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マセラティとフェラーリの関係は如何にして生まれたのか(前編)──イタリアを巡る物語 vol.13

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マセラティとフェラーリの関係は如何にして生まれたのか(前編)──イタリアを巡る物語 vol.13

話題のMC20が久方ぶりに内製エンジンを搭載するなど、フェラーリとの関係性が大きく変化しているマセラティ。そもそもマセラティとフェラーリの関係は如何にして生まれたのだろうか?

なぜマセラティはフェラーリの傘下に入ったのか?

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昨年と同様、2021年はマセラティ史におけるエポック・メイキングな年として記憶されることとなるに違いない。フェラーリ製エンジンから決別し、久方ぶりにマセラティ内製エンジンを採用したMC20が昨年デビューし、今年はそのデリバリーが開始されるのだから。エンジンだけではない。そのボディペイントもフェラーリへの委託を廃し、自前で行うことになった。フェラーリとの関係性が大きく変化しているのがマセラティの今である。今回は、そのマセラティとフェラーリの関係性が如何にして生まれたのかをテーマとして書かせて頂きたい。

1997年9月にマセラティがフィアットによる直接のマネージメントから離れ、(同じくフィアット傘下の)フェラーリによるマネージメントとなることが発表された。それは、かつて同じモデナという地でライバル関係であった者同士が手を組む(というよりも、その一方が他方の傘下となる)という衝撃的なニュースであった。これはフィアットのトップであったジャンニ・アニエッリが描いたプランであり、彼がフェラーリへと送り込んでいたモンテゼーモロに、次のミッションとしてマセラティの再建を任せたのであった。

1993年アレッサンドロ・デ・トマソが心筋梗塞で倒れたことで、デ・トマソ・ファミリーの所有していたマセラティの株式の49%をフィアットオートが引き取った。つまりマセラティが完全にフィアットオートの一員となり、傘下のブランドとなった訳だ。しかし当のフィアットオートの経営状況も厳しく、マセラティのために投入出来る資金は限られていた。さらに大きな問題だったのは、フィアットオート内に、少量生産スポーツカー開発のリソースが欠如していたことであった。フェラーリとの接点を多く持ったイゥージニオ・アルツァーティCEOのマセラティ再建への奮闘にもかかわらず、残念なことにマセラティの業績はふるわなかった。

フィアットグループ内で、少量生産スポーツカーの開発ノウハウを持っていたのは唯一フェラーリであった。そこでフェラーリの開発リソースとブランドパワーを活かし、マセラティを中規模(生産台数)ラグジュアリーブランドに育て上げるというのが、ジャンニ・アニエッリの描いた青写真であった。一方、フェラーリもその希少性を維持するため、販売規模の拡大が出来なかったから、サブブランドという形でマセラティを加えれば、全体でより利益を確保できると踏んだわけだ。

このコラボレーションにはほかにもメリットがあった。既に熟練工の匠だけで製品クオリティを保つことは限界に来ていたこともあり、フェラーリも新たな設備投資が必要であった。そこで、フェラーリ製エンジンをマセラティが採用すれば、スケールメリットが活かせる。また、ボディのペイントも両ブランド用に内製化すれば、外注コストも削減できる。そういった合理化が随所で行われた。そういった文脈の中でマセラティ自社製エンジンはMC20の誕生まで姿を消すこととなったのだ。

消えた“金時計”

当時、マセラティのラインナップはマルチェッロ・ガンディーニの手によるクアトロポルテIVと、モデル末期のギブリIIであった。まず、モンテゼーモロが手を付けたのは生産の合理化だった。6カ月間モデナ工場の操業を止めてアッセンブリーラインのリニューアルを行った。マラネッロ工場のラインよりも近代的な最新のコマウ製システムを導入し、生産量の拡大に備えた。注目すべきことは、1930年代からそのまま維持されていた伝統的な建物自体には全く手をつけなかったということだ。モンテゼーモロはマセラティの長い歴史こそがリスペクトすべき存在であるというブランド戦略をとった。彼はフェラーリがマセラティを救済するというような高飛車なスタンスを取らなかったし、そういった発言をすることはなかった。あくまでもモデナの良き仲間としてイタリアの至宝を迎えたという表現に終始した。さすがマーケットの心理をよくわきまえていた。

さらにそれまでマセラティが取引を行っていた小規模なパーツサプライヤーを精査し、フェラーリ関連のサプライヤーからの調達へと変更していった。それまで生産規模が小さかったマセラティは大手パーツサプライヤーと交渉しても、購買規模が小さい為に断られるという事態にしばしば遭遇していた。それが、フェラーリとの“合算”によって解決された訳だ。ちなみにクアトロポルテIVエボルツィオーネやギブリII最終モデルのクオリティが、この仕様変更によって画期的に向上したかというと、実際はそうでもなかった。既にフィアット・マネージメント下においてかなりの改善が行われており、どちらかというとここで行われたのは生産工程の合理化という側面が大きかった。そしてデ・トマソ時代のイメージを払拭するため、インテリアにおいては派手やかな光沢をもったブライアーウッドは、シックなテイストのものに変更され、同様にラサール製の金色に輝くオーバルウォッチもダッシュボード中央から消えた。

