されていたことだ。実際に展示車のボンネットの下に収まっていたのは(発売時に)S20型と命名される新開発の2リッター6気筒24バルブの新開発DOHCだったわけだが、R380用~というキャッチフレーズのとおりGR8型で得たノウハウを全面的に取り入れた、闘うために生まれたエンジンを搭載していることを暗示していたのだ。
S20型の基本は7ベアリング・クランクシャフトを持つサイドボルト式鋳鉄シリンダーブロックの直列6気筒。その技術的なハイライトは、アルミ製シリンダーヘッドの燃焼室を多球形とし、そこに挟み角60度で吸排気バルブ各2個を配置する4バルブDOHCのメカニズムを、国産車で初めて量産エンジンに採用したことだ。今となっては当たり前の4バルブDOHCだが、当時は本場欧州の高性能スポーツカーでも2バルブDOHCだった。ゆえに完全なレーシングメカニズムであり、公道を走るクルマにはほとんど搭載例がなかった時代だ。この世界でも稀な先進のDOHCがスカイラインに搭載されて世に出たときの衝撃たるや凄まじく、日本中のクルマ好き、レース好きの話題を独占したのも無理はない。
もっともS20型はR380に搭載されたGR8型と同一ではない。たとえばGR8型のボア×ストロークは82×63mmだが、S20型のボア×ストロークは82×62.8mmだ。これは製造誤差によって2Lを超えないための措置と言われる。またGR8型はカムシャフトをギア駆動していたが、S20型ではチェーン駆動となり、高回転域で発生するチェーンの伸びやギアの騒音を軽減するためダブルローラーチェーンとアイドラーギアを併用した2段減速としている。一方では、バルブの駆動にGR8型と同じくロッカーアームを介さないリフター直動式を採用した。さらに点火装置もGR8型と同じくフルトランジスタ式を採用するなどの共通点も多い。
燃料供給装置には三国工業製ソレックス2チョークの40PHHキャブレターを3基装着。GR8型ではウエーバー製だったが、イタリア本国とのやりとりに時間がかかるなどのデメリットがあり、ソレックスをライセンス生産していた三国工業製を採用したと言われる。
排気系にはエキゾーストマニフォールドにステンレス製等長タコ足を採用して排気効率をアップするなど、レースからフィードバックされた技術がふんだんに盛り込まれた。さらにシリンダーヘッドのポート研磨や組み立てを熟練工の手作業で行い、組み上がったエンジンは1基ずつベンチで出力が計測されて誤差はプラスマイナス5psに抑えられたという。市販車用エンジンでは考えられない高精度を誇っていた。
これら当時の国産車事情を考えると異例とも言うべきスペックと工数を与えられたS20型は、マニアのあいだで「R380用エンジンGR8型のデチューン版」として伝説的な存在となった。市販型の最高出力は160psに抑えられたが、キャブレターをレース用オプションの44PHHかウエーバー45DCOEに交換し、カムシャフトを高速型に交換すれば、200ps程度まで簡単に出力アップする高性能エンジンだった。ちなみに最終型のレースエンジンでは各部の専用チューニングにより1万2000回転で265psを誇った。
ファンの期待に十分以上に応えた悲運の名機
この高性能エンジンは前述のとおり、1969年2月にまず代目スカイラインに搭載されてデビュー(PGC10型)。次いで同年秋には新型スポーツカー、S30型初代フェアレディZの最上級グレード「フェアレディZ432(PS30型)」にも搭載された。さらに1970年にはPGC10型のホイールベースを70mm短縮したスカイラインハードトップ2000GT-R(KPGC10)を発売。レースでの活躍はここで改めて触れる必要もないだろう。
こうして大活躍したS20型だが、ある人によれば誕生したまさにその時から「終わりの始まりを」を迎える悲運のエンジンだったという。破竹の49連勝(国内レース50勝)をあげたC10型スカイラインだったが、次世代のKPGC110型“ケンメリ”GT-Rは実際にレースに出場することなく、わずか197台が生産(※諸説有り)されるにとどまった。
S20型エンジンがなぜ短期間で生産を終了させねばならなかったのか。よく言われるのは「厳しくなる一方の排出ガス規制に対応するのが難しかった」「排出ガス対策用の触媒を装着するとS20らしい性能が出せない」など排出ガス規制への対応である。もちろんそれも関係はあるのだが、最大の理由は「世相」だったというのが真相だろう。1973年10月に勃発した第一次オイルショックが勃発、当時のマスコミは「レースなど石油の無駄遣いだ」とモータースポーツをやり玉に挙げて世論を形成したのだ。
それを受けて、日産もトヨタもワークス活動を大幅に縮小せざるを得なくなっていた。当時を知る関係者は「三元触媒を使用してもS20は十分にそのポテンシャルは発揮できた」と証言しており、技術的な課題に直面したからではなく、今で言うところの“コンプライアンス”的な事情がS20型を生産中止に追い込んだのである。またマスキー法をクリアするため、日産開発部隊の多くが低公害エンジンの開発部隊に送り込まれて、(GT-Rの開発を継続するための)マンパワーが不足していたという事情もある。歴史にもしもは禁物だが、オイルショックさえなければ、S20型はまた違った道を歩んでいたかもしれない。
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