今や世界唯一となった、"非電動化"V12
フェラーリが創業した翌年となる1948年に登場した初のロードカー『166インター』がそうであったように、V12エンジンをフロントに搭載するモデルは、フェラーリにとってDNAを体現する大切な存在だ。
【画像】ルクセンブルクで撮影されたフェラーリ・ドーディチ・チリンドリ 全142枚
その後、1954年の『250GTクーペ』や1964年の『275GTB』などを経て、今回、『ドーディチ・チリンドリ』のデザインモチーフとなった1968年の『365GTB4』、通称”デイトナ”まで、フェラーリのロードカーにおいて、主軸のパワートレインであり続けた。
しかし我々日本人は、1977年を頂点とするスーパーカーブームで、1971年の『365GT4/BB』や1976年の『512BB』がランボルギーニ・カウンタックと双璧をなす憧れの存在であったことや、1984年に登場した『テスタロッサ』などが、バブル時代を象徴する華やかかつ強烈なイメージであったことから、リアにミドシップマウントするフェラーリのほうが本来あるべき姿だと思いがちだ。
だから、1996年に『550マラネロ』でフロントエンジンに回帰したときは、主に憧れ層から批判的な意見が多かったと記憶している。しかしそこから『575Mマラネロ』、『599』、『F12ベルリネッタ』、『812スーパーファスト』と続いてきたのはご存知のとおりで、一方、550マラネロよりも一足早い、1992年の『456GT』に始まったフロントV12エンジン4シーターの流れは、『612スカリエッティ』、『フェラーリ・フォー(通称FF)』、『GTC4ルッソ』を経て、フェラーリ初の4ドアモデルとなった、『プロサングエ』へと続いている。
そういった流れの中で今年5月にデビューしたのが、812スーパーファストの後継となる『フェラーリ・ドーディチ・チリンドリ』だ。イタリア語で12を意味する”ドーディチ”と、気筒=シリンダーを意味する”チリンドリ”を合わせて、そのまま”フェラーリ12気筒”を車名にするという、大谷も真っ青のど真ん中ストレートである。
しかし重要なのは、フェラーリV12のDNAを受け継ぐ大切な存在であること。そして今や世界唯一となった、”非電動化”V12パワートレインを搭載することだ。
そういった背景を理解すると、このドーディチ・チリンドリという車名に、どれだけの思いが込められているか、容易に想像できるだろう。
3、4速のトルクカーブを彫刻するように
今回、ドーディチ・チリンドリの国際試乗会が開催されたのは、なんとルクセンブルク。先に種明かしをすれば、ミシュランと並んで新たに標準タイヤに採用されたグッドイヤーの開発、研究施設があるからで、ルクセンブルクの豊かな自然を堪能しながらの公道試乗と、プロドライバーの同乗も含めたその名も『グッドイヤー・サーキット』の走行を組み合わせたテストドライブとなっていた。
前置きが長くなってきたが、走り出す前に、肝心の12気筒自体の話はしておかねばならない。
F140HD型と呼ばれるこのV型12気筒は、基本的にこれまでの流れを組む65度のバンク角を持つもの。2002年にエンツォ・フェラーリが搭載したF140B型のスペックが排気量5998cc、最高回転数7800rpm、最高出力660psだったのに対し、ドーディチ・チリンドリは6496cc、9500rpm、830psとなり、数字だけ見ても20年以上でとんでもない進化を果たしたのがわかる。
投入された技術の全てを説明するにはあまりにスペースが足りないが、注目は選択したギアに合わせて最大トルクを変化させるという、自然吸気エンジンでは史上初となるソフトウェアの導入だ。
フェラーリは『3速と4速ギアのトルクカーブを彫刻するように形付けることができた』と自負しており、これと8速化されたDCTの組み合わせが、ドーディチ・チリンドリの性格を決定付けたといっても過言ではない。7→8速化は、V8モデルであるポルトフィーノ→ポルトフィーノMでもあったが、街中の走行マナーが劇的に向上したのを覚えていて、今回も同様の効果がはっきりと体感できた。
