新型コロナのパンデミック以降、ドイツでは「増加する高齢者ドライバーについてどう対応していくか」が話題の焦点のひとつとなっています。
21世紀以降、ヨーロッパでは環境負荷低減の観点から、バスや路面電車・鉄道などの公共交通機関の利用が推奨されていました。ところがパンデミックをきっかけに「感染防止に効果がある」という視点から、他者と接触せずにすむ自家用車の利用者数が増加。それによって、長年議論の的になってきた「高齢者ドライバー対策をどうするか」が、今再び注目を集めています。
80歳以上の高齢者が2019年の時点で600万人、2050年には1,000万人に増加すると言われているドイツ。今回のドイツ現地レポは、増加する高齢者ドライバーに対してドイツが一体どのような対応・対策をしているのかを紹介していきます。
■「一斉テストには反対」の姿勢を示すADAC
ドイツでは、2013年以前に運転免許証を取得していた場合、生涯運転できる権利が与えられています。定期的に更新し、その度に健康診断を受けるような日本や他のヨーロッパ諸国とはまったく異なる仕組みとなっているのです(ちなみに2021年現在、ドイツの普通免許の更新スパンは15年ごと)。
また高齢者ドライバーに対し、一律で強制的に運転適性テストを行ったり、運転のための健康診断をする制度や法律は存在していません。つまり高齢者ドライバーは、運転に関する運動能力や視力・聴力について、自ら定期的にチェックする必要があります。
高齢者の運転免許証について、ある年齢以上に達したら一斉テストを実施し、不合格者については強制的に返納させようという声はあるにはあるのですが、ドイツではそうした制度の整備については大多数が批判的です。中でも特に強く反対しているのがADAC(ドイツ自動車連盟。日本のJAFに相当する組織)と言われています。
ADACは「65歳以上の高齢者は、人口の21パーセントを占めているのに、2017年の人身事故のうち16パーセントしか引き起こしていない。長年運転してきているドライバーは、経験の蓄積によって危険の予測が可能で、加齢が引き起こすパフォーマンスの低下をある程度カバーできる」と主張しています。年金生活者については、交通量が多い時間帯や夜間の走行を避ける、といった時間調整もできることから「安全な運転は可能」としています。
また新聞を中心に「高齢者が自発的な行動ができなくなること、それが問題だ」という主張も多く見られます。特に都市部でなく郊外に住んでいる場合、日々の買い物や通院のための「足」としての役割は現在でも非常に大きく「高齢者からむやみに運転免許証を奪い取るのは得策ではない」とする意見も。また、郊外に住む高齢者への個別支援サービスや移動のためのインフラも、現在はまだ整っているとは言い難い状況です。
■高齢者に対する様々な支援活動
ADACは高齢者ドライバーに対し「生涯安全運転するために」をテーマに、数多くの高齢者支援活動を行なっています。具体的には、高齢者のための運転適性テストの実施、安全運転セミナーの開講、相談窓口の開設、高齢者の運転に適したクルマのリストアップ、ウェブサイトやパンフレットでの啓蒙活動などが挙げられます。
運転適性テストは、もっとも客観的な評価を得る方法のひとつです。内容は事前の説明、インストラクターを乗せて45分間の走行、走行後の評価と個別アドバイスからなり、費用はADAC会員は59ユーロ(約7,760円)、非会員は79ユーロ(約10,270円)となっています。テストといっても、この結果は警察には報告されないため、運転免許証を失うリスクはありません。
安全運転セミナーは50歳以上を対象に、新しくなった交通ルール・健康と運動能力・旅行計画のポイントなどを開設する講習会です。相談窓口は、運転や免許返納に関する相談のほかに、視力や聴力検査などを無料で実施しています。
ADACは「高齢者の運転に適したクルマ」として、以下の具体的な要素を挙げています。全長4.5m以下、全高1.5m以上、シートの高さ45cm以上、座席数4~5、サイドシルの高さ77cm以下などです。これらの数値に沿ったクルマの一例として、日産・ジューク、メルセデス・ベンツ・Bクラス、BMW・X1、アウディ・Q2、プジョー・3008、MINIカントリーマン、VW・ティグアンなどがリストアップされています。これらは大きすぎず、乗り降りがしやすく、全方位の視界に優れ、運転支援システムなども充実しているという理由で選ばれました。
ADACはそうした活動を通じて「年に一回、健康診断を受けること」「定期的に運転適性テストを受けること」「運転支援システムなどを搭載した、高齢者に適したクルマを運転すること」などを勧めており、生涯通じて安全運転を続けたい高齢者ドライバーへの支援を続けています。
■「生涯安全運転したい」という意思を尊重する、ドイツのクルマ社会
運転能力低下の自覚、または家族等の説得により運転免許証を返納する人は、現時点ではあまり多くありません。アウグスブルクやヴュルツブルクなど一部の都市では、免許証を返納すると市内の公共交通機関が無料で利用できるフリーパスと「交換」できる制度がありますが、多くの場合の特典は「運賃の割引」程度にとどまります。
■筆者が暮らす、ドイツ・ベルリンはというと
筆者の住む首都ベルリンでは、ベルリン市交通局は免許証と市内フリーパスの交換について現時点では難色を示していて、交換実現までの道のりは不透明な状況です。しかしこれから先、免許証を返納する高齢者ドライバーが増えていくのは確実で、そうした人々になんらかの代替交通手段を用意しなければならないのは、どの都市・どの州でも同じだと言えるでしょう。
ドイツでは高齢者ドライバーのさらなる増加に対して、一斉テストで不合格者から運転免許証を奪うような制度を整えるのではなく、一人一人の自覚的な行動と、多くの選択肢を与えることで解決しようとしています。
健康診断や運転適性テストを自ら進んで受けて運転を続ける。もし免許証を返納することになっても、フリーパスとの交換や割引運賃での利用ができる。「生涯安全運転を続けたい」という高齢者ドライバーの意思と権利を尊重し、それを支援するドイツとADACの姿勢に学ぶことは非常に多いのではないでしょうか。
[ライター/守屋健]
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それに、相応の年齢のレジェンドレーサー達に対しても、「模範として免許を返納すべき」と主張して呉れ。