帰りは再び積載車の上に!?
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第25回は「イベント会場にはたどり着いたものの……」をお届けします。
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バッテリーに残っていた残量だけで走行していた!
静岡駅のところの“海ぼうず”で大好物の静岡おでん──発音は“しぞーかおでん”だけど──に舌鼓を打って幸せな気分を取り戻し、新幹線に乗って東京へと帰ってきた日の翌日……というか、新東名の新清水インターチェンジ付近で電気が完全に空っぽになってゴブジ号ことターコイズブルーのチンクエチェントがストップしちゃった日の翌々日。2021年5月27日のことだ。
いやいや、その日に何かがあったというわけじゃなく、ただ止まっちゃったゴブジ号を受け入れてくれたスティルベーシックの平井社長に電話をしたってだけのことなんだけど。
スティルベーシックは、僕が東京からゴブジ号で走っていくことの多い東海方面や関西方面の道すがら、静岡県静岡市にあるチンクエチェントとフィアット系のスペシャリストだ。今回お世話になったことからもお判りのとおり、チンクエチェント博物館のクラシケ・サービスの拠点のひとつにもなっている。静岡県唯一のチンクエチェント専門店として知られているが、創業からの四半世紀の間に培われたユーザー間での信頼感は大きく、全国各地にお客さんを抱えて連日大忙し。いきなり「止まっちゃいましたー!」でお世話になるのも申し訳ないくらいの状況なのだけど、まずはゴブジ号がどういう理由で止まっちゃったのかをチェックしてくださるということで、それを訊ねるための連絡だった。
「振動がひどいでしょ? その影響で、配線が切れちゃってるんですよ。症状からすると、嶋田さんが走っていた最後の頃は走っていてもまったく充電しなくて、おそらくバッテリーに残ってた電気だけでまかなってたんだと思いますよ」
実は電話をした理由はもうひとつあって、いつ頃に走り出せるのかを相談したかったのだ。というのも、その週、というか数日後の日曜日となる5月30日に、チンクエチェント博物館主催の「ミラフィオーリ」というイベントが愛知県のモリコロパークで開催されることになっていて、可能であればそこに乗っていきたかったのだ。こちらのイベントにも毎回トークのゲストとして呼んでいただいていて、今回は4月の九州トリコローレで成し遂げられなかったゴブジ号のお披露目をする予定にもなっていた。おまけに現在はこのAUTO MESSE WEBの編集長であり、当時は別の媒体の編集長だった西山くんを誘って一緒に行くことにもなっていた。むりやりその日までに仕上げて欲しいとお願いしようとまでは考えてなかったが、そりゃやっぱり気になるでしょ。
「土曜日までに走れる状態にはしておきますよ。振動の原因を確かめて直さないといずれまた同じようなことが起こる可能性はあるけど、配線を交換して、振動の影響を受けないよう応急処置的な対策をするぐらいはできますから。でも、あくまでも応急処置だし、振動は配線以外にも悪影響を及ぼすから、なるべく早くにしっかりチェックしましょう」
平井さんとの電話を終えた後にチンクエチェント博物館の深津館長にも電話して相談をし、ミラフィオーリ終了後にタイミングを見てスティルベーシックで診断してもらうことになった。
この段階で白状しちゃっていいのかどうか悩むところではあるのだけど、この後もスティルベーシックにはたっぷりお世話になることになる。それはいったいなぜなのか。そのあたりはこの先イヤでも明らかになっていくので、今回はお話を一時的に早送りすることにしよう。
ミラフィオーリ前日の29日に静岡駅で西山くんと待ち合わせをし、東静岡にあるスティルベーシックを訪ねると、ゴブジ号はすでに走れる状態になって僕たちを待っていた。
走り出すも再びオイルが……
「ちょっとテストで走ってみたんですけど、電話で聞いたステアリングフィールの違和感、まぁレストアしてあっても完全な新車に戻るわけじゃなくて個体としては古いわけだし、歴代のオーナーさんの乗り方や受けてきた整備の状態もあって個体差も大きいから、もっとすごい状態のクルマもあるんですけど、一応チェックしてみたら、グリスが塗られてなかったですよ。もちろん塗っておきましたから、かなりよくなってると思いますよ」
この平井さんの言葉の中にはとても重要なことが隠れていたのが後でわかるのだけど、このときの僕には知るよしもなし。エキスパートである平井さんも、後で訊ねたところによれば、ここで話した以上のことは想像もしてなかったという。
「ほかにも気になるところはいくつかあるんですけど、緊急を要するところじゃないから、おいおいやっていきましょう。オイルもどこから噴いてるのかチェックしたんですけど見つけられないから、とにかくサービスエリアふたつごとぐらいにチェックしながら走っていってください」
