F1グランプリで屈辱的な結果が相次ぐメルセデスの弱点をモータージャーナリストの赤井邦彦が解説する。
問題は“ロングホイールベース”
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2021年F1グランプリは先のアゼルバイジャンGPで第6戦を終了したが、第5戦モナコ、そしてアゼルバイジャンのレースを制したのは共にレッドブルのドライバーだった。モナコはマックス・フェルスタッペンが、アゼルバイアジャンはセルジオ・ペレスが宿敵メルセデスを蹴散らした。今年も常勝が続いて8度目のチャンピオン・タイトル獲得が確実視されていたメルセデスのルイス・ハミルトンは、モナコ7位、アゼルバイジャンは15位という屈辱的な結果に。まだシーズンが4分の1しか終わっていないとはいえ、今年のグランプリは例年以上に熾烈な戦いに突入、ハミルトンもうかうかできない状況になってきた。
モナコ、アゼルバイジャンの2レースが激戦になった理由はふたつある。ひとつはこれまで飛び抜けて強かったメルセデスと、それを追うレッドブルのクルマの性能が接近、コースの形状によればレッドブルの方が明らかに速くなった点だ。特にモナコやアゼルバイジャンといった公道コースではレッドブルがメルセデスを圧倒している。もうひとつは今年のクルマとタイヤの相性の変化だ。昨年までのメルセデスはハミルトンのドライブで、おそらくタイヤの性能の100%以上を引き出すことができていたように思う。ところが今年に入って変化があった。理由はメルセデスの設計コンセプトが変わり、ロングホイールベースになった点だ。ロングホイールベースは直線の最高速は高いが、タイトコーナーでは回頭性の悪さからどうしても遅くなる。それは、減速時にフロントへの荷重のかかりが遅くなり、タイヤ温度の上昇が遅れるからだ。するとグリップ性能が低下し、コーナーの回頭性が悪くなる。
では、メルセデスはこれまでその弱点をどうやって克服してきたのか? それがオーバーカットというレース作戦だ。それは、多くのドライバーがタイヤ性能の限界を感じて交換にピットインするのを横目にメルセデスは走り続ける、というものだ。ライバルよりも10周も、それ以上も、古いタイヤのまま走り続ける。もちろんそれまでタイヤを労りながら走って来なければならないが、ハミルトンのタイヤ・マネージメント能力は突出して優れており、これまで何度もこの作戦を成功させているのだ。ピットインせずに古いタイヤで走り続け、ライバルに対して巨大なマージンを築いた上でやっと新品タイヤへの交換にピットへ入るのだ。そうすれば、レースに戻った時点でも余裕を持ってトップを走ることができるという寸法だ。
ところが、モナコ、アゼルバイジャンに関してはことはそううまくはことが働かなかった。このふたつのコースはタイトなコナーがいくつも続き、ロングホイールベースのメルセデスにとれば走りにくい。そこを無理して走ろうとすると、フロントタイヤの摩耗が予想以上に激しくなり、ますますタイムは低下する。モナコでの予選ではハミルンは7番手、決勝レースでも結局アルファタウリのピエール・ガスリーを抜ききれず、7位に終わっている。おまけにチームメイトのバルテリ・ボッタスは、タイヤ交換の際にホイールが外れなくなり、早々にリタイアしている。
モナコを制したのはハミルトンとタイトル争いをするレッドブルのフェルスタッペン。メルセデスに比べてタイヤに優しい車体と、メルセデス同等かそれ以上の出力を可能にしたホンダ・エンジンのおかげで、圧倒的な強さでモナコを制した。ドライバーズ選手権ポイントでもハミルトンを1点上回り、選手権をリードする。
ふたりの戦いのほかに注目されたのが復活したかに見えるフェラーリ。地元モナコ出身のシャルル・ルクレールがポールポジションを獲得する速さを見せたが、決勝レースはトラブルでスタートできなかった。代わりにチームメイトのカルロス・サインツJr.が2位に入賞したのはアッパレだ。3位は激しい中団攻防戦を勝ち抜いたマクラーレンのランド・ノリス、4位以下にレッドブルのセルジオ・ペレス、5位にアストンマーチンのセバスチャン・ベッテル、6位にガスリーと続いた。
2週間後に行われたアゼルバイジャンGPはモナコ以上に劇的なレース内容だった。波乱は予選から起こった。ルクレールがトップタイムを出した後、フェルスタッペンがポールポジションを狙ってアタックを開始した周、久しぶりにQ3に進出したアルファタウリの角田裕毅がクラッシュ、予選はそこで赤旗終了となり、フェルスタッペンの夢は破れた。結局タイミングよく好タイムを記録したルクレールが2戦連続ポールポジションを獲得した。2番手にはモナコの不調から脱出した感のあるハミルトン。それでもタイヤ温度上昇には手を焼いており、レースは簡単ではなさそうだ。3番手はフェルスタッペン。
