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山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.66「タイヤがグリップしたことを悔やんだ日」

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山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.66「タイヤがグリップしたことを悔やんだ日」

再び悲しさに包まれた2011年の終盤

連載:山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]【独占Webコラム】

―― 2011/10/21 MotoGP Round17 Sepang Marco Simoncelli – Gresini Honda – RC212V

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、その当時を振り返ります。2011年のシーズン終盤は、ロリス・カピロッシ選手の引退発表、原発事故による放射能問題に揺れた日本GP、マルコ・シモンチェリ選手の事故死と印象深い出来事が続きます。

TEXT: Toru TAMIYA PHOTO: HONDA, DUCATI

ドゥカティとブリヂストンを成長させてくれたカピロッシ選手の引退

イタリアのミサノで開催された2011年第13戦のサンマリノGPでは、この年はプラマック・レーシングチームに在籍して4年ぶりにドゥカティ機を走らせていたロリス・カピロッシ選手が引退を発表しました。日本では、250ccクラス時代に原田哲也選手と因縁のバトルを繰り広げた相手としても知られたライダー。私もこの一件で、最初は彼に対するイメージが悪かったのですが、一緒に仕事をしたら全然違っていました。私にとってはドゥカティワークスチームが2005年からブリヂストンタイヤを使用することになったとき、最初にそのチームで一緒に仕事をしたライダーの一人で、なおかつドゥカティ+ブリヂストンの初優勝を日本GPで挙げてくれた選手。そして、カピロッシ選手のおかげでドゥカティとともにブリヂストンも成長でき、それがケーシー・ストーナー選手と一緒に初めてチャンピオンを獲得することにつながったのです。

私が初めてロードレース世界選手権(WGP)に行ったのは1991年。上田昇選手がGP125へのフル参戦を決め、ブリヂストンとしてその活動をサポートするためでしたが、カピロッシ選手はWGPデビューイヤーだった前年にシリーズタイトルを獲得し、1991年は連覇を達成した年でした。上田選手と何度も激しいバトルを繰り広げたので、そのときのこともよく覚えています。引退することは、発表よりも1戦早く第12戦インディアナポリスGPで聞いたのですが、感慨深いものがありました。ブリヂストンから感謝の気持ちを込めた記念品を……といろいろ考え、デジタルフォトフレームに思い出の写真をたくさん入れてミサノで進呈しました。

ちなみに引退発表会見でカピロッシ選手は、「1990年のデビューからここまで、表彰台登壇回数は99回。あと1回で100回の節目となるので、ぜひ協力してほしい!」とプレスカンファレンスに同席したライダーたちに冗談を言って会場を沸かせたそうです。結局、その後も第14戦アラゴンGPで負傷して翌戦の日本GPを欠場するなど振るわず、100回目の表彰台は成らず。翌年、MotoGPを運営するドルナスポーツのセーフティアドバイザーに就任しました。

―― 2005年の日本GPでブリヂストンに初優勝をもたらした時のロリス・カピロッシ選手。後年にはスズキで走っていたことも。 [写真タップで拡大]

被災者にもMotoGPを楽しんでもらおう

そのカピロッシ選手が欠場した2011年の第15戦日本GPは、この年の春に発生した東日本大震災に起因する原発事故の放射能問題に揺れました。ヨーロッパの人たちは1986年に起きたチェルノブイリ原発事故のトラウマが大きいようで、日本に来ることをかなり不安に感じていた関係者は多数。実際、「日本には行かない」という選択をした人もけっこういました。もちろんブリヂストンの外国人スタッフも、不安に感じていたのは同様。そのため、仕事だからと半ば強制的に来日させるようなことはせず、個々の判断に任せました。その結果、ドイツ人のスタッフ2名が日本GPを欠席しましたが、その分は日本人スタッフを補充したり担当の配置換えをしたりして、担当チームからの了承も得られたので、とくに問題なくスムーズな運営ができました。

