「若者のクルマ離れ」なんて言葉が騒がれるなか、たしかにいま、クルマを所有するハードルは(老若男女にかかわらず)高くなっている。「離れているのは(高額化が進む)のほうクルマでは」、「税金や駐車場の問題など所有ハードルが高すぎる」、「公共交通機関が発達した都心部ではクルマを所有する意味がない」、「スマホ代で手一杯でクルマなんて買えない」などなど、多くの要因が叫ばれている。
さてそんな状況をよそに、「全財産を投じてボルボを買った」という作家が現れた。当サイトではその購入エピソードに感激して、さっそく原稿を依頼。当サイトのために御執筆いただきました。こんなにカッコいいお金の使い方、久しぶりに見ました。自動車専門メディアに従事するひとりのクルマ好きとして、感謝いたします。ありがとうございます。
マセラティの生産再開を祝う限定車「レヴァンテ トロフェオ トリコローレ」が日本上陸
文/岸田奈美、写真/岸田奈美、樹利佳(なりか)、VOLVO
【画像ギャラリー】…全財産をぶっこんだボルボV40の雄姿と岸田ファミリー
■どうしても買わねばならない理由があった
学生時代から9年間働いて貯めたお給料と、作家になってからはじめて出した本の印税、あわせて全財産を投じて、ボルボを買った。免許もないのに。
これだけ読めばアホの所業だが、一旦、わたしのアホではない話を聞いてほしい。
わたしにはどうしても、ボルボを買わなければならない理由があった。一つは障害のある母のため、二つは亡くなった父のためだ。
母は、12年前に心臓のやばい病気にかかり、やばい手術の後遺症で、足がまったく動かなくなった。しばらくふさぎ込んでいた母の眼に、希望を灯してくれたのが、「手だけでアクセルとブレーキを操作できる車があるって、知ってますか」というお医者さんの言葉だった。
母は一番簡単に改造できる安い車を買い、一ヶ月ほど運転を習い、運転席に座ったまま車いすを一人でグイッと持ち上げ、後部座席に放り込むというゴリラのような技法を独断で身につけ、ついにどこへでもブイブイ出かけるようになった。
わたしや弟を、学校や職場へ車で送り届けてくれたとき「こんなわたしでも、またあなたたちの役に立てる」と、母は泣いた。わたしも泣いた。
季節は巡り、車を買い換えることになった。ちなみに、走行距離を見た車用品店の人は「たった5年で、こんなに走るとは…」と絶句していた。
買い替えとなると、わたしと母には、一生に一度、どうしても乗ってみたい、あこがれの車があった。思い出の車でもあった。
それが、ボルボだ。
15年前に亡くなった父が、愛した唯一の車なのだ。
在りし日の岸田家とボルボ
■「いつか立派な大人になったら、ボルボに乗ろう」
父は、年季の入ったアパートの古さを盛大に活かし、リノベーションする建築家だった。何度も足を運んだ、西欧や北欧の美意識に、心底惚れ込んでいた。ボルボはスウェーデンで生まれた車だ。
阪神大震災で、実家や車が壊れていくのを見て「いざという時も、めったに壊れないくらい頑丈で、乗っている家族を守ってくれる車がいい」と、ボルボに全信頼を寄せ、父は購入した。
大抵のことを忘れるボンクラのわたしが、父とボルボとの思い出は、色鮮やかに覚えている。
春になると、後部座席をベッドみたいにして、母とわたしと弟を乗せ、神戸の田舎町から東京ディズニーランドまで8時間もの道を、夜通し走ってくれた。ZARDの熱唱と、「静岡が永遠に終わらん」という嘆きを、寝ぼけ半分で聞きながら、すごく楽しかった。
父の愛と誇りが詰まったボルボを、父の死と同時に、わたしたちは手放した。アルバイトを始めたばかりの母と、学生のわたしと、障害のある弟では、維持していくためのお金が足りなかった。
悔しくて、申し訳なくて、たまらなかった。
いつか立派な大人になり、たっぷりお金を稼いで笑いが止まらんようになったら、ボルボに乗ろう。いや、乗ろうと思ってたけど、いつまでも運転免許がとれないわたしにはセンスがなさすぎるので、せめて買おう。
そう決めていたのだが、運命の日は想定よりずっと早く訪れた。
■「買います、現金一括で」
「ボルボ V40は昨年で生産中止になりました」
風の噂が、寝耳に水で、一事が万事、大わらわである。なぜかというと、母が運転できるボルボの車種はV40のみだったからだ。
車いすから乗り移れる車高の低さ、駐車場に停めたとき車いすを横づけできるスペースの残る横幅。この条件を満たしているのが、V40のみだ。V60でもV90でもいけない。
ボルボV40。初代は1995~2004年に発売していったん生産終了、現行型となる2代目(写真)は2012年に発売開始し、2019年に生産終了を発表。XC40などのSUV車に生産と開発資源を注力する狙い。現在V40は在庫販売のみ
母とわたしと弟は、「サザエさん」エンディングのフォーメーションで、ボルボ屋さん(ディーラーという名称を知らなかった)に駆け込んだ。山内さんという新人の販売員が対応してくれたのだが、なんと、V40はもう1台しか残っていなかった。
