ベテランモータースポーツジャーナリスト、ピーター・ナイガード氏が、F1で起こるさまざまな出来事、サーキットで目にしたエピソード等について、幅広い知見を反映させて記す連載コラム。今回は、レッドブル・レーシングからの離脱を決めた、天才F1デザイナー、エイドリアン・ニューウェイに焦点を当てた。
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今年は、大きな移籍が多数起こるという点で、史上まれにみるシーズンといえる。ルイス・ハミルトンは今季末でメルセデスを離れ、2025年からフェラーリで走る。カルロス・サインツは新しいチームに移る。グランプリ優勝経験があるバルテリ・ボッタス、ダニエル・リカルド、ピエール・ガスリー、エステバン・オコンのシートはまだ確定していない。だが、最も重要なプレイヤーは彼らではない。天才F1デザイナー、エイドリアン・ニューウェイだ。
65歳イギリス出身のニューウェイは、19年間在籍したレッドブルを離れることを決め、おそらく新たな挑戦を求めることになる。ニューウェイのレッドブル離脱という決断は、F1の勢力バランスを変えるだろう。レッドブルは弱体化し、ニューウェイを獲得したチームは強化されるはずだ。
ニューウェイは航空学/空気力学の学位を取得し、その才能により、1980年にサウサンプトン大学を卒業してすぐにF1チーム、フィッティパルディに就職した。このチームはとても小規模で、ニューウェイは後に、フィッティパルディの空力部門が彼ひとりで構成されていたことに驚いたと明かしている。
ニューウェイはフィッティパルディでのキャリアを基礎にして、レイトン・ハウス/マーチ、ウイリアムズ(1990年~1996年)、マクラーレン(1997年~2006年)を経て、レッドブルのテクニカルディレクターに就任した。
F1における約45年のキャリアのなかで、ニューウェイは、多数のタイトル獲得車の設計において重要な役割を果たした。彼のてがけたマシンで、ナイジェル・マンセル、アラン・プロスト、デイモン・ヒル、ジャック・ビルヌーブ、ミカ・ハッキネン、セバスチャン・ベッテル、そしてマックス・フェルスタッペンがチャンピオンになった。
■空力分野に加えて、リーダーシップでも超一流のニューウェイ
現在のF1では、エンジンはほぼ同じレベルで“凍結”されており、タイヤはピレリに統一されている。そのため、決定的な0.1秒を見つけ出す主要な開発領域は、空力面ということになる。
その分野でニューウェイは卓越した才能を持っている。彼はマシンの周りの空気の流れを「見る」ことができるといわれるデザイナーだ。その能力は昔ながらの作業方法と密接に関係している。他のすべてのF1デザイナーが、高度なコンピュータで作業するのに対し、ニューウェイは製図板の上で、鉛筆を使って作業する。その後、レッドブルの技術部門の他のエンジニアが、ニューウェイのアイデアを、スチールとカーボンファイバーで作られた勝利をもたらすマシンへと変換するのだ。
ニューウェイの能力として二番目に重要なのは、優れたリーダーシップだ。現代のF1マシンは、さまざまな作業グループによって作られる。トップチームは100人以上の設計エンジニアを雇用している。このような大規模な組織には、強く、しっかりしたビジョンを持ったリーダーが必要であり、まさにニューウェイはそれに当てはまる。近年の優れたレッドブルのマシンには、多数の熟練した設計者が関わっているが、その作業を調整し、たくさんのグループが一体として機能するようにしたのがニューウェイなのである。
■レッドブル離脱を決めた理由と、ホーナー代表との関係
ニューウェイがレッドブル離脱を決めた主な理由は、チーム代表クリスチャン・ホーナーがアシスタントと不倫をしたことがきっかけで起きたチーム内の混乱だ。その醜いプロセスのなかでトラブルが続き、ニューウェイはこれ以上そこに身を置きたくはないと考えた。
ベッテルやフェルスタッペンの助けにより、主にホーナーとニューウェイが、レッドブルを現代F1史上最大といえるほどの成功へと導いた。しかしふたりの個人的な関係は、以前ほど良好ではない。ホーナーはニューウェイ離脱はチームにとってそれほど重要ではないと主張したいために、「彼は以前ほどの役割を担っていない」と発言した。約1年前にニューウェイと新契約を結んだ際には、ホーナーは彼を絶賛していたにもかかわらずだ。
これまで、ニューウェイは、レッドブルでF1キャリアを終えるものと思われてきた。以前から他のすべてのトップチームが彼を獲得しようと試みたが、ニューウェイは高額のオファーを断り、ホーナーとレッドブルに忠誠を尽くしてきた。
しかし今、状況は変わった。ニューウェイの友人エディ・ジョーダン(1991年から2005年までジョーダンチームを所有していた人物だ)と彼の弁護士が、ニューウェイが早ければ2025年3月から新しいチームで働き始めることができるような条件での交渉を行った。2025年3月は少し先の話にはなるが、F1に完全に新しい技術規則が導入される2026年に向けてマシンに影響を与えるのに遅すぎるほどではない。
■移籍先の有力候補は3チーム。休養の可能性も
移籍先の最有力候補といわれているのがフェラーリだ。ニューウェイは、マラネロに行けば、同胞のルイス・ハミルトンと働くことができる。フレデリック・バスール代表が、マイアミGPに向かう途中、ヒースロー空港で目撃された。ボローニャからアメリカに行くのにロンドンに立ち寄るのは自然ではない。確認されてはいないが、バスールはニューウェイと話をするためにロンドンに寄った可能性がある。
アストンマーティンは、ニューウェイに対して、フェラーリを上回る額のサラリーを提示していると、以前からうわさされている。アストンマーティンに加入すれば、ニューウェイは、まだ実現していない夢のひとつを果たすことができる。彼はフェルナンド・アロンソと一度働きたかったと以前から述べているのだ。アストンマーティンと契約すれば、ニューウェイはイギリスに住み続けられるという利点もある。また以前レッドブルで共に働いていたダン・ファローズと合流することになる。ファローズは、2022年からアストンマーティンのテクニカルディレクターを務めている。
メルセデス代表トト・ウォルフはF1界でもポーカーフェイスで有名な人物のひとりだ。彼は本当にニューウェイに興味を持っていないように見えるかもしれないが、他のどこよりも、メルセデスこそが、ニューウェイを必要としている。メルセデスは今、カスタマーチームのマクラーレンに負けている。つまり、シャシーとエアロ部門を早々に強化する必要があるということだ。そしてウォルフは長年、マックス・フェルスタッペンの獲得を望んできた。もし彼がニューウェイとフェルスタッペンの両方をレッドブルから奪うことができれば、宿敵ホーナーに対する大勝利となるだろう。
フェラーリ、アストンマーティン、あるいはメルセデスへの移籍以外に考えられるのは、ニューウェイが2025年に休暇を取る可能性だ。自ら設計する世界一周旅行用ボートは完成しないだろうが、レッドブルでの最後の勤務日を終えた後、キャンピングカーでヨーロッパを一周するかもしれないと示唆している。さらに、ヒストリックレーシングカーでのレースという趣味に時間を費やすかもしれない。ニューウェイは今年のモナコ・ヒストリック・グランプリに出場し、ロータス49B(1969年モナコGPの優勝車)でクラス4位という結果だった。
2025年には休暇を取るかもしれないが、ニューウェイは遅かれ早かれF1に戻って来る可能性が高いと認めている。
「いつになるかは分からない」とニューウェイ。「でも、いずれ、シャワーを浴びながら『よし、これが次の冒険になる』と思う時が来るんじゃないかな」
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