2018年末、マカオでのFIA GTワールドカップを最後にモータースポーツ活動からの勇退を発表し、婦人とおだやかな余生を歩み始めた矢先、2019年1月24日に急逝したシュニッツァー・モータースポーツ元代表のチャーリー・ラム。シュニッツァーの歴史を築いてきたラムの突然の死はシュニッツァーに大きな衝撃を与えたが、その後を継ぎ、名門を支えているのが、チーム創立者のひとりであるヘルベルト・シュニッツァー・ジュニアの息子であるヘルベルト・ジュニアだ。そんな彼に、チーム代表となっての激動の1年と今後を聞いた。
■シュニッツァーの新たな時代へ
──残念ながら日本のファンには、まだそれほど知名度はないと思いますので、まずあなたの略歴を教えてください。
ヘルベルト・シュニッツァー・ジュニア(以下HS):シュニッツァー・モータースポーツの創立者のひとりである、ヘルベルト・シュニッツァー・シニアの長男だ。ミュンヘン工科大学の機械工学部を卒業し、ディプロム・エンジニア(技術系の高等専門教育機関を修了)となり、他社でデータエンジニアとして働いていたんだ。しかし、2012年にBMWがDTMに復帰する際にちょうど人員不足で、父や叔父に『うちにはエンジニアがいるじゃないか』と、安上りという理由で家に戻されたんだよ(笑)。DTMではシステムエンジニアとなり、エレクトロニカー(ヨーロッパのレースで従事する電気系統を専門とするメカニック)の責任者になると同時に、パフォーマンス・エンジニアが仕事をしやすいように車両データをジェネレートする役割だったんだ。
マカオグランプリのFIA GTワールドカップは17台が参戦。車種バラエティは4車種に留まる
──あなたが代表となった新生シュニッツァーですが、1年を振り返っていかがでしたか?
HS:大きな挑戦となった1年だったよ。叔父のチャーリーが勇退する時には、『いつでもサポートするよ』と言ってくれていたのだけれど、その矢先に突然亡くなってしまったのは大きな衝撃で、深い悲しみだった。しかし、チームメンバーが僕を支えてくれて、さらにチームの絆が深まったと思う。僕の父にとってはさらに辛かった1年だったと思うよ。一緒にシュニッツァーを立ち上げ、築き上げたヨーゼフ、ディータ、チャーリーという兄弟すべてを亡くしてしまい、ひとりぼっちとなってしまったからね。僕自身は一昨年まではチームエンジニアのひとりだったから、昨年からチーム経営や運営という面では学びの年だった。
──前の代表であるチャーリー・ラムと比較し、『シュニッツァーはあの頃と変わった』『ヘルベルト・ジュニアはチャーリーに及ばない』など、心ない言葉を浴びせる人々もおり、偉大な叔父の後継者としてのプレッシャーがあったと思いましたが、あなた自身はどう乗り切ったのでしょうか?
HS:とにかくシュニッツァーが誇るトップレベルを保つべく、僕は与えられたポジションと仕事に集中したんだ。だから外野の声には耳を傾ける暇がなかったのが幸いだったね(笑)。叔父からは、彼の時代を自身で築いたように、『僕は僕の時代を』とバトンを渡してもらった。シュニッツァーとしてのチームフィロソフィーは継承しながら、叔父が築いたシュニッツァーの名を汚さぬよう、次世代を少しずつ築き上げていきたいと思っている。
■“噂以上”だった日本のファン
──新たにチームを率いるうえで、改革した部分などはありますか?
HS:さまざまなプロジェクトが同時進行しているから、それらの各責任者がスムーズに仕事ができるようにチーム内の編成を少し変更したよ。また、以前に叔父が使用していた部屋を譲り受けたんだけど、僕ひとりではなく、チームの幹部が一緒に使用する部屋に模様替えをしたんだ。シュニッツァーはニュルブルクリンク24時間やスパ24時間などの大きなレースには少しフリーランスのサポートエンジニアやメカニックが加わるものの、その他は全員が長年勤めてくれている正社員ばかりだからね。とても家族的で和気あいあいとしているんだ。この雰囲気は、父がチームを立ち上げた頃からまったく変わっていないし、今後もずっと変わることはないだろうね。
──2019年のインターコンチネンタルGTチャレンジの鈴鹿10時間耐久レースでは、WTCC以来の再来日となりましたが、あなたやチームの日本、そして日本のファンの印象はいかがでしたか?
