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“スポーツシティ”として経済効果を上げるタイ・ブリーラム。仕掛け人に聞くその狙い

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“スポーツシティ”として経済効果を上げるタイ・ブリーラム。仕掛け人に聞くその狙い

 タイ王国の北東部にある街、ブリーラム。市内の人口だけで見ると2万8000人、ブリーラム県全体で150万人ほどが住む地方都市だが、この街がいま、スポーツを通じて大きく成長しようとしている。その中核を担うのは、サッカーのタイ・リーグ1の強豪ブリーラム・ユナイテッドFC、そして国際サーキットであるチャン・インターナショナル・サーキットだ。この街はなぜスポーツを通じ発展しようとしているのか、そしてどんな効果を上げているのか、その“仕掛け人”であるネウィン・チドチョブ氏に聞くことができた。

■強豪サッカーチームで始めた地域振興
 ブリーラムは、タイの首都バンコクから410kmほど。自動車で行くと5時間ほどはかかる。決して大きな街ではないが、2011年から大きな発展を遂げてきているのだ。筆者はスーパーGT開催時に毎年ブリーラムを訪れているが、街に至る道路が片側1車線から2車線に拡大され、市内には大型のショッピングモールやホテルが建設され続けるなど、毎年のように変わる街の景色に圧倒される。

初開催のMotoGPタイGPに向け、ブリーラムの魅力をアピール。「日本のファンもぜひタイで観戦を」

 この街の産業の中核は農業、そして観光だ。ブリーラム県にはクメール王朝時代をしのばせるパノムルン遺跡などがあるが、現在街が最も力を入れているのは、スポーツを通じた観光客誘致。その二本柱となっているのが、ヨーロッパで人気が高いふたつの競技、サッカーとモータースポーツなのだ。

 そのふたつのスポーツを通じビジネスを手がけているのが、ブリーラム出身で、政治家としてタイの国政で活躍してきたチドチョブ氏。彼は「学生のときに自分がプレイしていたんだよ。そして情熱の象徴だ」というサッカーを通じて“街おこし”をスタートさせた。自らの出身地に、ブリーラム・ユナイテッドFCという強豪チームを誕生させたのだ。

 ブリーラム・ユナイテッドFCは、1970年に創設されたタイ電力公社が前身。アユタヤに本拠地があったが、2009年にチドチョブ氏が買収。ブリーラムに本拠を移し、2012年にはもともとあったブリーラムFCと合併し、現在のチーム名となった。

 現在タイ・リーグ1では、前身のPEA.FC時代を含め6回の優勝実績があるほか、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)にも毎年のように参加。タイの最強チームのひとつとして、名前を耳にしたことがあるJリーグチームサポーターも多いのではないだろうか。

「このビジネスを始める前、ブリーラムを訪れる観光客は年間5000人程度だった。ブリーラムは“過去の街”で、泊まりがけで来るような人はいなかったものだ」とチドチョブ氏は言う。

「だから私は、自分が好きなことをベースにした事業を手がけようと思った。それがサッカーだったんだよ。タイでも皆が好きなスポーツだし、世界中で知られているから」

「私の狙いは、ブリーラム・ユナイテッドFCを強力なチームにすることだ。例えばFCバルセロナやマンチェスター・ユナイテッドのような規模でだ。そしてクラブの成功は、多くのファンをもたらしてくれたし、多くの観光客も訪れるようになってくれた」

 当然、リーグ戦ではタイの多くの地域からアウェイサポーターが訪れ、ACLともなれば国外からもサポーターが訪れる。当然遠方なので、試合後は食事も宿泊もする。こうしてブリーラム市内には、経済効果が生まれていった。

■モータースポーツでさらなる発展を。MotoGPは飛躍の機会に
 2012年のブリーラム・ユナイテッドFCの誕生に続き、2014年には日本のスーパーGTをこけら落としイベントとして、本拠地であるチャン・アリーナ(通称サンダー・キャッスル・スタジアム。この街は雷が多いことからこの名が付いたという)に隣接するチャン・インターナショナル・サーキットが建設された。

 チドチョブ氏がモータースポーツに着目したのは、サッカーと同じく「自分が好きだから」という理由からだという。「私は大排気量のバイクに乗ることが趣味なんだ。タイでは多くの人たちにとって、バイクは日常的な乗りものだ」と言う。

 サッカー、そしてモータースポーツを開催することによって、5000人程度だったブリーラムを訪れる観光客は劇的に増えたという。そしてチドチョブ氏によれば、ブリーラム全体では10億バーツ(約33億円)の経済効果を得たという。

 こういったスポーツを通じた観光客誘致は、現在タイ政府も大きな関心をもって取り組んでいる。タイの観光スポーツ省の事務次官を務めるポーンパヌ・サウェータルン氏によれば、タイにおけるスポーツ産業の売上高は、GDP(国内総生産)の1.43%をも占めるという。また、スーパーGTやMotoGPといった国際レースでは、観光スポーツ省も開催をバックアップしている。

「将来に向けてスポーツ観戦で訪れた人たちが、ブリーラムで観光も行い、長く留まってくれるようにしたい。それはサーキットも同様で、さまざまな国際的なレースを開催したいと思っている」とチドチョブ氏。