その言葉に送り出されて、イベント運営スタッフとの夕食会に間に合うよう、スティルベーシックを出発する。まずは新東名の新静岡インターを目指して走り出したのだけど、たしかにステアリングの動きはスムーズになっていて、途中から勝手に切り込んでいくような動きもない。それにはホッとしたりニヤリとしたり。
「振動、街中のこのくらいのスピードでもわかりますね」
助手席に座る西山くんの言葉だ。
「そうなんだよねぇ。これが速度計で65km/hあたりになると、シフトレバーが五木ひろしさんの拳を握ってグッとやる動きが早送りになる感じになっちゃってさぁ……」
「それ、よくわからないんですけど……(笑)」
「だよねぇ(笑)。……運転してみる?」
「いえ、今日はヤメときます(笑)」
そんな会話をしながら、10数分で新静岡インターに到着。ETCゲートをくぐる前に、エンジンルームの中をチェックしてみることにする。
……えっ? スティルベーシックを出るときに綺麗にしてくれたのに、だいぶうっすらとだけどオイルが付着してる? もしかして、これからオイルの噴き出す量が増えてったりしちゃうのかな……? だとしたらヤバイかも。
そこから平井さんに電話をして相談すると、当然ながらメカニカルな部分を今すぐどうこうすることはできないのだけど、もともと入ってるオイルは粘度が比較的サラサラしてるやわらかいものだから、暫定的に気密性がかなり高い特注のエンジンオイルがあるのでそれに交換してみよう、ということになった。
で、スティルベーシックに戻ってオイルを交換してもらい、再出発。再び新静岡インターの手前でチェックをしてみると、オイルの付着はほとんど見られない。かなり違うのだな、と思った。それでもどうなるかは走っていってみないとわからない……と疑念を拭いきれないまま、新東名に突入する。
新しいオイルに交換したあとは噴出量が少なくなった!
交換してもらった新しいオイルは、走っていても感じられるくらい粘度が硬い。もとがたった18psのエンジンだから、普通のクルマ以上にオイルの性質の違いが出てくるのだろう。それでもスティルベーシックからその晩のホテルまでの約180kmでは、チェックをするたびに間違いなくそれまでより噴出量が少ないな、という実感があった。まぁ……やっぱり負荷の大きな高速走行。エンジンフードの裏側にはそれなりにオイルの膜ができあがったりはしたのだけど。
振動は相変わらず。速度を上げすぎないように注意深く走るのだけど、それだからして進みが遅い。もしかしたら夕食会の時間には間に合わないかもなぁ……と思いつつ、西山くんに訊ねてみる。
「運転してみる?」
「いえ、今日はヤメときます(笑)」
慎重な男である(笑)。そんなやりとりを何度も繰り返し、元同僚だけにくだらない想い出話をしたりして、目的地にだいぶ近づいた名古屋第二環状自動車道に入ったあたりで、ちょっとした出来事があった。
カコン……カコンコン……カコンカンカン……カン……カラカラコロコロカラン……。
エンジンルームの中で何かが外れ、エンジンルームの中で軽く暴れ、おそらく路面に落ちていった感じの音だ。走るフィーリングに変化はないし、その音以外の異変は感じられないし、クルマを停めて落ちたモノを探しにいけるようなシチュエーションでもないので、それからすぐに到達した目的地近くの鳴海インターで降りてから、エンジンルームをチェックしてみる。
いったい何が外れた? 何が落ちた? ……あ!
エアクリーナーの上側の蓋がない。振動で外れちゃったのだと思う。それでも走るのに支障はないからそのままホテルへ向かって、夕食会にちょっと遅れで参加し、“西山くんは散々な気分だっただろうな……”と思いながらベッドに転がり込んだ。
翌日──。会場となったモリコロパークの目立つところに置かれたゴブジ号は、これまであったことがウソみたいにニコニコした顔でイベント参加者たちにかわいがられていた。チンクエチェント博物館と相談して、ドアをロックせずに置いておくから誰でも乗り込んでもらってかまわないよ、というカタチの展示にさせてもらったのだ。一般のユーザーさんのクルマだとなかなかそういうこともできないわけだけど、ゴブジ号はデモカーでもある。好きな人にはどんどんこのクルマの雰囲気を楽しんで欲しいな、と思って提案させてもらったのだった。ちなみにそういうカタチでの展示は、その後のチンクエチェント博物館のイベントではずっと続けてる。なので機会があれば、あなたもぜひ!
と、人気者だったのはいいのだけど、この日のイベント終了後、僕はまたしても博物館所有のアバルト595モメントに乗って東京に帰ることになった。ゴブジ号は大事をとって積車に載せて、スティルベーシックに運んでいかれることになったのだ。
またしばらくチンクエチェントに触れられない日々、である。
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