HS:チームがマクラーレンF1 GTRを走らせていたころにチームに帯同させてもらったときが初めての鈴鹿だったんだ。そのころの非常にいい思い出が鮮明に残っており、去年の鈴鹿はずいぶん前から非常に楽しみにしていた。何よりも、ポールポジションを獲れたことはとても光栄だったね。シュニッツァーはJTCCやWTCCをはじめ、日本では数多くのレースで活躍した経験があり、先代からの多くのファンの方がシュニッツァーのことを今も覚えてくれていた。鈴鹿では朝早くから夜遅くまで、ピットの前を訪れて応援してくれたファンがいたことは、とても嬉しかったね。初めて日本へ行ったメンバーもおり、欧州とのレースの違いや、日本人や文化に触れあえたことは、チーム全員にとってとてもポジティブな経験となったことは間違いないだろう。
──そんな鈴鹿では、ドライバーだけではなく、あなたにも多くのファンがサインや記念撮影を求める姿を見かけましたが、最初はびっくりされていましたね。
HS:てっきりドライバーを呼んできて欲しいのかと思っていたんだ。『えっ!? 僕のサインを?』とちょっと戸惑ったね(笑)。ヨーロッパではあまり見かけない光景だから。こんなにもチームを応援してくれるのはとても感謝しているよ。そして、みなさんがとても礼儀正しいのにもびっくりしたんだ。噂どおり、いやそれ以上に日本のファンはスゴかった! シュニッツァーは先代の頃から多くのファンに支えてもらいながら、ともにモータースポーツ活動を歩んできたから、ファンは大歓迎だ!
■M4 GT3の開発とニュルブルクリンクへの挑戦
──ぜひ、また2020年も! と願っていたIGTCの参戦でしたが、今年からはレース活動と並行して、2022年にデビュー予定の新M4 GT3の開発テストチームに就任したことが発表されましたね。
HS:鈴鹿では勝利を勝ちとりたいと強く願っていたから、今年は日本へ行くことができず非常に残念だよ。もしも今年また行けたとしたら、BMWジャパンや地元のディーラーと協力しあって、ファンイベント等を企画しようと考えていたんだ。BMWモータースポーツとともに、世界のカスタマーレーシングのシーンで大活躍できる最強のGT3マシンを作り上げたいと思っているんだ。そのマシンで、また2022年に鈴鹿に戻れることを強く願っているよ。
──新M4 GT3の開発テストチームとしての活動のほか、今季の活動の予定と目標を教えてください。
HS:シュニッツァーの第二の故郷ともいえるニュルブルクリンク24時間レースや、VLN(ニュル耐久シリーズ)に参戦する予定をしている。非常に激しく厳しい戦いで、『ニュルで勝つ』ということは本当に難しいが、過去にシュニッツァーが築いてきたニュルでの栄光をふたたび手にできることを大きな目標として掲げ、それに向けてチーム一丸となって全力で挑むつもりだ。昨年に参戦したレースの中で一戦もテクニカルトラブルではリタイアしていないんだ。すべてが不運なライバルとのもらい事故だったから、今年はなんとか難に巻き込まれないことを祈っている。他のGTレースにも参戦したいと願っており、シーズンオフの今はそのためにスポンサー活動に勤しんでいる。
──最後に……。昨年ご長男が誕生しましたが、やはりお名前はヘルベルトくんですか(笑)?
HS:僕たち親子だけで、まわりの人たちには十分ややこしいので、さすがに自分の息子のファーストネームには付けなかったけれど、ミドルネームには『ヘルベルト』が入っているよ(笑)。
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