きっとクルマが何とかしてくれている
ルクセンブルク郊外の道は、決して広くない。しかも約3時間半となるテストドライブ、その序盤はまさかのウエット路面であった。日本から24時間以上かけてやってきたのに……。
そこを全幅が2176mmもあるフェラーリで走るのは、かなり肝を冷やした。しかしそこで役に立ったのは、車線をはみ出すとまるで轍を踏んでいるかのような身体に伝わる振動とアラート音。フェラーリがADAS……とは時代を感じさせるが、実は見知らぬ国のソロドライブでは結構助けられた。
走り始めてすぐに思ったのは、驚くべき乗り心地のよさだ。599で初採用されたマグネティックライドは、まさに熟成極まれりといった感触で、試乗中に足まわりが硬い、不快と思ったことは皆無。プロサングエでもアクティブサスの採用で、スポーツドライブと快適性を高いレベルで両立していたが、フェラーリはここで何かを掴んだのではないかと思えるほど、ひと世代もふた世代も熟成した印象だ。
そんな乗り心地と相まって、V12エンジンと8速DCTの組み合わせによる走行マナーのシームレスさは、感動的なレベルだった。あまりにスムーズすぎて、現実感がないと思ってしまったほど。
ワインディングではウエットということもあり、コーナリングでたまに後輪が滑るような場面もあったが、そのままの印象を書くと、”きっとクルマが何とかしてくれているんだろうな”と感じて、危うさを感じたことはゼロ。ドライバーの技量不足をさりげなくカバーしている印象だ。
嗚呼、このためにルクセンブルクまで来たのか
だんだん緊張感も和らいできてクルマに慣れてくると、ドーディチ・チリンドリがとても扱いやすいクルマであることに気が付いた。正確には”そう思わせてくれる”と書くのが正しいだろう。830psのFRが扱いやすいなんて、ちょっと不思議な感覚だが、そんなハイスペックを”使わない”場面のマナーは実に紳士的だ。
後半は路面も乾いてきたので、ステアリングのマネッティーノをスポーツモードに変更。そして、うずうずと湧いてくる、V12サウンドへの渇望……。
ということで、周囲の様子を見ながらレッドゾーン手前まで引っ張ってみたところ、あのV12らしいレーシーなサウンドが轟きわたり、嗚呼、このためにルクセンブルクまで来たのかと感動! しかもそこに怖さやハードルはなく、これなら誰でも楽しめそうな気がしたのも、時代を感じさせる部分だ。
無事に3時間半のテストドライブを終え、昼食を挟んで、グッドイヤーの施設を見学。試乗会プログラム最後に設定されたサーキット走行では、もはやクルマの大きさを感じないくらい馴染んで、コースを気持ちよく駆け抜けることができたのだが、同乗走行では、その数段上のレベルでの”扱いやすさ”を体験することになる。……あんなに”踊る”フェラーリに乗ったのは初めてだ。
前日のプレゼン。ドーディチ・チリンドリを紹介する映像の中で、生前のエンツォ・フェラーリがこう話していた。
「12気筒はいつだってフェラーリのオリジナルカーだ。12気筒1500ccが誕生したのは1946年だから、それ以外はすべてオリジナルの派生モデルだと思ってほしい」
ヨーロッパの厳しい排出ガス規制の中で、自然吸気12気筒を作り続けることは、もう難しいかもしれない。だからこそ、派生モデルの集大成として作られた”フェラーリ12気筒”なのかもしれない。いや、人生を楽しむ天才であるイタリア人たちが、今を楽しむ最高の1台として、楽しんで開発したのかもしれない。
いずれにせよ、歴史に残る”12気筒”が誕生したことだけは確かだ。果たしてこれは歴史の終わりか、それとも新たな時代の始まりなのだろうか?
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