モータースポーツの「歴史」に焦点を当てる老舗レース雑誌『Racing on』と、モータースポーツの「今」を切り取るオートスポーツwebがコラボしてお届けするweb版『Racing on』では、記憶に残る数々の名レーシングカー、ドライバーなどを紹介していきます。今回のテーマは、グループAレースに参戦したボルボ240ターボです。
* * * * * *
『マクラーレンvsウイリアムズ』Racing on最新号特集、ナイジェル・マンセル インタビュー
ボルボのモータースポーツといえば、ここ数年こそ目立った活動をしていないが、近年でいえばWTCC時代の世界ツーリングカー選手権、1990年代では850エステートでの英国ツーリングカー選手権(BTCC)参戦など、ツーリングカーレースにおける活動が盛んだった。
その数あるツーリングカーのなかでも我々日本人が特に衝撃を受けたのが、1980年代、グループAレースに参戦したボルボ240ターボだろう。
ボルボが240ターボでグループAレースに本格的に参戦を開始したのは1984年のこと。グループAに向け、大径タービンなどを搭載したエボリューションモデル『240ターボエボリューション』を1983年に限定生産してホモロゲーションを取得。
アルミのシリンダーヘッドや鍛造ピストン、クランクシャフトなどを採用してエンジンをチューニング。ボディも軽量な鋼板を使用するなどして、車体も大幅に軽量化して240ターボをレーシングカーへと仕立てた。
ボルボ240ターボは、本格参戦の初年度である1984年からヨーロッパツーリングカー選手権(ETC)、ドイツツーリングカー選手権(DTM)で勝利を挙げるなど、いきなり速さを見せつけた。そして、1985年、ETCではスイスのエッゲンバーガー・モータースポーツ、スウェーデンのマグナムレーシング、DTMではIPSモータースポーツとファクトリーチーム契約を結んで参戦を果たし、さらに飛躍を遂げた。
ボルボ240ターボはETC、DTMの両選手権ともにチャンピオンを獲得したのだった。特にETCでは14レース中6勝をマークするほどの強さだった。
こうして欧州で大活躍したボルボ240ターボは、同年11月に富士スピードウェイで初開催されたグループAカーの国際交流戦ともいえるインターTECに参戦するため、初めて日本へ上陸した。
来日したのはETCを戦ったチームのうち、エッゲンバーガーが走らせる2台だった。2台のボルボは初の富士にも関わらず予選から速さを見せつけ、フロントロウを独占。3番手の三菱スタリオンに2秒以上の大差をつけた。
5時間の長丁場となった決勝でもその速さは衰えることなく1-2フィニッシュ。3位のハルトゲBMW635CSiに、実に7周もの差をつけての快勝だった。
欧州での活躍を見れば、この圧勝劇は必然だったと言えるかもしれない。しかしスポーツカーのようなフォルムを持たない四角い“レンガ”のようなセダンボディのボルボ240ターボが見せたその速さは、日本勢に衝撃を与え、改造範囲の狭い車両規定で競うグループAにでの戦い方に大きな影響を及ぼしたのだった。
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
愛車管理はマイカーページで!
登録してお得なクーポンを獲得しよう
新車採用が「義務化」! でも後退時「バックモニター」だけで動くのは「危険すぎ」!? “カメラ”に映らない「死角」がヤバかった
「子供が熱を出したので障害者用スペースに停めたら、老夫婦に怒鳴られました。私が100%悪いですか?」質問に回答殺到!?「当たり前」「子供がいたら許されるの?」の声も…実際どちらが悪いのか
「財布を忘れて帰ろうとしたら、免許不携帯で捕まりました。今取りに帰るんですよ。私が悪いんですか?」質問に回答殺到!?「事実でしょ」「非常識」の声も…「うっかり」でも許されない理由とは
なぜ「暖機運転」必要なくなった? 昔はあたりまえの“習慣”も今では「NG」に!? 最近では「暖機“走行”」必要との見方も
「ヘッドライトが“まぶしい”んですけど、どうにかならないですか?」 困惑の声多数! あなたの行為「違反」かも? 「ハイビーム」の“落とし穴”とは
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
申込み最短3時間後に最大20社から
愛車の査定結果をWebでお知らせ!
店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!
みんなのコメント
あのフォルムでの速さは当時は衝撃的だった。