「もちろん観光客がお金を街で使ってくれるだけでなく、ブリーラムの知名度も向上している。これから3年、ブリーラムでは二輪最高峰のMotoGPを開催することになるが、これは大きな飛躍の機会だ。少なくとも10万人の人々がサーキットに訪れると思うし、年間を通じてMotoGPを追い続けることになるはずだ」

「MotoGPではレースだけではなく、ブリーラムという街全体を世界に紹介する活動を行っていきたい。伝統、食事、文化などすべてだ。観戦に訪れてくれた人たちに、レースだけではない楽しみを提供したいと思っている」

■市民の多くがユニフォームを着る街
 またブリーラムにおけるスポーツ振興は、単に経済効果だけには留まらない。知名度の向上、そして街の人たちの一体感、地元意識の高揚といったさまざまな波及効果がある。まず非常にユニークで、筆者も初めて行ったときから驚いたのが、ブリーラム市民の多くの人々が、チームのユニフォームを“普段着”として使っていることだ。

 その理由は、ユニフォーム自体の値段の安さにある。通常、Jリーグチームであればレプリカユニフォームは1~2万円ほどする。選手名等をフルマーキングしようとしたら2万円は覚悟しなければいけないだろう。しかしブリーラムでは、そのまま購入すれば2000円以下、フルマーキングしても3000円でお釣りが来るのだ。その安さとスタイリッシュさゆえに、スーパーGTでブリーラムを訪れる関係者やファンもよく購入している。

 現在ブリーラム・ユナイテッドFCのユニフォームは、タイ代表のユニフォームも手がけるワリックス社というタイのメーカーのものを使っているが、ファッション性も非常に高く(ここは非常に重要なポイント)、吸湿・速乾性もきちんとある。ほとんどの時季を半袖で過ごすブリーラムの人々にとって、これほど便利な服はない。

「ユニフォームは、ブリーラムの人々にとって誇りの象徴になると思っている。もちろんタイ・リーグ1のチャンピオンとしての誇りもだ」とチドチョブ氏はその理由を教えてくれた。ちなみに、この話を聞いた東京都内でのイベントの際も、チドチョブ氏はチームのユニフォームを着ていた。

「そしてユニフォームは、ブリーラム市民の平等性、希望の象徴でもあるんだ。だからお金がなくても買えるように、500バーツ程度(約1500円強)の値段にした。だからブリーラムでは、指導者でも労働者も同じユニフォームを着ることで、すべての市民が平等なのだ」

 その街の誇りを胸にでき、かつ市民のチームへの熱も高まる。タイ・リーグ1のチームのユニフォームは総じて値段は安めではあるが、多くの人々にユニフォームを着てもらうという戦略は、非常に巧妙なものと言えるだろう。

■「スポーツは、経済も社会の問題も解決してくれる」
 さらにサッカーでは、街の中心部にあるチャン・アリーナの魅力、そしてブリーラム・ユナイテッドFCの強さが街の雰囲気をひとつにし、そしてタイ国内はもちろん、海外からもアウェイサポーターを呼び寄せている。そしてこうしたスポーツ振興を行いたい場合、そのスポーツのための施設──“ハコ”が重要になることを、チドチョブ氏は良く分かっている

 本拠地となるチャン・アリーナは、先述のとおりサンダー・キャッスル・スタジアムとして2011年に開業した。32600人を収容するヨーロッパスタイルの美しい専用スタジアムで、日本から訪れたJリーグサポーターからも賞賛の声を聞く。観戦のしやすさが人気の源なのは言うまでもない。日本では複合的な陸上競技場で済ませようという自治体も多いが、それではサッカーの魅力は十分伝わらない。

 また、チャン・インターナショナル・サーキットも、グランドスタンドからコースのほぼ全域が見渡せる、世界でも珍しいタイプのサーキットだ。平地にあり、アップダウンがないことを逆手にとったレイアウトとも言える。施設面でも、スーパーGT関係者からの評価は高い。さらにサーキットのゲート、そしてスタジアムの横にはチェーン店を含めた飲食店街、さらに地元市民に愛される屋台街も用意され、週末にはドラッグレース等に興じる若者たちが集い、活気ある夜が過ごされている。

 街に経済効果と活気、そして世界に向けた知名度の向上を果たせるのがスポーツ……というのがチドチョブ氏の意見だ。いま、ブリーラムは“スポーツシティ”としてタイ政府の後押しも受けながら、飛躍しようとしている。

「10年前、もしあなたが私に『どこから来たのか?』と聞いて、私が『ブリーラムから来た』と答えたとしよう。でも、多くの人たちはブリーラムがどこにあるのかも分からなかったはずだ。でも今はあなたも、ブリーラムがどこにあるか分かるだろう」とチドチョブ氏は誇らしげに言った。

 スーパーGTの関係者によれば、チドチョブ氏は日本からスタッフが訪れても、高級店に連れて行くわけではなく、街中の屋台のような場所で一緒に食事をとる人柄だとか。地元の発展を願い、政治で培った手腕をいま発揮している。

「スポーツは、経済も社会の問題も解決してくれると思っているし、ブリーラムの人々の暮らしぶりも大きく成長させてくれると確信している。そしてそれを証明したいんだ」

 こういったブリーラム、そしてタイの試みは、いまや着実に実を結びつつある。もちろん経済面での波及効果はチームにも及び、その国のスポーツのレベルも大幅に向上させる。日本ではハードルも多いだろうが、こういった試みの例はまだあまりない。ただ、日本でも大いに参考にしたい例と言える。

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