いま買わなければ、もう一生、家族でボルボに乗れないかもしれない。わたしは手に汗を握りながら、パンフレットの値段を見た。
「高い……!」
さらに、ブレーキとアクセルを手で操作する装置、車いすの移乗をサポートする板の設置で、改造費が55万円ほど容赦なくかかってくる。高いって。
しかし、ボルボ屋さんに来たときから、わたしの腹は決まっていた。
貯金と印税で、ギリギリ足りるじゃないか。わたしは作家といえど、しがないフリーランスなので、まともにローンが組めない。
「買います、現金一括で」
母はわたしを二度見し、山内さんは二度聞きした。
決意は揺らがなかった。
お金はまた貯めたらいい。予想もしなかった喪失に振り回されてきた人生だ。来るかわからない非常事態に備えるより、父が愛し、母が熱望した車をパアッと買って、家族でまた、ドライブに乗り出そうじゃないか。そっちの方が、よっぽど意味のある、お金の使いみちに思えた。
実はそこからが大変で、なんと、ボルボのような外車を障害者向けに改造するという事例があまりないらしく、引き受けてくれる工場がなかなか見つからなかった。
ボルボV40の室内(写真は左ハンドル仕様)。落ち着いた内装とスペース効率には定評があるが、手動運転装置や車椅子収納のための架装にはハードルが高そう…
詰んだかと戦慄したが、なんと山内さんが「僕は来月、アウディに電撃異動になってしまったので、これが最後のボルボ納車なんです。どうしても岸田さんにV40を乗ってもらいたい」と衝撃的な告白とともに駆け回ってくれ、ニッシン自動車工業関西の山本社長のもとにたどり着き、改造を快諾してもらえた。
難しい改造だ。国産車と比べると配線は違うし、一台ずつ器具を細かく調整しないといけない。失敗して車体に不具合が出れば、弁償だ。
それでも山本社長が引き受けてくれたのは「僕にも足が不自由な父がいるから、どこへでも連れていってくれる車の大切さがすごくわかるんです」という理由だった。だれかのためを思った仕事が、また別のだれかを救っている。こんな素晴らしいことが、あるだろうか。
架装を引き受けてくれ、改造へ。写真左は筆者のお母さま
■「知らない」の諦めを、「知っている」の希望に変えたい
12月15日。
手だけで運転できるようになったボルボは、無事納品された。
母が独断で決めたナンバープレートは「いい奈美(1173)」、わたしの名前だった。
無事納車。本稿は筆者(岸田氏)から写真もお借りしたのですが、クルマには、人を笑顔にする力があるんだと久しぶりに確信できる写真でした
思いかえせば、父が亡くなり、母が歩けなくなったときの岸田家は、絶望のドン底を越えた、ズンドコだった。
車いすに乗った母と気晴らしにどこかへ出かけようとしても、街は階段のある店や、狭い通路しかない店ばかりで、好きなところを選べなかった。住む家も、着る服も、運転する車も、今までは「これがいい」より「これしかない」で、選ぶほかなかった。
必死で生き延びたはずの人生が、気がつけば、小さなガッカリの連続になる。積み重なったガッカリは、諦めに変わる。サッサと諦めることに慣れると、前向きに生きる活力なんてバッキバキにくじかれる。
「歩けなくなったら、家族の役になんてもう立てない」
「歩けなくなったら、どうせ車なんてもう乗れない」
いじけていた時期も、わたしたちにはあった。だけど最初から諦めていては、損だ。希望のために願い続け、助けを求め続け、前を向き続けていれば、その声は誰かに必ず届く。
今回だって、わたしたちに出会い、情報を教えてくれたり、ひと肌脱いでくれたりしてくれた人たちがいなければ、ボルボには乗れなかった。
「知らない」の諦めを、「知っている」の希望に変えたい。だからわたしは、これを書いた。目が見えなくても、車を運転できる場所が用意されているのを知っているだろうか。それだって、誰かの希望の仕事だ。
納車されたボルボを母が運転し、家に到着した。
車から離れ、ふと後ろを見ると、弟がボンネットのあたりを、しばらくナデナデとさすっていた。
「きてくれて、ありがと」
弟は言った。車はいきものなのだ、と思った。
人と同じように、大切な人の命を守り、思い出ごと積み込み、希望に向けてブイブイ走る。
だから、いつまでも愛しい。
写真右が今回の記事筆者である岸田奈美さん、写真中が母親の岸田ひろみさん、写真左が弟の岸田良太さん(写真/樹利佳(なりか))
岸田家のこと、家族のこと、笑って泣ける名著です。『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』岸田奈美著
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みんなのコメント
なんて奴だと思っていたら
車椅子の人が来て腕の力で運転席に座って
車いすを畳んで後席に入れていた。
なるほど、2ドアじゃなきゃできないよね
と、思って偏見が一つ消えた。