■どうして車名に「ル・マン」をつけるのか
世界でもっとも伝統と格式があり、人気の点でもNo.1であるスポーツカー耐久レースの世界最高峰「ル・マン24時間レース」の名を、車名ないしはグレード名に掲げる例は、昔から数多くみられるようだ。
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古くは1930年代初頭のアストンマーティンあたりからはじまり、第二次大戦後にはフレーザー・ナッシュや、ル・マン出場歴があったか否かもにわかには思い出せないアメリカのポンティアックなどにさえ「ル・マン」の名を冠するモデルが存在した。
加えてル・マンでの栄冠を得たブランドの多くが、その輝かしい成果を誇示するかのごとき特別バージョンを販売してきた事例も、枚挙にいとまがない。
今回紹介するのは、そんなル・マン由来のグレード名を持つ限定車たち。クラシックカー/コレクターズカーのオークション業界最大手のRMサザビーズ社が、2021年2月下旬にオンライン限定で開催した「OPEN ROAD FEBRUALY」オークションに出品された、「ル・マン」を名乗る2台の英国製超高級スーパースポーツを俎上に載せ、そのストーリーと競売結果についてレポートしよう。
●2002 ベントレー「コンチネンタルRル・マン・シリーズ」
まず紹介する「ル・マン」由来モデルは、1924-30年のル・マン24時間レースで5勝。2003年にも勝利を獲得したベントレーから送り出された1台だ。1992年にデビューしたゴージャス極まるフル4シーターの超高級グランドツアラー、ベントレー「コンチネンタルR」をベースとして製作された「コンチネンタルRル・マン・シリーズ」である。
この限定版コンチネンタルRは、ベントレーが2001年からLMPマシン「EXPスピード8」とともに70余年ぶりの「シルキュイ・ド・ラ・サルト(ル・マンのサルト・サーキット)」に復活を果たしたことを記念して企画されたもの。
その内容は、コンチネンタルRのショートホイールベース&ハードコア版にあたる「コンチネンタルT」に近いもので、外観では前後ともワイド化されたホイールアーチや前後のアンダースポイラー、5本スポークのホイールや赤いブレーキキャリパー、そして4本出しのマフラーエンドなどが、格段にワイルドな雰囲気を醸し出す。
一方インテリアでは、エレガントなウォールナット製トリムに埋め込まれた「ウイングドB」エンブレム、ドリル孔を穿たれたペダル、スカッフプレートの「Le Mans Series」プラーク、盤面をダークグリーンで仕上げた専用メーターが装備されていた。
そして、ボンネット下もコンチネンタルT譲りとなる。滑らかでパワフルな6.75リッターターボチャージャー付きV8エンジンは、スタンダードのコンチネンタルRから約30bhpアップの420bhpとされ、4速ATとのカップリングで、豊富なレースの血統を持つブランドに相応しいパフォーマンスが約束されていた。
今回の出品車両は、2001年および2002年に計46台のみが生産されたといわれるコンチネンタルRル・マン・シリーズの1台。とくに2002年の生産分については、「コンチネンタルRマリナー」と合わせてもわずか21台に過ぎず、極めてレアだったことがわかる。
米国に向けてデリバリーされた左ハンドル仕様車であるこの個体は、2001年12月にフロリダ州デルレイ・ビーチで最初に登録されたという。その経歴の大部分をフロリダで過ごしたものの「OPEN ROAD」に出ることはほとんどなく、2008年までに加算されたマイレージは、たったの1249マイル(約2010km)に過ぎなかった。
2008年にスイスへと輸出され、2019年に同じオーナーによってドイツで登録された。現状では、新車時からの走行距離は1万8000マイル未満(約2万8900km)。コンディションは内外装、メカニズムともに新車に限りなく近いとのことである。
このベントレーに、RMサザビーズ欧州本社は10万-17万ユーロのエスティメートを設定した。そして、2月28日の締め切りまでに31件の入札があり、12万ユーロに到達。オークションハウス側のコミッション込みで、最終的な落札額は13万2000ユーロ、すなわち日本円換算で約1720万円となった。
今回の落札価格についていえば、現況におけるスタンダード版コンチネンタルRの相場の2倍以上。そしてコンチネンタルTの相場よりも、遥かに高額なものとなった。
