毎年6月、ル・マン24時間レースの開催されるサルト・サーキット。常設トラックと一般道を組み合わせた1周13km超のロングコースには多くのマーシャルポストが点在しており、当然ながらそこでは相当数のコースマーシャルが仕事に就いている。
その中のひとりが、ドイツ人のカーステン・ヴェルナー氏だ。長年ル・マンをはじめ、MotoGPなどでコースマーシャルに従事してきたヴェルナー氏とザビーネ夫人に、ナゾに包まれた世界最高峰の24時間レースの仕事体制やコースマーシャルの舞台裏について、彼の勤務先でもあるDEKRAラウジッツリンクで聞く。
【知られざる欧州コースマーシャルの実態(1)】国際ライセンスを所有、ドイツ中心に各地で旗を振る。イタリアだけは“特別区”?
ヴェルナー氏の経歴と現在のマーシャル業務のアウトラインについて聞いた前編に続き、今回の後編ではル・マンでのマーシャルの仕事の実際について、深堀りしてみよう。
■『4時間実働、8時間休憩』。2024年のSCは「地獄」
──それでは本題のル・マンについて伺いたいのですが、そもそもル・マン24時間レースのコースマーシャルは全体で何名いらっしゃるのでしょうか? また、どんな体制なのですか?
ヴェルナー:2500名です。24時間レースだけではなく、サポートレースも同じメンバーが担当します。ル・マンに関しては、安全上の理由等もあって4時間のシフトが組まれており、4時間実働、8時間休憩というサイクルでコースサイドを見守っています。
──とくに2024年は深夜の大雨の中長時間のセーフティカー(SC)ランが続き、コースサイドで見守ってくださるコースマーシャルの方々にも大変なレースだったと思います。
ヴェルナー:私はあのSCの時間帯はシフトに入っておらず、就寝中でしたので同僚たちの大変さは幸か不幸かまったく知りませんでした。
その大変な時間は同僚のドイツ人が担当をしており、後に彼らの稼働した4時間は大雨の中でずっとSCのボードを掲げる、黄旗を振り続けるという地獄のような時間だったと聞きました。前もって私たちのシフトは決められており、仲間のためを思って自分の休憩時間を犠牲にして手助けをしたとしても、それによって思わぬ事故や怪我や体調不良になっては元も子もなく、他の仲間にも迷惑がかかりますので、決められたシフトは厳守しなければなりません。
──あなたがご担当される箇所はどこで、どんなメンバーなのでしょうか?
ヴェルナー:いまはP8-P9(テルトル・ルージュの先のアウトサイド) を担当していますが、以前はアルナージュからポルシェカーブの間のアウトサイドのP106を担当していました。P106を担当していたのは小さなグループだったこともあり、当時は小さな簡易的なテントを建てて、みなで狭いところにギュウギュウになって過ごしたものです。やがてコースマーシャルの規則も少しずつ変化する中で、私たちの班はP8-P9に引っ越しすることになったのです。
ポストごとに違うかと思いますが、ル・マンでは主にフランス人、イギリス人、ドイツ人、ベルギー人が多くいます。ですが、私たちのP8-P9ではスコットランド人、アメリカ人、チェコ人、ベルギー、オーストリア、ドイツがミックスしています。私たちのいるポストの班長はベルギー人なのですが、フランス語・ドイツ語・英語・オランダ語を流暢に話せますので、多国籍組のポストでも頼もしい班長がいてくれるお陰でコミュニケーションに困る事はありません。ただ、レースコントロールの無線は英語です。
ほぼ毎年どのポストも同じ人たちが持ちまわりますが、年によっては人数が足りずに他のポストへ駆り出されることもあります。私は一度、ファースト・シケインのヘルプに入ったことがあるのですが、それは大きな挑戦であり、自分のシフトの時間は息つく間もありませんでした。
■経費含め完全無償のボランティア
──ところで、失礼を承知で懐事情を伺いたいのですが、ル・マンではコースマーシャルの方は有償でお仕事をなさっていらっしゃるのでしょうか、それともボランティアなのでしょうか?
ヴェルナー:世界各地からル・マンへ集まるコースマーシャルたちは、すべての経費を自費負担で参加する完全なボランティアです。コースマーシャルの各自の本業はさまざまですが、私も妻も会社員ですから、ル・マンはもちろんWECもMotoGPも他のレースも有給休暇を利用して参加しています。
ドイツの国内のサーキットではコースマーシャルには少しの日当やランチバックが支給されたり、場合によってはボーナスが支給されたり、食事会に招待して頂けることもありますが、ドイツ以外の国は一切ありません。外国ではたまに観戦チケットを頂けることがありますが、たとえ頂いたとしても私たちはコースマーシャルの仕事がありますので、一般の観覧席でレースを観戦することはできません。
──ル・マンでのコースマーシャルのみなさんの食事事情や、班の様子を教えてください。
ヴェルナー:ポストごとに班長がいてシフト表を作成したり各ポストを取りまとめますが、他にも食事や休憩ができるスペース用のテントや冷蔵庫、レースをコースサイドでも観られるようにテレビモニターやバーベキュー用のコンロ等の備品の調達を担当する人、必要な食料品や飲み物の調達をする人など、各自役割分担があります。
私たちのP8-P9の食事は、毎回50食程度を用意する大所帯です。自宅から通うコースマーシャルであればテントやキャンピングカーで宿泊して自炊をする必要はありませんが、私たちのように全員が遠方から来るポストではレースウイークを健康で安全に乗り切れるように、自分たちで努力しなければなりません。ですから、ル・マンの仲間は長年一緒にレースを見守り、そして寝食をともにする、大切な友であり、いわば家族と同じ存在です。
──ル・マンのコースマーシャルで大変なことは?
ヴェルナー:コースマーシャルだけで相当な人数がいますし、コースサイドの担当場所には全員が自走で来なければなりませんが、パーキングチケットの数がポストの人数を賄うのに充分ではないことも多いのです。また、たとえパーキングチケットを持っていたとしても、今日は通行できても翌日はなぜかNGだったり、朝はOKで夜はダメだったりもします。私たちは買い出しや用事で外出したり仕事のためにコースサイドへ出入りしなければならないのですが、毎回のこの押し問答には困りますね。それも毎年です(苦笑)。
また、完全手弁当のボランティアの為、コースマーシャルの年齢層は高く、後継者不足に悩まされています。
──ル・マンでの良い思い出は?
ヴェルナー:ル・マン100周年を迎えた2023年のレース前日にはコースマーシャルがスタートグリッドに全員招待されて大集合し、ACOのピエール・フィヨン会長やFIAの関係者からねぎらいのお言葉を頂けたことは非常に嬉しかったですね。また、以前はトム・クリステンセン/アラン・マクニッシュ/ディンド・カペッロが私たちのポストのテントを訪問してくれたことがあり、それも楽しい思い出です。
* * * * *
ル・マンに限らず、世界中のサーキットにおいて、どんなに厳しい天候下でもレースの安全を見守り、迅速に対応をしてくれるコースマーシャルたちがモータースポーツへの深い情熱を持ってボランティアでレースを支えてくれることに心から感謝し、レースを楽しみたいと思う。
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