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シトロエンが導いた過小評価 マセラティ・カムシン 折り紙デザインのグランドツアラー 後編

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シトロエンが導いた過小評価 マセラティ・カムシン 折り紙デザインのグランドツアラー 後編

全体に漂うひと癖が印象的な雰囲気を生む

マリオ・トッツィ・コンディヴィ氏がオーダーし、英国での広告塔の役目を終えたマセラティ・カムシンは売りに出された。ところが5速MTが故障。その修理と一緒に、イメージ一新のためボディはレッドに塗られ、インテリアはタンで仕立て直された。

【画像】折り紙デザイン マセラティ・カムシン ミドシップのボーラ 現行のギブリとMC20も 全119枚

現在のオーナーは、1986年にレッドとタンのカムシンを購入。近年、英国のブランド専門ガレージ、マクグラス・マセラティ社によってオリジナルのブラウンとグリーンという配色に戻されている。

果たして、その仕上がりには息を呑む。色の組み合わせに、一瞬目がついていけなくなる。色覚が落ち着くと、魅惑的なスタイリングが訴えてくる。

デザイナーのマルチェロ・ガンディーニ氏は、新しいクライアントのために過去のデザインの特徴を反復することもあったが、カムシンは独創的。Cピラーのルーバーに隠れた給油口は、ランボルギーニ・エスパーダでも見られたものだが。

従来的な感覚でいえば、完璧な美しさではないかもしれない。全体に漂うひと癖が、一層印象的な雰囲気を生んでいる。ボンネット上の左右非対称に切られたエアベントは、その好例だろう。ボンネットの印象を弱めつつ、適度なアクセントになっている。

北米仕様では、衝突安全性のために求められた5マイル・バンパーとテールライトの位置変更で、オリジナルの美しさが乱されていた。だが英国仕様のカムシンは、余計な影響をまったく受けていない。

ガンディーニの傑作。これ以上、カムシンを美しくすることは不可能に思える。

市街地の速度域でも驚くほど扱いやすい

インテリアは、ボディほど心に響くことはないかもしれない。鮮烈なグリーンのレザーに見慣れると、造形としての妥協も発見できる。ボクシーなデザインは当時の流行だったが、細部まで追求された印象はない。

ダッシュボードの上部は合成皮革。ネジの頭が露出している。ダッシュボード中央へ乱雑に並べられたスイッチ類の品質も、高いとはいえないだろう。

ドライバーの正面には、沢山のアナログメーターがレイアウトされる。ステアリングコラムは角度調整でき、油圧で動くシートのおかげで、快適なドライビングポジションを見つけやすい。1970年代のエキゾチック・モデルとして、人間工学は優秀だ。

リアシートは付いているが、笑ってしまうほど狭い。その奥には荷室が広がる。スペースセーバーのスペアタイヤはラジエターと一緒にフロントノーズへ載っているが、想像ほど大きなカバンは積めないようだ。グローブボックスも小さく、小物入れは殆どない。

キーを捻るとV8エンジンのサウンドが車内に充満するものの、鼓膜が圧倒されるほどではない。見た目の印象を裏切るほど、市街地の速度域でも扱いやすい。シトロエンSM由来のステアリング構造によって、ステアリングホイールは非常に軽く回せる。

ただし、ハイドロの油圧が充分に上昇しSTOPと記された警告灯が消えるまで、発進してはいけない。同年代の高性能イタリアンのように運転できないと、ドライバーの気持ちへ釘を刺す。

1970年代としては秀逸な操縦性を実現

ステアリングの印象が、カムシンのドライビング体験の中心をなす。ロックトゥロックが2回転とレシオはクイックで、セルフセンタリングが強く、力を緩めると直進状態へ積極的に戻される。

最初は不自然に思えたが、すぐに慣れた。カムシンのことが理解できるようになり、速度域を高めていくほど、ステアリングホイールは明確に重く転じていく。驚くほど。

ブレーキペダルの踏み心地も特徴的。充分な制動力を得るのに、力を込める必要はない。これにも当初は違和感を覚えたが、スムーズに効き時間を要せず慣れた。

FRでありながら前後の重量バランスが50:50に整ったカムシンは、この時代のモデルとしては秀逸な操縦性を実現している。当時のAUTOCARも、それを高く評価している。

「マセラティは、シャシーとエンジンとの調和を高次元で叶えています。大きなロータス・エランのように、スムーズにカーブを縫えます。特に攻め込まなければカムシンは落ち着いており、ボディのピッチングやノーズダイブも殆どありません」

過去の筆者の試乗体験の限り、カムシンはかなり高い速度域でも安定している。そのかわり乗り心地は若干硬め。チューブラーフレーム全体に響くような衝撃が伝わる。油圧システムが圧力を維持する、メカニカルなノイズも小さくない。

聞きたい衝動に駆られるV8サウンド

それを覆い隠すように、V8エンジンが歌い上げる。粒の細かいノイズの集まりで、デトロイトのプッシュロッドV8とは異る。普通に流していると比較的静かだが、右足へ力を込めるとハリのあるシャープな音質へ変わる。

回転が上昇するほど、サウンドにも艶が出てくる。共鳴を誘いながら。

最大トルクには余裕があり、高回転域まで引っ張らずとも160km/h程度は余裕。しかし、シフトダウンを我慢することが難しい。ブリッピングさせた瞬間の響きだけでも、聞きたい衝動に駆られる。

5速MTは1速が横に飛び出たドッグレッグ・パターン。ゲートを横切ると、明確な手応えがレバーに伝わる。コクリと所定の位置へ吸い込まれる。

5速で得られるスピードは、1000rpm当たり41.8km/h。275km/hの最高速度を達成するには、レッドラインの5500rpmより上まで回す必要がある。加速力は鋭い。0-97km/h加速6.5秒は、当時としては優秀な部類だった。

フランスの技術がミックスされたイタリアン・グランドツアラーには、不思議な訴求力がある。カムシンは登場から半世紀の間、信頼性を理由に正当な評価が与えられてこなった。誤解されてきたように思う。

シトロエンの影響を理由に、この時代のマセラティを好まない人もいる。しかしハイドロの不安を乗り越えれば、1970年代のエキゾチックとして運転を楽しめる。

長いマセラティの歴史の中で、最も重要なモデルには数えられないかもしれない。それでも時間を掛けて打ち解け合うことができれば、カムシンの見え方は断然素晴らしいものになるようだ。

協力:アンディ・ヘイウッド氏

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