シフトチェンジ操作における駆動力ロスはレースでは無視できない
「ベストモータリング」ビデオは車載カメラを駆使し、ドライバーのステアリングやペダルワークなどあらゆる操作を見ることができるという点において画期的だった。そのなかで、僕が行っていた激速のシフト操作が話題となり、スーパーシフトとかマシンガンシフトなどと呼ばれるようになったのだ。まさに目にも留まらぬ早業で、いろいろな分析がされ、多くの意見もだされた。今回はそんな「中谷シフト」がいかにして生まれたのかをお伝えしたいと思う。
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中谷シフトはレースを通じて生まれたレーシングテクニックのひとつだ。速さを競うレースではいかに長い時間アクセルを踏み続けクルマを前に進めるのかが重要だ。マニュアルトランスミッション(MT)車ではギヤごとに車速が高まりエンジン回転ピークに達したら次のギヤにシフトアップしなければならない。通常ならアクセルを緩めつつクラッチを切り、シフトレバーを操作してギヤチェンジ。クラッチを繋いでふたたびアクセルを踏み込むといった手順となる。
つまりシフト操作が完了するまではアクセルオフの状態となっていて駆動力がかからない。高速であればあるほど空気抵抗や様々な抵抗力が加わり、このシフトチェンジ操作における駆動力ロスは無視できないのだ。それを感じたのは富士スピードウェイでミラージュのワンメイクレースに参加した時の事だった。富士スピードウェイはご存知のとおり直線が1.5kmと長く車速も高い。
ワンメイクレースで性能の均一なクルマ同士だと最高速に差がほとんどなくスリップストリームを使ってもなかなか追い越せなかった。
しかし、どのクルマも同じギヤ比で走っているので最終コーナーで3→4速へ、ストレート中程で4→5速へと2回ほどシフトアップ操作が必要になる。そこで、可能な限り早く操作すればアクセルオフ時間を短縮できると考えたわけだ。だがミラージュも含め通常の乗用車のMTにはシンクロギヤが組み込まれている。
クラッチが切れる前にシフト操作すればギヤやシンクロを痛めるし、シフト操作をミスれば追い越されてしまう。素早く、しかし慎重に実行する必要があったが、うまくシフトできれば追い抜きに有効なことも確かめられた。
あまりに素早いシフトはシンクロギヤを酷使し痛めてしまうリスクも高い。だから予選のアタック時やレースの追い抜き時に特化して使うようにしていたのだ。
いまのクルマでは「中谷シフト」の効果が出ない!
ベストモータリングのビデオでは常に中谷シフトしているように編集されたので、「あれじゃあミッションを壊しているようなものだ」という意見も多く寄せられたが「勝つ為にクルマの持つすべての性能を使い切る」というのがレースの基本。壊れたら直せばいいというのが持論だった。
逆に三菱スタリオンターボでグループA耐久レースを闘っていた時はノーマルのミッションを如何にもたせるか、ということに傾注し、ゆっくりスロットルを戻し、クラッチを奥深く踏み込み、シンクロを痛めないように力を抜いてゆっくりシフトする。レースである以上、ゴールまで走り切らなければ意味ないので丁寧に走る必要があったからだ。
のちに開発に加わりつつスーパー耐久レースにも参戦したランエボではレース距離で中谷シフトに耐える強度を求め、シンクロギヤをトリプルコーン~ダブルコーンとして全段に装備させ、ギヤ表面をショット加工して剛性も高めたのだった。
F3やF3000といったフォーミュラカーにステップアップすると、また事情は変わる。こうしたレーシングカーのトランスミッションはシンクロ機構をもたずドグクラッチというギヤと一体式の機構を持っている。組み合わさるギアの表面に凹凸があり、半ば強制的に組み合わせる。そのため両ギヤの回転を合わせる必要があるが、レーシングカーのレスポンシブルなエンジンとクロスレシオで組めるギヤ配分によって回転数差を小さくし可能としている。
たとえば富士スピードウェイの直線で最高速を高めるために3→5速の高速側ギヤをクロス化するが、するとストレートで2回スロットルを緩めなければならない。それでは低速ギヤのクロス仕様で加速重視のライバルに差をつけられない。そこでスロットルを踏み込んだままクラッチだけを一瞬切り素早くシフトするミラージュ時代に仕込んだ中谷シフト技を使った。するとギヤは瞬時に切り替わりロスを最小限にすることができたのだ。
当時、僕のマシンのデータロガーを管理していた無限の根津エンジニア(1988年に無限F3エンジンでチャンピオンを取得した時の選任者がともにF3000にステップアップしていた)が中谷さんのデータは星野(一義)さんとまったく同じ! と教えてくれた。日本一速い男として一時代を築いた星野さんは当時も無敵の王者だ。その特徴はアクセルを一切戻す事無くギヤチェンジしていたことで、無限のエンジニアの間では「ホシフト」と呼ばれていたそうだ。
速さを追求して到達したマシンガンシフトと呼ばれた中谷シフト。じつは星野さんはもっと古い時代にその領域を実践していた。ただベストモータリングという動画メディアが中谷シフトを白日の下に晒すことで脚光を浴びさせていたのだ。
ただシーケンシャルトランスミッションが登場してからはすべてのレーシングドライバーがスロットル全開のままシフトできるようになった。現代のパドルシフトのレースカーも同様だ。一方、市販ロードカーのMTではノッキング対策によるリタード制御(コンピューターによる点火時期遅延制御でエンジンを保護するフェイルセーフ機能)作動でアクセル全開シフトはむしろパワーロスを引き起こす。電子スロットルペダルはたとえペダルを全開に踏み込んでいてもリンクとして繋がっていないので自動で必要な分スロットルバルブが閉じられてしまっている。中谷シフトによる貪欲なまでの速さを追求できるモデルは数少なくなってきているのだ。
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みんなのコメント
サーキットインプレッションでも壊しまくってましたし。