デ・トマソ・パンテーラGT5S
text:Greg Macleman(グレッグ・マクレマン)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)
ランボルギーニ・カウンタックもそうだが、ド派手なスーパーカーは、必ずしも1980年代生まれではない。デ・トマソ・パンテーラは、1970年代に生まれた1台だ。
クリーンなスタイリングを手掛けたのは、トム・ジャーダ。1980年代に向けて過激さを増し、最終的にはアグレッシブな見た目に至った。
パンテーラは、アルゼンチン生まれのアレッサンドロ・デ・トマソと、フォード社との共同プロジェクトで誕生したモデル。デ・トマソはフォード製5.7L V8エンジンの供給を受け、リンカーン・マーキュリー・ブランドのディーラーから販売する計画だった。
フォードは完成済みのスポーツカーが、手に入ると期待した。シボレー・コルベットに対抗できるモデルとして。
ところが届けられたパンテーラは生焼き状態。仕上がりは完全とはいえず、品質管理も褒められたものではなかった。
1975年にデ・トマソとフォードとの関係は終了。しかし改良を続けていたパンテーラは1980年代に入り、過激なスーパーカーへと進化した。GT5だ。
シャシーは再設計。初期のクリーンなスタイリングは、GT4を挟み、オーバーフェンダーと長いスカートをまとい攻撃性を高めていた。リアデッキにそびえる巨大なリアウイングも、ル・マン・プロトタイプとしては、まっとうな姿だ。
1980年代半ばになると、GT5はGT5Sへと発展。クリーブランド生まれのエンジンは、355psを獲得。最高速度は280km/hへ伸び、1990年代初めまで生産は続いた。
その後、マルチェロ・ガンディーニの手によるパンテーラSiが登場。それまでのパンテーラとは異なる容姿が与えられている。
ポルシェ959
過激さを増すグループBの争いは、エキサイティングなロードーカーを生み出した。1987年にグループBは終りを迎えるものの、959はその後のポルシェ911へ発展する中身を備えていた。
ポルシェの技術者、ヘルムート・ボットとディレクターのピーター・シュッツは、グループBで戦えるクルマを計画する。パワフルな四輪駆動モデルだ。
エンジンは、2849ccの24バルブ・フラット6。グループCとして、956や962に搭載されていたクワッドカム・ユニットがベース。ボッシュ製のインジェクションと、KKK製のシーケンシャルターボ2基で武装し、最高出力456psを得た。
ケブラーとアルミニウムを多用したボディシェルは、驚くほど強固で軽量。フロントノーズは、グラスファイバーで強化されたポリウレタンによる、一体成型だった。
最新技術満載の959は、F40と対極的な存在でもあった。中でも特に注目だったのが、知的な四輪駆動システム。
路面や走行状態に応じて、前後のトルク配分を変化。通常は40:60の割合で前後のタイヤを回したが、必要に応じてリアタイヤへ80%の力を伝えることも可能だった。
車高は、高速域で自動的にダウン。8本の油圧リンク・アクティブダンパーは、アンチロールバーを不要とした。
グループBが終わり、959はパリ・ダカール・ラリーに活躍の場を求め、性能を実証。もちろんロードカーとしても、記憶に深く刻まれている。
当時としては最も先進的なスーパーカーで、最高速度は317km/h。グループBのホモロゲーション・マシンは、今に続くハイパーカーのマイルストーンといっていい。
ロータス・エスプリ・ターボ
スーパーカーの影響は、ホットハッチやスポーツサルーンとして、大衆車にも落ちてきた。実用性も備えた手頃なジュニア・スーパーカーが、魅力はそのままに、より現実的な選択肢として登場した。
マセラティ・メラクやランボルギーニ・ジャルパ、フェラーリ308、アルピーヌGTA V6など。その中でロータス・エスプリは、特に輝く存在だったといえる。
ジウジアーロによるスタイリングで、1976年に誕生したエスプリ。ウェッジシェイプのボディはグラスファイバー製で、スチール製のバックボーン・シャシーが支えている。
ミドシップされるエンジンは、当初は1973ccの4気筒。車重は900kgと軽く、優れた操縦性を得ていたが、162psの最高出力は少年には物足りない数字だった。
1980年に登場した限定仕様のエセックス・ターボには、ドライサンプの910エンジンを搭載。ギャレット製のT3ターボで過給する。最高出力は213psに引き上げられ、0-97km/h加速6.1秒、最高速度240km/hを実現した。
ジウジアーロがデザインしたボディキットも、目を引くポイント。間もなく量産モデルへと展開し、ジュニア・スーパーカーとしてのイメージを確立していく。
1980年代末には、ピーター・スティーブンスの手による新しいスタイリングへ変更。ソフトなラインを採用し、初期のデザインが現代的に再解釈されている。同時に、シャシー剛性も高められた。
1989年になると、2174ccの4気筒エンジンはマルチポイント・インジェクションを獲得。インタークーラーも追加され、267psにパワーアップ。最高速度255km/hと、0-97km/h加速5.0秒を切る、スーパーカーに並ぶ性能を獲得した。
フェラーリ288GTO
規制の緩いグループBは、ポルシェを高ぶらせたように、フェラーリにも火を付けた。伝説の250GTO以来となる、グランツーリスモ・オモロガート、GTOの名が復活したのだ。
同じ1984年生まれのテスタロッサと違い、288GTOはサーキット走行が前提。マラネロのラインナップへ、モータースポーツ直結のクルマが加わった。
ベースはフェラーリ308だったものの、288GTOの生産開始と入れ替わるように、308の販売は終了。308と288GTOとの類似点より、相違点の方がはるかに多い。
ボディの基本的なデザインは似ているが、その内側にあるのはホイールベースが110mm伸ばされたスチール製のチューブラー・フレームシャシー。軽量なケブラーやコンポジット材が多用されている。
オールアルミのエンジンブロックも308譲りながら、288GTOでは大幅にパワーアップ。横置きだったレイアウトは縦置きとなり、エンジンの後ろにトランスアクスル・レイアウトでトランスミッションが載る。
クワッドカムのV8エンジンは、ピストンのストロークが1mm短くされ、排気量は2967ccから2855ccへとわずかに減少。この排気量は、FIAのターボ係数1.4を掛けると、グループBの4000cc以下のカテゴリーに適合できる大きさだった。
電子制御フューエル・インジェクションと、IHI製のターボを組み合わせ、最高出力は405psを獲得。車重は1100kgをわずかに超える程度と、ライバルより軽量だった。
288GTOは0-97km/h加速4.9秒、最高速度304km/hをマーク。直系の子孫となる、F40に肉薄する性能を備えていた。
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みんなのコメント
一番美しいフェラーリ
(F40はカッコイイフェラーリ)