スタートではハミルトンがルクレールを交わしてリードを奪い、その後ろにはフェルスタッペンが続いた。ポールポジションのルクレールはアドバンテージを生かせず、ずるずると後退した。レースの雌雄を決したかに見えたのは最初のピットストップ。ハミルトンは11周目にタイヤ交換にピットに入ったが、レースに復帰しようとした時にガスリーが飛び込んできて接触を避けて一瞬ストップ、4秒5ものタイムを費やした。翌周ピットへ入ったフェルスタッペンは2秒5。さらに次の周にピットへ入ってきたペレスはわずか2秒。これで完全に流れが変わった。一連のピットストップが終了した時点では、フェルスタッペンがトップに上がり、ペレスが2番手、ハミルトンが3番手に落ち着いた。メルセデスはここではオーバーカット作戦を駆使できなかったのだ。
ハミルトンの操作ミス
レースはこのまま終焉を迎えるのかと思われたが、この先に二転三転のドラマが用意されていた。まず、30周目にランス・ストロールのアストンマーチンが左後輪のバーストでクラッシュした。それだけでは終らなかった。それから16周後、今度はトップを走っていたフェルスタッペンのタイヤがバーストしたのだ。ストロールと同じ左後輪。共に300km /hを超える速度でのバーストで、ふたりのドライバーが無傷だったのは奇跡だ。これでフェルスタッペンは目の前にぶら下がっていた勝利をみすみす逃がしてしまった。続けて起こったタイヤ・トラブルにピレリはてんやわんや。早速、コース上のデブリを拾ったのが原因と発表したが、フェルスタッペンは、「彼らはいつもそう言う」と突き放した。当事者チームをはじめ多くのチームから不満が爆発、ピレリは再調査を約束した。フェルスタッペンの事故でレースは赤旗中断したが、その間にハミルトンのタイヤにも7センチの亀裂が入っていたことが判明している。
さて、レースはどうなったか。赤旗中断した時点でレースの残り周回数は2周。この時点でレースは終了かと思われたが、主催者は再開を決断して、わずか2周の“ミニ・プリ”が開始された。レース中断時点での順位はペレスがトップ。ハミルトン、ベッテルが続く。再スタートでトップを奪ったのはハミルトン……と思いきや、第1コーナーへの飛び込みで彼のメルセデスはは曲がりきれずに直進、すかさずペレスがトップを奪う。こうして僅か2周のレースはあっけない終焉を迎えた。ペレスの後ろにはベッテルが続き、ガスリー、ルクレール、ノリス、フェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)、角田が並んだ。ペレスにとればレッドブルでの初勝利。ベッテルは久しぶりの表彰台だった。角田は最終ラップ寸前まで5位を走行していたが、最後の最後にノリスとアロンソに抜かれて7位。悔しさに顔が歪んだ。
最後にハミルトンのミスを解説すると、ブレーキマジック・ボタンの操作ミス。このシステムはウォームアップ中にフロント・ブレーキにバイアスをかけ、発熱したリムでフロントタイヤを温めるためのシステム。スタート前のフォーメーションラップやセーフティカーの後ろを走る時にはこのシステムを作動させ、フロントに86%のバイアスをかける。そうすることでフロントタイヤの温度を上げておくのだ。しかし、レーススタート時にはブレーキマジックはスイッチを切ってオフにしておかなければいけない。ハミルトンは間違えてそのスイッチをどこかで入れてしまったのだ。そのせいで過剰なバイアスのかかったフロントタイヤは1コーナーへの進入時のブレーキングでたちまちロックしてしまい、ステアリングを切ってもクルマは曲がってくれなかったという次第。それさえなかったら、おそらくハミルトンがペレスを押さえていたはず……といっても後の祭りだ。レースに戻ったハミルトンは15位・無得点でゴールした。公道コースに弱いというメルセデスのジンクスは、今回も拭い去ることができなかった。
PROFILE
赤井 邦彦(あかい・くにひこ)
1951年9月12日生まれ、自動車雑誌編集部勤務のあと渡英。ヨーロッパ中心に自動車文化、モータースポーツの取材を続ける。帰国後はフリーランスとして『週刊朝日』『週刊SPA!』の特約記者としてF1中心に取材、執筆活動。F1を初めとするモータースポーツ関連の書籍を多数出版。1990年に事務所設立、他にも国内外の自動車メーカーのPR活動、広告コピーなどを手がける。2016年からMotorsport.com日本版の編集長。現在、単行本を執筆中。お楽しみに。
文・赤井邦彦
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インラップの速さでハミルトンをオーバーカット出来たんです