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業界ニュース 2019.1.5

【自動車博物館へ行こう】スバル360誕生を支えた「すばる1500」を見つけた

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SUBARUの歴史を振り返る時、もう1台、興味深いモデルがある。スバル360よりもさらに前、それは1954年の試作乗用車だった。(Motor Magazine 2018年6月号より)

日本で初めてフルモノコック構造を採用した画期的な試作車
スバル360が世に出る前、1954年に当時の富士自動車工業は1台の乗用車を試作している。それが今回紹介する、開発コードP-1と呼ばれる「すばる1500」だ。

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「すばる1500」は軽くて頑丈なフルモノコック構造やコンパクトで乗り心地の良いサスペンションなど、画期的なアイデアが盛り込まれた4ドア6人乗りのノッチバックセダンで、デザインも先進的なものだった。

「すばる1500」の試作車4台が完成したのは1954年の2月、駆動方式はフロントにエンジンを搭載し、プロペラシャフトを介して後輪を駆動するFRで、その試作車はとくに乗り心地の良さが高く評価された。

しかし、量産化に向けて動き出す中で、ひとつの問題が発生していた。それは航空機工業再開への見通しが開けてきたことで動き出した旧中島飛行機統合話で、その第一段階として、1953年7月に東京富士産業、富士工業、富士自動車工業、大宮冨士工業、宇都宮車両の5社の共同出資によって富士重工業株式会社が誕生していた。ただ、もうひとつのグループ会社、富士精密工業は当時ブリヂストンの資本下にあり、その上、プリンス自動車との合併の話が進んでいたためグループから決別することになるなど、混乱もあったのだった。

「すばる1500」の1号車はその富士精密工業製エンジンを搭載していたが、こうした混乱の中で大宮冨士工業も試作車用にエンジンを開発することになった。結局、富士精密工業製が11台、大宮冨士工業製9台の計20台のみで「すばる1500」の量産化を断念。「すばる1500」試作で培われた経験は、そのプロジェクト終了とほぼ同時期にスタートした「スバル360」の開発に活かされることになるのだった。

すばる1500(1954年試作車)主要諸元
●全長×全幅×全高=4235×1670×1520mm
●エンジン= 直列4気筒
●排気量=1485cc
●最高出力=55ps/4400rpm
●最大トルク=11kgm/2700rpm

スバルビジターセンター
群馬県太田市のスバル矢島工場敷地内にあるミュージマム。工場正門を入ってすぐ右側にある。その名のとおり、工場を訪れた人に、スバルのモノ作り、歴史、哲学を広く理解してもらうための施設で、入場は無料。見学の際には担当者が丁寧に案内してくれるので、事前に予約が必要となっている。SUBARUの歴史を振り返ると、スバルの真面目なクルマ作りの一途さがひししと伝わって来る。

●住所:群馬県太田市庄屋町1-1 
●入館料:無料(電話にて要予約/見学可能人数1名~200名) 
●開館時間(見学時間):9:00~/11:00~/13:00~ (1日3回/所要時間約2時間) 
●休館日:スバルビジターセンター ホームページの開館カレンダー参照 
●駐車場:あり(無料、事前申し込みが必要) 
●問い合わせ先:☎0276-48-3101 
●クルマでのアクセス:東北道那須 館林ICより約70分、北関東自動車道 太田桐生ICより約30分 
●電車でのアクセス:東武鉄道「太田駅」より車で約20分、同駅南口より朝日バス「熊谷駅」行き乗車、「マリエール太田前」下車、徒歩約10分、JR「熊谷駅」より車で約50分
●展示車両は入れ替わる場合あり。

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(Webモーターマガジン Motor Magazine編集部)

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みんなのコメント

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  • nik*****|2019/01/05 14:50

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    スバル360やヒルマンミンクスとかいすゞベレルが走ってたなぁ、大阪でも田舎やったから車は少なかったなぁ、近所の地主の息子がプリンス-スカイラインに乗ってたなあ、当時車はお金持ちしか手に入らなかったんだよね。
  • kan*****|2019/01/05 21:45

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    当時の小型車枠の上限が1500ccでしたので、国産最高級モデルという位置づけだった。
    1955年に発売されたトヨタのクラウンはフレームにボディを架装する従来の方式で、すばる1500のフルモノコックは世界的にも最も早い部類なのである。フロントガラスもクラウンが当初左右2分割されたガラスに対し、すばるは1枚物の曲面ガラスを採用していたりと注目点も多い。
    ただ、そういった高級メカは製造単価が異様に高価になり、後のプリンス自動車になる富士精密からのエンジン供給に難色を示されて急遽グループ会社で開発したものの、量産にはハードルが高く、フルモノコック用の大型プレス機械の設備投資が過大になることから、量産は断念することとなった。
  • nan*****|2019/01/05 20:23

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    この時代は未だ独立したフレームが有った。そんな中、モノコックを採用したのは航空機出身の技術者の発想と思う。
    車両自体は造ったが、実は販売体制が整っていなかった事も販売中止の遠因とされている。その反省から初期のスバル360は伊藤忠商事が販売に関わったらしい。
    因みにスバル1500の内、数台は太田市内のタクシー会社へ渡り、タクシーとして使用されたらしい。

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