自分の武器が何か、理解できたライダーは強い!
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第60回は、ビニャーレス選手の離脱や“決勝での強さ”について。
連載:世界GP王者・原田哲也のバイクトーク【独占Webコラム】
競り合いに強いシュワンツと、独走させると手に負えないレイニーのように
日本では東京に4度目の緊急事態宣言が出されましたね。ヨーロッパでもコロナ感染は徐々に増えてきており、僕が住んでいるモナコでもロックダウンが噂されています。とりあえずはほぼ普通に過ごせていますが、油断はできません。
僕は2度目のワクチン接種を済ませましたが、腕と胃が痛くなりました。背中の皮膚にも痛みがあって、シャワーを浴びる時などはくすぐられているみたい。娘の同級生のお母さんもお腹に痛みが出たそうです。人によってこんなふうに副反応は出ますが、僕自身はワクチン接種した方がいいと判断しています。再来週には娘たちもワクチンを接種する予定です。
日本GPとオーストラリアGPの中止が発表されましたね。本当に残念……。2年連続でMotoGPが日本で行われないなんて事態になるとは思いませんでした。ヨーロッパのサッカーの試合などはマスクなしの観客が入っているんですけどね。でも、MotoGPは国をまたいでの移動が付き物ですし、パドックも多国籍。いろんな国への感染拡大の恐れがあるので、今は我慢の時ですね。それにしても本当にガンコなウイルスだなぁ!
さて、MotoGPは早くも第9戦オランダGPまで進みました。ファビオ・クアルタラロが完勝しましたね。2番手グリッドからスタートしたクアルタラロは、ポールポジションのマーベリック・ビニャーレスをちょっと強引に押さえ込んで前に。同じヤマハファクトリーライダー同士の勝負は、あの時点で決着してしまいました。
頑張ったのはドゥカティのフランセスコ・バニャイヤです。序盤でクアルタラロを逃がしてしまったら独走されてしまうのが分かっているので、どうにか首位の座を守ろうと懸命の走りでした。何度も抜きつ抜かれつの意地を見せましたが、やはりクアルタラロは速かった。いったん前に出られたら、あっという間に先行されてしまいました。
―― 第9戦オランダGPのスタートシーン。ポールポジションのビニャーレス選手は1コーナーで5番手まで後退した。
ビニャーレスも終盤に盛り返して2位表彰台を獲得しましたが、表情は硬かったですね。それもそのはず、レース直後にヤマハからの離脱が発表されました。彼はどうもここのところヤマハとの関係がギクシャクしていたよう。シーズン途中でチーフエンジニアが交代するという、めったにない事態まで発生……。これはよほどのことだと思います。来季どこに行くのかはまだ明らかになっていませんが、思い切って環境を変えるのも手かもしれません。
ビニャーレスは本当に速いライダーだと思います。単独で走っている時の安定したハイペースは、彼ならではの持ち味です。ただ、競り合いになって自分の走りのリズムが取れなくなると、苦戦する傾向がありますね。これは良し悪しではなくライダーの個性。昔のライダーを例に挙げれば、競り合いにめっぽう強いケビン・シュワンツと、独走させると手に負えないウェイン・レイニー、という感じでしょうか。
ヨーロッパのライダーは本当に速いから、それにどう対抗するか
「単独で速いビニャーレス」で思い出したのでちょっと話は逸れますが、ビニャーレスは予選でも単独走行でしっかりとタイムを出しますよね。本当に速いライダーだと思います。最近の予選は、他のライダーの後ろにくっついて引っ張ってもらうことばかり考えていて、コース上での待ち方もかなり露骨になってきました。
ぴったりと背後についての走行はスリップストリームが効くから確かにタイムは出るんですが、万一絡んで転倒した時に避けらず、非常にリスキーです。実際に深刻なクラッシュも増えている印象があります。個人的には鈴鹿8耐のスーパーポールのように1台ずつアタックするガチのタイム争いも面白いし、より安全だと思うのですが……。
さて、決勝の戦略に話を戻して……。僕自身は、「最後にトップでチェッカーを受ければいい」と考えていたので、レース後半に強かったと思います。今ならスズキのジョアン・ミル型になるのかな。慎重派……というよりは、ぶっちゃけ、1周目なんか怖くて仕方なかったんですよ(笑)。スタートしてすぐに100%の走りができないんです。乗り方なのか、マシンセットアップなのか、それとも性格なのか、理由はよく分かりませんが……。