―― ブリヂストンが制作した、2011年の全ライダーが載ったポスター。販売店等に掲出され、日本GPでも活用された。

それまでも、ブリヂストンにとってホームグランプリとなる日本GPではさまざまなイベントなどを企画してきましたが、この年もブリヂストンの社員と家族を対象に応援団席を設け、730名が集結。それに加えて、東日本大震災の被災者にMotoGPを観戦してもらい、少しでも気分転換して元気になってもらおうと、親子をターゲットに募集をかけて35名を日本GPに招待しました。福島駅前に観光バスを用意して、栃木県のツインリンクもてぎまで来てもらい、サーキット内では特別なパドックツアーも企画。ドルナのカルメロ・エスペレータ会長に相談したところ、快くパドックパスを用意してくれて、ツインリンクもてぎを運営するモビリティランドも、ブリヂストンに対する観戦チケットの割引販売や大会プログラムの無償提供などで協力してくれました。

ちなみにこの年の日本GPでは、ブリヂストンとして初の試みとなることを他にも多くやっています。例えば、応援団席ではビッグフラッグを企画。これは、ブリヂストンロゴが入った11×20mという巨大なフラッグを、応援団席で掲げるというものでした。初めてのことだったので、金曜日の夕方には練習まで実施。数名の担当スタッフが観客席でフラッグを上げ、私はピットレーンから上がり方をチェックして、携帯電話で「もうちょっと左側を上げて!」とかやっていました。決勝でこのフラッグを上げる時間を事前に決めておいて、ドルナのオフィシャル映像で流してもらうよう頼んでおいたのですが、結局は映らず……。あんなに頑張ったのに、現地の方々にしか楽しんでもらえず残念でした。

母国グランプリでストーナー選手がタイトルを獲得

例年以上にやることが盛りだくさんで多忙を極めた日本GPを終え、翌戦のオーストラリアGPでは、ホンダワークスチームのケーシー・ストーナー選手が母国でシリーズタイトル獲得を決定しました。前戦終了時点で、ヤマハワークスチームのホルヘ・ロレンソ選手が40点差のランキング2番手。ストーナー選手が優勝した場合でも、ロレンソ選手が3位以内ならタイトル決定は持ち越しだったのですが、日曜日朝のウォームアップで転倒したロレンソ選手がケガにより決勝出場をキャンセルし、一方で決勝途中に雨が舞う難しいコンディションで勝利を収めたストーナー選手が、チャンピオンを決定しました。

―― 800cc時代の最後のチャンピオンになったストーナー選手。彼が最初にタイトルを獲得した2007年は、800cc時代の始まりの年だった。

この日、ストーナー選手は誕生日。しかも母国でのタイトル獲得決定ですから、かなりうれしそうにしていました。一方でホンダにとっても、2006年以来のチャンピオン。開発陣もとにかく喜びを爆発させていました。このレースでは、ホンダ勢がトップ4を独占。その中で、サテライトチームながら最新ワークスマシンを駆るマルコ・シモンチェリ選手とワークスチーム在籍のアンドレア・ドヴィツィオーゾ選手による2番手争いはし烈を極め、雨がパラついている状況で強さを発揮したシモンチェリ選手が、MotoGPクラスでは自己最高となる2位を獲得したのですが……。

滑走していくはずが、イン側に戻ってきてしまった

その1週間後、いつものようにセパン・インターナショナルサーキットで開催されたマレーシアGPでは、悲しい事故によりシモンチェリ選手がこの世を去りました。シモンチェリ選手はこの年の日本GPでもブリヂストンブースのトークショーに来てくれたし、明るくて本当にいいヤツでした。前年に富沢祥也選手の事故があってから約1年。やっと心の傷が少し癒えてきたところに、再び言葉を失うショッキングな出来事が起きてしまいました。

このマレーシアGP、私は現地に行っておらず、現地から電話で報告を受けました。その後、映像を確認したのですが、あのまま滑ってコースアウトしてくれていたら、恐らくそれほどヒドいことにならない転倒だったのに、滑走途中でタイヤのグリップが回復して、マシンがイン側に向かい……。「なんでこんなときにグリップしちゃうんだよ!」と、タイヤメーカーの人間ながら思いました。タイヤがグリップして悔しかったのは、後にも先にもあのときだけです。

―― オーストラリアGPで2位入賞を果たしていたシモンチェリ選手(左)。

―― 同じくオーストラリアGPにて。モジャモジャ頭と明るい笑顔がトレードマークだった。

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