F1には、シリーズを運営するオーガナイザーを始め、チーム代表、エンジニア、メカニック、デザイナー、そしてドライバーと、膨大な数のスタッフが携わっている。この企画では、そのなかからドライバー以外の役職に就くスタッフを取り上げていく。
第6回目となる今回取り上げるのは、フォーミュラワン・グループの会長兼CEOであるチェイス・キャリー。2017年からF1を率いているキャリーはF1にどのような変化をもたらしたのか、また前最高責任者バーニー・エクレストンとの違いは一体何なのだろうか。
手懸けたマシンは軒並み戴冠。レッドブル躍進の礎を築いた『空力の鬼才』/F1レース関係者紹介(5)
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F1の株式がアメリカのリバティ・メディアによって買収され、オーナーが新しくなったのは2016年9月。新しいオーナーの下、フォーミュラワン・グループ(FOG)の会長兼CEOの職に2017年の1月から就いたのが、かつて21世紀フォックスの副社長も務めた経験があるチェイス・キャリーだった。
キャリーがFOGの会長兼CEOになったことによって、F1界にはふたつの利点が持ち込まれた。ひとつは、前最高責任者のバーニー・エクレストンからの脱却である。F1が、オリンピックやサッカーのワールドカップとともに世界的なスポーツイベントに成長した最大の功労者がエクレストンであることは異論を挟む余地はない。
しかし、F1に限らず、ひとりの人間が長い間リーダーに留まり続けると、必ずそこに弊害が生じる。エクレストンがFOGの前身であるFOCA(Formula One Constructors Association=F1コンストラクターズ協会)会長に就任したのは1978年だから、38年にも渡る長期政権だった。
エクレストンから業務を引き継いだキャリーが行った改革は、組織の体制だった。それまでのF1は事実上、エクレストンが独裁体制を敷いていた。そのため、権力がエクレストンひとりに集中していた。チームとの関係、各国のグランプリ開催者との交渉、スポンサー企業への売り込み、これらすべてをエクレストンがひとりで行っていた。パスを1枚申請するにもエクレストンの許可が必要となり、それを陳情するためにエクレストンの事務所に長蛇の列ができることも珍しくはなかった。
キャリー体制ではそういった悪しき慣習はなくなった。キャリーは商業部門とモータースポーツ部門を設け、それぞれのマネジジングディレクターにショーン・ブラッチズとロス・ブラウンを指名。権力の一極集中を避けたのだ(ブラッチズは2020年の1月に退任)。
またエクレストンは仲の良い一部の記者に立ち話することでさまざまな情報戦略を採ってきたが、基本的にキャリーはパドックでメディアの取材は受けず、会見を開くようにしている。
さらに契約交渉の進め方も新たな手法を採り入れた。たとえば、各グランプリの主催者との開催権料を巡る交渉は、エクレストンが提示する金額に対して、「イエス」か「ノー」の回答をするしかなかった。それがキャリー体制下では二者択一ではなく、話し合いによって双方が納得した形でベストな妥協案を探ることができるようになった。
たとえば、「サーキット内の看板に関しては、F1開催期間中の権利はこれまではすべてFOM側が持っていましたが、新しい契約では一部、われわれにも権利が与えられました」(山下晋モビリティランド社長/当時)という。
もちろん、キャリーにも課題はある。合議制を採っているため、決断するまでにどうしても時間がかかってしまうことだ。その最たる例が、今年の開幕戦でのドタキャンだろう。キャリーの決断とその発表が遅きに失したことは事実である。もしエクレストンだったら、もう少し早く対処していただろうという声は、F1関係者からも聞こえてくる。
しかし、逆の見方をすれば、そういうことを自由に言える雰囲気がいまのF1にはあるということ。そして、それを作ったのもキャリーだ。
いずれにしても、今年で90歳になるエクレストンに、F1はいつまでも頼るわけにはいかなかったわけで、遅かれ早かれ新しい道を歩まなければならなかった。それがキャリーだった。
キャリーはF1の将来と自分の役割を次のように述べている。
「F1にはリーダーシップが必要だが、それは独裁的であってはならない。将来に向けて正しい目標を達成する展望を作り上げるのが正しいリーダーだ。そのためには、すべての関係者の声を聞くことだ。時には妥協しなければならないこともあるだろうし、全員を完全に満足させることはできないかもしれない。それでもF1全体が正しい方向に進ませることで、結果的にみんなを満足させたい」
いま世界は新型コロナウイルス感染症によって、新しい日常「ニューノーマル」を模索し始めている。新しい時代に、F1はどのように立ち向かうのか。キャリーと彼を支える新しい経営陣の手腕に期待したい。
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