この記事をまとめると
■フォルクスワーゲン・タイプ2を8輪にカスタムしたモデルがある
■スキー好きのエンジニアが雪上走行をするためにカスタムしたもので後ろ4輪はクローラーになっている
■フォルクスワーゲンの商用車部門がレストアを施して見事に復活を果たした
スキー好きが高じて製作されたワーゲンバスのいも虫
フォルクスワーゲンのバスと親しまれているタイプ2。ユーティリティワンボックスカーの始祖というかお手本ともいわれる名車に違いありません。このフォルクスワーゲン・タイプ2に「フォックス」と呼ばれるカスタムカーがあったこと、ご存じでしょうか。口さがないメディアは魔改造などと表現していますが、果たしてどんな改造が施されていたのでしょう。
そもそもは、オーストリアのエンジニア、クルト・クレッツナー氏のスキー好きが発端でした。ウィーン市内で主にフォルクスワーゲンの修理などを行っていたクレッツナー氏は、1967年にタイプ2が生産終了された際、この優れたクルマでもって山岳労働者やハンター、へき地に出向く必要がある医師らに役立つカスタムができないかと考えたのでした。
もっとも、最大のモチベーションは「スキー」で、おそらく彼は友人だか知人だかのスキーリフトエンジニアから「雪が積もっているとリフトの根元までいくのもしんどくてなー」などと相談でもうけたのでしょう。当時はすでにスノーモービルも普及していたと思われますが、リフトの整備には大量、しかも重量級の工具が必要となることがしばしば。ならば、積載量はもちろん、ヘビーデューティでも知られるタイプ2のカスタム一択! クレッツナー氏は3台のタイプ2を仕入れ、カスタム作業に入ったとのこと。
スキー好きだったクレッツナー氏は、リフトエンジニアの要望以上に雪山のことを知悉していたに違いありません。たとえば、積雪した山岳には道と呼べるようなものはなく、そこではスパイクタイヤよりも無限軌道、すなわちクローラーでなければ満足いく推進力は確保できないなど。
また、最小回転半径も無視できるポイントではありませんでした。太い樹木が生い茂る森林地帯では、小まわりが利く車体でなければ、それこそ退路を断たれ絶体絶命。そうしたことを踏まえ、クレッツナー氏は4年の歳月をかけて、「フォックス(狐)」と名付けたマシンを完成させたのです。
資料ひとつないレストアは苦労の連続だった
最大のカスタムポイントは、フロントとリヤにアクスルシャフトを追加して、それぞれ4つのタイヤを装備させたことでしょう。そしてタイプ2のRRレイアウトという有利なトラクションをさらに増長させ、リヤの4輪は独自のクローラーを巻くという改造へ。さらに、13インチという小ぶりなタイヤサイズとすることで、圧雪路は余裕、新雪がうずたかく積もっていたとしても抜群の走破性を得ることに成功しています。
また、フロントの4輪化は多輪化によるトラクション確保もありますが、同時に雪道での操舵性向上にも寄与しているかと。それでいながら、回転半径を5m程度にできたというのも、ベースがRRとはいえ見事なパッケージと驚かざるを得ません。
クレッツナー氏はフォルクスワーゲンのメカニズムに精通していただけあり、やみくもにエンジンをチューンすることはしませんでした。オリジナルの空冷フラット4エンジンは、排気量1192ccのままなので最高出力も34馬力とカタログデータを引き継ぎます。8輪化したあと、最高速は35km/h程度となりましたが、雪の積もった山岳路では十分以上の数値といえるでしょう。
で、この個体は最初グミュントにあるポルシェミュージアムに所蔵されていて、そこでレストレーションが始められたのですが、設計図どころか資料ひとつなく、すぐさま行き詰まることに。どういう経緯かは不明ですが、グミュントからフォルクスワーゲンの商用車部門に移され、2018年からレストアが再スタート。もっとも、ここでもクレッツナー氏というたぐいまれなるアイデアマンの作品には苦労の連続、未知の領域だったとされています。「それぞれパーツの意図は理解できたものの、材質や強度を推し量っての作業は初めての経験とはいえキツかった」とのこと。
結局、彼らはレストアを見事にやってのけたのですが、少しだけオリジナリティを加えたところもありました。「リヤのスペースにはなにひとつ残っていなかったので、ブナと松をつかって床や壁、そしてツールホルダーを加えることで本来のフォックスらしいクルマに仕上がった」としています。
剥離塗装が施され、オリジナルのオレンジとなって息を吹き返したフォックスは、ご覧の通り雪の中を「いも虫」のように「いかつい」走りをはっきりと示しています。
クレッツナー氏の情熱はもとより、レストアスタッフらのそれにも改めて胸が熱く思い、クルマ好きなら誰もが抱くのではないでしょうか。
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