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【ワイルド・スピードの世界、実在した】日本車やドラッグレース、密接な関係 作風変更の背景

【ワイルド・スピードの世界、実在した】日本車やドラッグレース、密接な関係 作風変更の背景

「ちょっと手を貸してくれないか?」

text:Kenji Momota(桃田健史)

【画像】日本とは雰囲気ちがう? アメリカ人がカスタムした日本車たち 全56枚

ワイスピこと、映画「ワイルド・スピード」。待望のシリーズ9、2020年5月日本公開が決定した。

まさか、初作公開から20年も続く世界的人気作品になるとは!?

90年代末、ロサンゼルス周辺で行われた初作の撮影現場に居合わせた筆者(桃田健史)としては、ただただ驚くばかりである。

邦題「ワイルド・スピード」としているこの作品。

ご存知の方には釈迦に説法だが、原題は「Fast&Furious」という。Fastは速さ、Furiousとはバイオレンスなど同義で過激さを表す。

初作は「The Fast&The Furious」という表記で、ほとんどの撮影が行われたのは1999年だった。

場所は、米カリフォルニア州ロサンゼルスカウンティ(群)や、それより少し南部のオレンジカウンティである。

筆者はテキサス州ダラスを生活の中心としており、ロサンゼルスなど南カリフォルニアに定期的に飛行機で通っていた。

南カリフォルニアには自動車メーカーや自動車部品メーカーの拠点があり、各社との会合が多かった。

そうした付き合いの中で、ロサンゼルス近郊にあるアフターマーケット系の企業やショップから「ハリウッドで日系改造車が主体の映画を撮るという話がある。手を貸してくれないか」という話になった。

それが、ワイスピ初作だ。

では、なぜワイルド・スピードが企画されたのか?

そこには、いまでは到底考えられないLA界隈での社会状況があった。

「ワイスピ」=ほぼドキュメンタリー映画

きっかけは、アジア系の若いマフィアだった。

1990年代後半、南カリフォルニアで改造日本車が徐々に増えた。多かった車種は、シビックやアキュラRSX(インテグラ)だ。

なぜ、FF(前輪駆動)ホンダだったのかといえば、南カリフォルニア在住のアジア系住民が80年代~90年代にシビックなどを購入し、90年代中盤頃から子どもたちに払い下げしたのだ。

アメリカでは走行距離10万マイル(16万km)が買い替えの目安となることが多い。そんなクルマで「思い切り遊ぼう」ということになり、アジア系マフィアたちが中核となり、夜間の市街地で、直線での加速を競うストリート・ドラッグレースが行われるようになった。

映画アメリカングラフィティからインスパイアされたのだ。

さらに、走りだけではなく、クルマのドレスアップも気にかけるようになり、最初は身内で愛車を見せあって自慢するようになった。

また「日本の東京オートサロンみたいなことをすれば、金になるかも?」という話になり、「ショー」と呼ばれる有料イベントが各地で行われるようになった。

だが、一部のショーでは、未成年者へのアルコール飲料の提供やドラッグの売買、また露出度が極めて大きい女性コンパニオンなど、違法性が高まった。

こうした社会情勢がワイスピ企画につながった。

その後、ドラッグレース・シリーズへ成長

当初、ホンダFFが中心だった、南カリフォルニアでの日系改造車トレンドだが、徐々に本格的な改造車が仲間入りしていく。

きっかけをつくったのは、日系改造部品メーカーやショップだ。

90年代後半時点で、すでに日本では改造車ブームに陰りが見え始めており、新しい市場として南カリフォルニアでのプチブームをかぎつけ、そこに油を注いで一気に全米規模のブームに仕立てようと企てた。

アジア系マフィアたちは、「ショー」で稼いだ資金を元手に、ドラックレース場を借りて独自のドラッグレースシリーズを立ち上げた。

ここに、日系改造部品メーカーやショップが、はるばる日本から遠征したり、LA近郊にアメリカ法人を設立してそこを拠点として、新生ドラッグレースに参戦するようになった。

アメリカではNHRAやIHRAなど、アメ車中心の古典的なドラッグレースシリーズがある。

一方で、アジア系アメリカ人たちは、日系改造車によるカルチャーを重んじて、参加者が気軽に楽しめて、さらに主催者として収益性が高いビジネスモデルの構築を狙った。

レースには、70スープラ、80スープラ、三菱3000GT(GTO)、R32GT-R、R33GT-R、ランエボ、WRXなど、FRやAWDのハイパフォーマンスモデルが次々に登場するようになる。

ところが、日系改造車ブームは、それほど長くは続かなかった……。

「TOKYO DRIFT」公開時、流れは変わっていた

南カリフォルニア発の日系改造車ブームは、ワイルド・スピード初作をきっかけに、全米規模のブームへと広がりをみせた。

一方で、大きな社会問題に発展した。

集団での暴走行為や、未許可のストリートドラッグで、地元警察に一斉検挙される事例が全米各地で発生。

また、市街地を走行中の日系改造車に対して、違法改造車としてその場で車両を没収されるケースも度々起こった。

ワイスビに刺激されて、日系改造車に手を出したアメリカ人たちが、アメリカのクルマ社会における法の厳しさに直面したのだ。

その結果、日系改造車ブームは、一時の社会現象としては2003年頃に沈静化し、日系改造メーカーやショップは相次いで北米事業から撤退した。

一方、ワイスピは、2匹目のドジョウ狙いで2003年の「X2」を公開。

第3作「TOKYO DRIFT」公開時の2006年には、北米での日系改造車市場は一時より縮小し、一部の愛好家の中で継続。中国や東南アジアを意識して、舞台を東京にシフトした。

さらに、2009年公開の第4作「MAX」からは、日系改造車の存在感は一気になくなり、アメ車主体の「スパイ映画っぽい」作品へと大きくシフトした。

2020年5月公開、第9作「ジェットブレイク」では、ハン復活など、シリーズ20年目突入による新たなる展開に期待が膨らむ。

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