ジウジアーロ筆によるクーペの復活

新マネージメントの顔となるニューモデル 3200GTはジウジアーロの手によるスタイリングによって開発が進んでいた。実はそのプロジェクトの起源を辿るとデ・トマソ期まで達するもので、フィアット・マネージメント下においてもずっと開発が継続されていた。当初は全く新規のプラットフォームを用いて従来のビトゥルボ系モデル=ギブリIIやクアトロポルテIVよりもかなり大きなセグメントのモデルとしての開発が予定されていた。そう、初代ギブリやボーラという大型グラントゥーリズモを目指したものであったが、資金不足から結局はビトゥルボ系のプラットフォームを流用することとなった。ジウジアーロも、幾度にもわたる仕様変更が繰り返され、たいへん厳しい開発プロセスであったと語っている。

1993年よりも前から3200GTの開発は始まっており、当初は遅くとも1996年にはデビューというタイムテーブルであったが、フェラーリ傘下入りなどのごたごたから結局は1998年にようやく完成となった。しかし、その期間、ずっと開発が続いていたかというと全くそんなことはなく、開発が中断していた時期も長かった。著者もごく初期の段階でモデリングを目にしたのだが、それはあのブーメラン型テールランプも採用されておらず、生産モデルとは多くの点で異なっていた。つまりフィアット・マネージメント時代と、フェラーリ傘下へ入ってからの開発再開までの間に長いインターバルが存在したのだった。

フェラーリの流儀によるエンジニアリング開発

フェラーリにおいて512TR以降、多くのエンジニアリング開発を担当したロベルト・コラーディは1997年マセラティのフェラーリ傘下入りと同時にマセラティへと移籍した。

「とにかく大変な“リ・スタート”でした。発売予定からすると、すべてが大きく遅れていました。時間もなかったし、1997年7月の時点ですらあらゆることが混とんとしていました。あるのはジウジアーロのデザインによるボディ、つまり“箱”だけでした。一番重要な、どんなクルマに仕上げたいかというコンセプトが共有されていませんでした。現場では評価の基準も全く存在せず、開発の担当すら不明瞭だったのです」とコラーディは語る。

約1年間で新生マセラティの顔となる重要なモデルを仕上げなければならなかったから、開発は時間との闘いであった。マセラティとフェラーリではその開発における評価の基準が全く異なっていたことも混乱を招いた。たとえば、フェラーリでは伝統的にサーキットにおける走行テストが重視されたが、マセラティは様々な一般道における評価に重きを置いていた。そういうところで、ゼロから一切を立ち上げていったから、コラーディに言わせれば、3200GTが無事、生産に漕ぎ着けたのはまさに奇跡だった。

北米市場への再参入

マセラティは今から40年前の1981年に誕生したビトゥルボによって北米市場で強力なマーケティングを行い、大きな成功を収めた。しかしスタイリッシュなビトゥルボの中身はかなり硬派なモデルであり、それを完調に保つためにはそれなりに手が掛かった。メインテナンスフリーのアメ車のような感覚で乗りまわしたオーナーからはクレームの嵐となり、触媒の過熱に起因する車両火災などリコールも頻発した。結局、僅か数年でマセラティは北米市場から撤退せざるを得なくなり、1987年以降マセラティの北米輸出は途絶えていた。一方、モンテゼーモロはマセラティ復活へのメインテーマを北米市場への再参入プロジェクトに置き、何を置いても早期に達成しなければならない重要な課題とした。

ところが3200GTはそもそも北米市場を見据えて開発されたものではなかった。基本設計の古いビトゥルボ系エンジンはパワフルで丈夫なことには定評があったが、北米の排ガス基準に適合させるのは既に難しくなっていたし、3200GTのチャームポイントでもあったブーメラン型の市販車初のLEDライトは安全基準に適合させることが不可能であった。デビューの翌年に設定されたBTR製の4速オートマチックトランスミッション(トルクコンバーター仕様)の供給量も不足していたし、なにより、3200GTはかなりピーキーな味付けで、ある種の“凡庸さ”が求められる北米ユーザーの嗜好にもマッチしているとは言いかねたのだ。そこで前述した量産体制を確立したフェラーリ製V8自然吸気エンジンを活かした、ニューモデルの開発への取り組みが早々に始まったのであった。(続く)

文・越湖信一 編集・iconic
Photo & Text   Shinichi Ekko   EKKO PROJECT
Special Thanks: Maserati S.p.A.

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