もちろん序盤から飛ばせればそれに越したことはありません。自分でも克服しようとトライしましたが、どうしても無理なんですよね(笑)。ピットアウトしてすぐにハイペースで走る練習もしたけど、ハイサイドでぶっ飛ぶのがオチでした。ごくたまにすべてが噛み合って序盤からイケたこともあるけど、1シーズンに1、2回あればいい方。……書いてて思いましたが、ここを克服できていたらもっとタイトルが獲れていたのかもしれませんね(笑)。
中上貴晶くんは頑張っていましたね。序盤は完全に表彰台圏内で力走していました。中盤以降はタイヤのコンディションもあったと思いますが、ポジションを下げてしまい、結果は9位。「あと1歩で表彰台」という争いをする中で、自分自身に足りないものや、今後の課題が見えてきたことでしょう。次以降のレースに期待したいと思います。
それにしても、近そうに見えて遠いんですよね、グランプリの表彰台は……。1回立ってしまえば「ああ、こういうことか!」とセオリーのようなものが分かって常連になることもできるんですが、その1回が遠い。やっぱり、世界の頂点を競うレースなので、まわりは速いライダーばかり(笑)。ハンパではありません。自分の武器を徹底的に磨くしかないんです。
―― レース後半には#30中上貴晶選手、#93マルク・マルケス選手らによる6番手争いが形成。マルケス選手は7位、中上選手は9位でゴール。
現役時代、僕は自分のことを速いライダーだと思ったことがありません。バイクに乗ることに関しては、やっぱりヨーロピアンライダーはスゴイんです。才能なのか環境なのか分かりませんが、速さではとても敵わなかった。でも、速いことと勝つこととはまた別なんです。速いヤツらに勝つためには、うまくないといけない。……いや、自分のことをうまいと思ったこともないかな(笑)。
僕はとにかく作戦を考えました。その日のコンディションで走れるペースが分かったら「じゃあこういう組み立てにしよう」とか、バトルの最中にも「相手がそう出るなら自分はこうしよう」とか、とにかく考えていた。実際のアクションは瞬間的です。特にバトルでは「相手がインに飛び込んできたらクロスラインで抜き返してやる!」なんて考えている暇はありません(笑)。そうではなく、ふだんから考え抜いているからいざという時にサッと反射的に体が動くんです。
僕に強みがあったとすれば、そうやって常に作戦を立てていたことぐらいじゃないかな。いつでも3手先、4手先を読みながらレースを組み立てていたのは確かです。そういうレース運びが玄人受けして、本場ヨーロッパのファンの皆さんにも喜んでもらえたのかもしれません。臨機応変の現場合わせのように見えて、実はずっと前から考えられるだけのことは考えておく。僕はよく「レースは準備で勝負が決まる」と言うんですが、決してハードウエアやフィジカルのことだけではく、こういう考え方も含めてのことです。
何をどう準備するかは、ライダーによってそれぞれ。僕は作戦を立てることを最大の準備と考えていましたが、他のライダーにとってもそれがいいかは分かりません。要は自分の武器は何かをしっかりと自分で見極めて、そこに磨きをかけることだと思うんです。そのシーズンで、自分のことを1番よく分かった人がチャンピオンになるんじゃないかな……。
チャンピオンと言えば、僕はインスタグラムをやってるんですが、元チャンピオンのミック・ドゥーハンにフォローされていたんです! ちょっとうれしくなっちゃって、すかさずフォローバック(笑)。結構前からフォローしてくれてたみたいなんですが、僕の投稿のどれかに「いいね」が付いて気が付いたんです。
そういえばこの間、モナコのマンションのエレベーターで駐車場に降りようとしてボタンを押したら、ビーチサンダルに短パン姿のおじさんがあわてて走り込んで来たんです。手にはスタバのカップ。「ハーイ、ハラダサン、ハワユー?」と声を掛けてきたそのおじさん、ドゥーハンでした(笑)。
「あれ? オーストラリアに住んでるんじゃなかった?」と聞いたら、息子のジャックがF3レースをやっていることもあって、またモナコに戻ってきたそうです。さっそくジャックのインスタもフォローしておきました(笑)。
―― ミック・ドゥーハン選手は1994年~1998年にWGP500ccクラスを5連覇。写真は1997年式のNSR500だ。
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みんなのコメント
元世界チャンピオン同士なのに、普通に近所のおっさんの挨拶やw
懐かしいですね。
イイ時代でした。