やはりこの希少性、なにより「ベントレー×ル・マン」の記号性をマーケットが熱望していることをうかがわせたのである。
■「ル・マン」を制したことのあるメーカーだけの特権
RMサザビーズ「OPEN ROAD FEBRUALY」オークションに出品された、もうひとつの「ル・マン」由来モデルは、アストンマーティン「ヴァンテージV600ル・マン」である。
1959年のル・マン24時間レースにて、ロイ・サルヴァドーリ/キャロル・シェルビー組およびモーリス・トランティニヤン/ポール・フレール組の乗る「DBR1」とともに果たした1-2フィニッシュ40周年を記念して企画された限定車である。
●2000 アストンマーティン「ヴァンテージV600ル・マン」
ベースとなったのは、1990年代前半のアストンにおける唯一の市販車だった「ヴィラージュ」の高性能版として1993年に登場した「V8ヴァンテージ」の、そのまたパワーアップ版である「ヴァンテージV600」である。
V8ヴァンテージの機械式スーパーチャージャーつき5.3リッターユニットをさらに強化し、550psから名前どおりの600psまでチューンナップされた。
そして1999年のジュネーヴ・ショーにて、40年前のル・マン優勝車両である「DBR1/2」の傍らで発表。40台のみ限定生産されたV600ル・マンは、ありがちなペイントとトリムのみスペシャルとしたコスメチューンではなく、完全に強化・アップグレードされたモデルだった。
フロントスポイラーから取り入れたエアを、ボンネット上の巨大なエアダクトから放出することでダウンフォースを改善した一方で、往年のDBR1を連想させるレーシングタイプのフィラーキャップなど「ル・マン」独自のディテールも注目に値する。
またインテリアでも軽量孔が穿たれたアルミ製ペダルや、同じくアルミニウム製シフトノブ、「エンジンターンド」仕上げのメタルパネルが標準モデルのウォールナットに置き換えられるなど、クラシックスポーツカーのエッセンスが織り込まれている。
ただし、製作当時V600ル・マンに標準指定されていたアルカンターラ座面ではなく、本革レザーを全面に張ったレカロ社製シートを装備しているのは、今回出品されたシャーシNo.「#70271」固有の特徴であることは記しておく必要があるだろう。
加えて「アストンマーティン・ワークス」工房で40台が作られたV600ル・マンの30台目であるこの個体には、ル・マン仕様の特徴であるアップグレートされたブレーキとサスペンション、ダイマグ社製中空マグネシウムホイールも備えられている。
そして2000年に、オマーン王室のさる重要人物に新車としてデリバリーされたのち、スイス・アルプスのシャレーにある私設ミュージアム内にひっそりと秘匿されていたという。
初代オーナーによる約10年間の所有ののち、V600ル・マンは売却。2012年にアストンマーティン・ワークスに戻された。そして、いったんベアメタルまで剥離された上で、元色「ペニーン・グレイ(Penine Grey)」再塗装。「ペッパーレッド」レザーのインテリアにも、ボディ色に合わせたダークグレーのパイピングが施された。
もちろんこの際にはメカニカル系にもフルサービスが実行され、車両に添付されるサービスファイルの請求書によると、燃料システムやブレーキ部品、サスペンションのオーバーホールがおこなわれたことが記されている。
また、誕生以来20余年の歴史のいずれかの段階で、元のマニュアルトランスミッションから現在の4速オートマティックに換装されているものの、本来の仕様に戻すことは可能とされていた。
かつてのアストンの栄光を窺わせるこのV600ル・マンに、RMサザビーズ欧州本社が設定したエスティメートは20万-25万ユーロ。そして競売では15件のビッド(入札)があり、締め切り時には23万ユーロに到達。オークションハウスに支払われるコミッション込みで、25万3000ユーロ。つまり邦貨換算で約3300万円が、最終的な落札価格となった。
合わせて244台が製作されたといわれる、スタンダードのアストンマーティン「V8ヴァンテージ(V550)」ないし「V600」は、近年の国際マーケットでは2000万円台半ばで取引されているようだ。その相場から判断すれば、今回の落札価格はおおむね順当。あるいは、リーズナブルともいえるだろう。
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